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菅田将暉 × 黒沢清 映画「Cloud クラウド」が描く「普通の人がギリギリに追い込まれる現代社会」

PROFILE: 左:菅田将暉/俳優 右:黒沢清/映画監督

左:菅田将暉/俳優 右:黒沢清/映画監督
PROFILE: 左:(すだ・まさき)1993年2月21日生まれ、大阪府出身。2009年、「仮面ライダーW」で俳優デビュー。「共喰い」(13)で第37回日本アカデミー賞新人俳優賞、「あゝ、荒野」(17)で第41回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。近年の主な映画出演作に「銀河鉄道の父」(23)、「君たちはどう生きるか」(23/声の出演)、「ミステリと言う勿れ」(23)、「笑いのカイブツ」(24)、「劇場版 君と世界が終わる日に FINAL」(24)などがある。25年には映画「サンセット・サンライズ」(25年1月公開)ほか、Netflixシリーズ「グラスハート」が控えている。 右:(くろさわ・きよし)1955年7月19日生まれ、兵庫県出身。大学時代から8ミリ映画を撮り始め、長谷川和彦、相米慎二に師事。「CURE」(97)で世界的な注目を集め、「回路」(00)で第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。「トウキョウソナタ」(08)では、第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞ならびに第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞。連続ドラマ「贖罪」(11/WOWOW)では、第69回ヴェネツィア国際映画祭にテレビドラマとして異例の出品を果たしたほか、多くの国際映画祭で上映された。2024年は、配信作品としてはじまった「Chime」、フランス製作のセルフリメイク「蛇の道」が公開され、3作目となる「Cloud クラウド」が公開する。

今年に入って、「蛇の道」「Chime」と新作の公開が相次ぐ黒沢清監督。そんな中で新たに公開される「Cloud クラウド」は、近年、社会的に問題になっている転売屋を主人公にしたスリラー作品だ。工場で働くかたわら、転売で稼いでいる吉井。吉井が知らず知らずにまいた憎しみの種はネットで大きく成長して、やがて吉井に襲いかかる。吉井を演じたのは黒沢作品に初めて参加した菅田将暉。黒沢監督が絶賛する演技力で菅田は物語を引っ張っている。現代社会に生きる「普通の人」が巻き起こす恐怖を描いた本作について2人が語ってくれた。

※記事内には映画のストーリーに関する記述が含まれています。

——「Cloud クラウド」の主人公、吉井は転売で儲けることに夢中で、そのために他人が傷ついても構わない。でも、根っからの悪人ではなく、ごく普通の男ですね。吉井というキャラクターはどのようにして生まれたのでしょうか。

黒沢清(以下、黒沢):たまたま僕の知り合いに転売をやっている男がいるんです。彼はごく普通の男で一生懸命に転売をやっているんですよね。なんで転売をしているかというと、一度、会社に勤めたんだけど全然うまくいかなくて、そこを辞めて1人で生きていくために転売を始めたんです。転売があまり良いことではないと知っていながらも、朝から夜まで商品を梱包したり、発送したり、実に真面目に働いている姿が、ある意味、微笑ましく、悲しく、ちょっと愉快でもありました。「こうやって、人はどんな苦境の中でもしたたかに生きていくんだな」と感じたんです。そして、転売というのは、現代社会ではありふれた生き方の一つなんだろうな、とも思いました。そういったことが興味深くて、吉井というキャラクターを考える上で友人のことは参考にさせてもらいました。

——菅田さんは吉井という人物のどんなところに興味を持ちました?

菅田将暉(以下、菅田):まず、どんなキャラクターか分からないところに興味を持ちました。でも、どういう人物なのか、ということを掘り下げることはしませんでした。というのも、台本を読めば彼の行動がキャラクターを表していることが分かったからです。台本に書かれていることをしっかり遂行していけば大丈夫だと思いました。ただ、会話している時の声のトーン、息をするポイント、視線を通じて、話をしている相手に「こいつムカつくな」と思わせるポイントを、ところどころ入れなきゃいけないとは思っていて。そこはちょっと難しいところでした。

——吉井は窪田正孝さんが演じる先輩に「自分は関係ないって顔するなよ」と言われたりしますが、吉井は本人が意識していないところで相手をイラつかせる何かを発してしまっているんですね。

菅田:そうなんですよね。相手にまったく興味がないわけではないんです。吉井なりに話を聞いているけど、ちょっと違う方向に気がいっているだけで。そういうところをどうやって出していくかは、現場で調整して監督に判断してもらえば良いと思っていました。

黒沢:今、思い出したんですけど、「自分は関係ないって顔するなよ」って言われるくだりで、吉井がゲームで先輩に勝ってしまうところの菅田さんのリアクションはうまかったですね。

菅田:ああ、あそこは面白かったですね(笑)。

黒沢:吉井は先輩に勝ったら気まずいのが分かっていながら、うっかり勝ってしまった。「あ、どうしよう」と思った吉井の気持ちが手の動きで表現されているんです。僕は何も指示していなかったんですけど、その手の動きを見て「吉井ってこういうヤツなんだよな」っていうのが伝わってきました。「あなたとはずっとこれぐらいの距離感で、近づきも遠ざかりもしたくない」って思っているのが。

——吉井は他人との距離感に敏感で、他人に近づいたり、近づかれたりすることを負担に感じるんでしょうね。だから人間関係がこじれてしまう。

黒沢:そうなんですよ。

菅田:「よっしゃ! 先輩、俺勝ちましたよ」って言えば、どれだけかわいいかっていう話なんですけどね(笑)。

——荒川良々さんが演じる会社の上司が吉井のアパートを訪ねてきた時、吉井が慌てて居留守を使うシーンがサスペンスフルに描かれていたのが印象的で、吉井にとって人間関係がネックなのが伝わってきました。

菅田:そのシーンは現場に行くまで、あれほどスリリングなものになるとは思ってなかったです。現場で黒沢さんに動きをつけてもらう中で、これはただ事じゃないな、と分かってきた。想像していた以上に丁寧に演じました。

——そういうエピソードを通じて吉井の普通さが伝わってきて面白いですね。

菅田:吉井が淡々と悪事を遂行していく様子は、バカバカしく見える時もあれば、頭がキレる犯罪者のように見える時もあるし、普通の青年に見えることもある。本人は真面目に悪事を働いているだけなのに、どんどん環境が変わって物語が動いていくんです。

吉井の変化

——吉井も他のキャラクターと同様に状況に翻弄されているんでしょうね。最初、吉井は感情をあまり表には出しませんが、映画の後半になって追い詰められることで人間的な感情が出てくる。映画を通じて吉井が大きく変化していくのも本作の見どころです。

黒沢:順番に撮っていったわけではないのですが、菅田さんの演技は見事に計算されていました。おっしゃる通り、話が進むにつれて吉井は恐怖でだんだん感情を見せるようになり、最終的にはその恐怖の感情を超えたところに至る。感情面でものすごく振り幅がある役なんですけど、菅田さんはそれを見事に表現されていました。吉井の大きくうねる感情を、そして、その感情がまだ爆発しない曖昧な状態も全部表現されていた。だから、観客は吉井に乗っかって最後まで観ることができるんです。

菅田:ちゃんと素直にリアクションするところ、しないところというのは意識していました。例えば目の前で初めて人が殺されると素直に怖いしパニックになる。でも、そういった出来事が終わった瞬間、「ネットに出した商品、どうなってるかな?」と言い出す余裕のなさみたいなものも一貫していて。だから、常に感情は複合的に、と思っていました。一つの感情で動くことはなかったと思います。

——菅田さんは黒沢監督の作品に出演されるのは今回が初めてですが、監督の演出はいかがでした?

菅田:ほんとうに楽しかったです。撮影の流れはどの現場もおおむね同じですけど、黒沢さんが「じゃあ、このシーンをやります」と決めて、演者に説明や動きをつけていく時は、宝箱が一つひとつ開いていくような感じなんです。「あ、ここはこんなこと起こるんだ」って、黒沢さんが出してくるアイデアが毎回楽しかったです。黒沢さんの頭の中が覗けるようで。

リアリティーのある演技を追求

——映画は予想外の展開をしますね。最初はサスペンスフルに進みながらも、途中から物語の雰囲気がガラリと変わって激しいアクションが繰り広げられていきます。

黒沢:今回の映画の出発点は、現代の日本社会に生きる普通の人々が、最終的に殺す、殺されるというすさまじい関係になっていく物語を作りたい、ということでした。普通の人ってどういう人?と言われると難しいのですが、基本的には反応が曖昧な人というか。そこではっきりと決断していれば人生が変わったかもしれないのに、心の中で葛藤があってすぐに決断ができない。というのが、普通の人にありがちなことじゃないかと思います。この映画の登場人物は、ギリギリになるまではっきりしないまま生きてきた人たち。そういう人たちが曖昧なままでは済まされない状態に立たされるんです。

——最後にはとんでもない状況になります。日本の映画の多くは、銃が出てきた途端に嘘っぽく見えますが、本作ではアメリカ映画のように自然に銃が映像に溶け込んでいました。

黒沢:そういう作品になるために頑張りました。日本では銃を日常生活の中で見ることはありません。銃を初めて見た人、握った人、撃った人はどんな感じになるのか。そういうことを想像しつつ、アメリカの映画とかドキュメンタリーを観直して、日本でも起こりうることとして描こうと思いました。銃を抜いたりすると、日本の映画では銃にカメラのフォーカスを当てるんですよ。でも、アメリカでは役者の顔を映す。銃を撃つからといって銃をことさら意識しない。日常の中に銃があるから、銃を抜くのは当然の成り行きとして撮影しているんです。そこがすごいと思って、今回の撮影でもその辺りは気をつけていました。銃撃戦にリアリティーを出すために、照明、小道具、音響、みんな一丸となって頑張ったし、俳優さんにも銃を撃った時の反動とか、芝居も工夫してもらいました。

菅田:この映画の銃撃シーンは、「撃つぞ!」と叫んで銃を撃って相手が倒れる、という段取りではないんです。何かをしている時に撃たれたりするし、撃たれてうめいている人の横を移動したりする。だから、目の前で起こっていることや銃撃音にちゃんとリアクションするようにしていました。

——普通の人たちが追い詰められて殺し合いを始める。そういった状況が、閉塞した現代社会を表現しているようにも思えました。そこでインターネットが重要な役割を果たしていて、相手の顔が見えない中で、インターネットで悪意や憎悪が広がっていくのも現代的ですね。

黒沢:確かにそうですが、「インターネットが全ての原因」という物語にはせず、インターネットは現代社会のありふれたものとして使わせていただきました。きっかけはインターネットですが、一番の問題は普通に生きてきた人たちが、気がついたら「殺す」「殺される」みたいな状況になるギリギリのところにいた、ということなんです。いろんなところでいろんな人が、実は崖っぷちギリギリまでいってしまっている、というのが今の社会なのかな、と思いますね。それがテーマではなかったのですが、結果的にこの映画は現代社会を描いたものにもなっていると思います。

——確かに今の社会は、貧困だったり人間関係だったり、いろんな理由で「普通の人たち」の多くが精神的に追い詰められている気がします。

黒沢:その原因がどこにあるのか分からないから、より追い詰められるんですよね。原因が何か分かっていれば、そこから距離が取れるんですけど、原因が分からないまま崖っぷちにいる人が多いんじゃないでしょうか。

——吉井も工場で働きながら転売をやって、ギリギリ感がありますよね。そして、「普通の人たち」の1人だった吉井も、極限状態に立たされて最後に大きな決断を迫られる。

菅田:良くも悪くも、最初は不特定多数のうちの1人だった吉井が、最後に何者かになってしまうような瞬間がある。もう引き返せないところまで来てしまう。多分、銃撃戦の前までなら、吉井は引き返せるところにいたんです。死を前にした時に人間性って出るじゃないですか。そういうギリギリの人たちの描き方も、この映画の特徴だと思います。

黒沢:ここまで特別な経験をした吉井は何かの強さを持ったかもしれない。もしかしたら、この後、吉井は世の中をひっくり返すようなことをするかもしれない、と観客が想像してくれたらいいなあと思ったりもしているんですよね。それは希望と言えるものではないのですが、そう感じてもらうことで観客が普通のアクション映画とは全然違う爽快感を味わってくれたらいいな、と密かに期待しています。

PHOTOS:MASASHI URA
STYLIST:(菅田)KEITA IZUKA
HAIR&MAKEUP:(菅田)AZUMA(M-rep by MONDO artist-group)

■「Cloud クラウド」
9月27日全国公開
出演:菅田将暉
古川琴音 奥平大兼 岡山天音 荒川良々 窪田正孝
赤堀雅秋 吉岡睦雄 三河悠冴 山田真歩 矢柴俊博 森下能幸 千葉哲也 / 松重 豊
監督・脚本:黒沢清
音楽:渡邊琢磨
撮影:佐々木靖之
製作幹事・配給:日活 東京テアトル
制作プロダクション」日活 ジャンゴフィルム
©2024「Cloud」製作委員会
https://cloud-movie.com

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