「WWDJAPAN」には美容ジャーナリストの齋藤薫さんによる連載「ビューティ業界へのオピニオン」がある。長年ビューティ業界に携わり化粧品メーカーからも絶大な信頼を得る美容ジャーナリストの齋藤さんがビューティ業界をさらに盛り立てるべく、さまざまな視点からの思いや提案が込められた内容は必見だ。(この記事は「WWDJAPAN」2024年9月23日号からの抜粋です)
「美容室」の倒産急増、既に前年比 1.5 倍を記録。これは過去最多ペース……帝国データバンクがそんなデータを弾き出し、これをYahoo!ニュースも取り上げた。ただもともと「美容室はコンビニよりはるかに多い」というのが定説で、実際の数25万軒以上とも言われ、コンビニはと言えば、約5万軒。コンビニより多いどころではない、ある記事は信号の数よりも多いという表現をしていて、それもまた事実。信号の数は20万個を切るそうである。
で、この記事によれば、倒産件数は今年8月までの間に139件、昨年を上回るペース、と伝えている。ちなみに、ここでいう倒産は負債1000万円以上の法的整理をした店舗を対象としているが、実は閉店する美容室の数は毎年8000〜9000軒にも上ると言う。つまり倒産ではなく、単純な閉店や廃業が非常に多い世界なのだ。でも逆に約1万軒が新しく開店するから、結果として毎年1000軒以上増えていくという計算。だからこの数に対して倒産件数は過去最多でも169件、さほど深刻な数字ではない気もする。ただ美容室の数がもはや飽和状態なのは確か。業界全体が過渡期にあるのは紛れもない事実なのだ。なぜなら人口減少に加え、髪にまつわるさまざまな変化が生じてきているからである。
今の美容室のメニューの主流となっているのは、パーマよりカラーリング。しかしコロナ禍以降、自宅でカラーリングする人が増えている。奇しくもシャンプー時に自然に白髪を染めるカラートリートメントの進化がここへ来て目覚ましく、実際に家で染める人が増えてきたことが一つ。ただこれに対しては、市販のカラーリング剤を持ち込むことができる美容室も増えてきたりしている。一方で、激安のカラーリング専門店や“前髪カット”を売りにする美容室も目立ってきた。どちらにせよ、客数は減らずとも、また手間は同じでも、1人の単価が減っていく状況にある。
そして今にわかに浮上しているのが、シャンプーを毎日することで、実は頭皮や髪を傷めているのではないかという疑念や、泡立つシャンプーそのものを否定する声。毎日なら、お湯洗いでも十分、あるいは泡立たないシャンプーこそ髪に良いなどというふうに、日本のシャンプー習慣をはじめとしたヘアケアそのものの定義が根底から崩れてくる流れにあり、美容室でのトリートメントの位置づけも変わってくる可能性がある。
また節約志向がロングよりもショートという選択をさせたり、髪質重視の発想が、パーマをかけない傾向をもたらしたりと、いろんな意味で美容室には厳しい要因が山積みなのだ。
どんな業界も、意識の変化や商品の進化によって状況はどんどん変わっていく。何もかも安泰ではないということ。しかし来たる高齢化社会、美容室に行けないお年寄りを訪問看護のように訪問してカットやパーマやカラーリングを行う、デリバリーサービスのヘアスタイリストの需要は一気に伸びるはず。50万人と言われる美容師の夢は独立。だからこそ美容室の数は減らないわけで、実は25万件のうち3割程度は1人で美容室を運営する個人美容室だとされ、幸い1人美容室の方が経営は安定するのだとか。そこで店舗を持たない移動型となれば、さらに不安材料も減るのだろう。
ともかくジャンルを問わず、こんなふうに世の中の変化に臨機応変に対応していかなければ、生き残りは図れない時代。その良い例が美容師業界の変化なのではないだろうか?
PROFILE:(さいとう・かおる)女性誌編集者を経て独立。女性誌を中心に多数のエッセー連載を持つほか、美容記事の企画や化粧品の開発、アドバイザーなど広く活躍する