PROFILE: 林士平/漫画編集者
「少年シャンプ+」の編集者・林士平。これまで自身が担当してきた作品は「チェンソーマン」「SPY×FAMILY」「ダンダダン」などヒット作ばかりだ。ネット上では度々「有能」と形容される林が、7月から「Amazon Music」独占配信ポッドキャスト番組「イナズマフラッシュ」を開始した。各界のトップランナーをゲストに呼び、作品の舞台裏や仕事の悩みなどを赤裸々に展開しているが、なぜ「ポッドキャスト」を始めたのだろうか。番組で吐露されてきた漫画編集者としての葛藤や、音声メディアならではの「こぼれ話」についても聞いた。
目、疲れてませんか? 音声メディアの活路
——どういうきっかけでポッドキャスト番組を始めることになったのでしょうか?
林士平(以下、林):以前、この番組のプロデューサーの石井玄さんとイベントでご一緒させてもらった時に、楽屋で「ポッドキャストの番組をやりませんか」と声をかけていただきました。それで流されるように始まったというか、音声メディアに興味があったので、良い機会なので挑戦しよう、と思った次第です。1人しゃべりが苦手なのでもう少しトークの腕を磨きたいなと、課題感を持って挑んでいます。あと、ゲストを呼べるので、自分が会ってみたい人に会える機会だと捉えています。
個人的に音声メディアに期待している点は、「ながら」でインプットできることです。仕事でもプライベートでもディスプレイを使う時間が長いので目が疲れている。まず、聴く側として可能性を感じていました。
僕は動画配信のサブスクリプションはほぼ全部入ってるものの、見る時間が取れてないんです。ダウンロードして細切れになんとか……みたいな。大好きな読書も集中力を要するので積ん読が増えていくばかり。Kindleの本棚にある冊数を数えてみたら2万冊買ってることが判明して(笑)、最近は「Audible」を聴くことも多いです。
——「イナズマフラッシュ」のメインビジュアルは「SPY×FAMILY」の遠藤達哉さん、サウンドは牛尾憲輔さんが担当していますが、これは林さんからのオファーですか?
林:プロデューサーの石井さんからの提案でした。遠藤達哉先生には私から打診させていただき、ご快諾いただけました。サウンドの牛尾さんは、石井さんからソニーミュージックさんに依頼していただいた、と伺っております。素晴らしい絵と、キャッチーで耳に残る音楽で彩っていただいて、メチャうれしいです。
——「イナズマフラッシュ」では「これ話しちゃっていいの⁉︎」という所まで語ってますよね。
林:まだ手探りなところが大きいですけど、初回ゲストとして出ていただいた津田健次郎さんがすごかったですね(笑)。声のカッコよさだけでなく、トーク力の高さにも感服しました。ゲストに話を引き出していただいてしまいました。
——実際に番組を始めてみて、手応えは?
林:パーソナリティー側として感じるのは、リスナーとの近さ。顔が見えないからかな? 肩肘を張らないでいい空気を感じてます。独特のコミュニティーを感じることがあって、ついとりとめもない話をしてしまいます。今後の課題ですね。テンポ良く、リスナーの皆さまに面白い、役立つと思ってもらえるトークの濃度を上げていきたいです!あと、リスナーの皆さまからのメールもすごくありがたいので、どしどし待ってます。
素晴らしい声優さんや、コンテンツを作っている社長さん、脚本家さん、歌手の方や俳優さん、芸人さん、実写・アニメの監督など、第一線のさまざまな職種の方とお話ししていこうと企画中なので、全てのトークが、編集者としての糧になっている、いくであろうと実感しております!
——第2回では、アップル(Apple)から電話がかかってきたという話もされてました。
林:アメリカから電話があった話もしてましたね。内容は、マンガの表現についてでした。この手の表現の規制がこれからも広がっていくと厳しいことになるやも、と少し危惧しております。それでも「ジャンプ+」のアプリケーション自体が海外のプラットフォームに乗ってる限りは彼らのルールに従わなくてはいけないので複雑ですね。
——番組では、バナーの画像で胸の谷間の線を描くのも厳しいと苦言を呈されていて……。
林:ありましたね。「ジャンプ+」の場合は、7〜8カ国言語ぐらいで同時翻訳されているのですが、国によってもNGラインは全然違う。多少のローカライズは仕方がないと思っています。各国に適した表現に微調整しながらも、可能な限り全世界に作品をお届けするのも大事だと思います。
ただ、ローカライズで各国のルールに従うことは許容だとしても、日本において「日本人向け」に展開する表現のラインを他国に手渡すのは違うと思います。もっと議論していければいいんですけれど。
——難しさに直面する一方で、海外市場の可能性は大きそうです。番組ではロンドンの図書館に「ルックバック」が置いてあったと話されていて驚きました。
林:僕も驚いて、思わず写真を撮りました(笑)。売り上げで言うとフランスが大きいので、今度渡仏した際は書店さんだけでなく、図書館にも行ってみようかと思います。
「ダンダダン」は巻数が浅い時にフランスの一等地に広告を打っていただきました。フランスは日本のマンガをたくさん売ろうという意気込みが強くてありがたいです。フランス一カ国だけで、日本国内よりも売り上げている作品もありますよ。印税も日本より高いので、海外からの印税で暮らしている作家さんも増えています。
毎年、漫画の読者が世界中で増えている実感があるので、夢を見られる産業だと思います。いろいろな作品が売れて、お客さんと一緒に育っている。一方で日本の読者にまず受け入れてもらわないと意味がないので、現段階では最初から世界を狙って企画を始めることはありません。
常務にLINEで人事異動?
——林さんは「ジャンプ+」の編集者としてのイメージが強いのですが、この部署への異動は、ご自身で希望されたそうですね。
林:僕はもともと「月刊少年ジャンプ」「ジャンプSQ.」にいたんですけれど、なんだろうなぁ……面白いと思う作品がなかなか会議で通らなくて、自分に限界を感じていたんです。
自分の力不足が大きいですが、当時の編集方針下では「ファイアパンチ」は複数回会議に落ちましたし、「地獄楽」もなかなか通りませんでした。だんだんと、これまでとは違う場所でボールを投げてみたいと思うようになり、当時の常務にLINEをしました。
——人事ではなく?
林:常務とはお酒を一緒に飲むことが多かったので距離が近かったんです。常務に「お話があるんですけど、お時間ください」と送ったら、顔を合わせた途端「辞めるのか?」と聞かれました(笑)。「辞めたいのではなく、別の媒体でチャレンジしたい」と伝え、異動の希望を伝えました。
「ジャンプ+」に僕が入った時は、人手も作品も足りていなかったので、楽しく全力全方位で仕事をさせていただきました。あれもこれもやらないと回らない。そういう忙しさが自分には合っていたんだと思います。
——デジタルの部署になって作家さんの働き方も変わったそうですね。
林:そうですね。「ジャンプ+」の場合は、クオリティーが落ちたり健康を害したりするんだったら休む提案ができます。もちろん、休載すると読者はがっかりする。その点も踏まえて作家さんと相談しながら判断をしています。あと、作家さんや作品ごとに、週刊や月刊など連載ペースを選べますし、読み切りを365日掲載できる点も好きですね。
嘘をつくぐらいだったら「嫌われてもいい」
——漫画家さんへのフィードバックで気をつけていることは何でしょう?
林:思ったことは全部伝えちゃってます。ロジックで説明できることはみなさん納得してくれますし、分かりにくかった場合は「どうしてこの流れに?」と質問して議論すればいい。
「面白い」「つまらない」は感性によるので、「こうした方が面白いと思う」と提案はしつつ、相手に委ねます。ただ、描いたものが「つまらない」と言われたら大抵の人は傷つくので、言い方に気をつけつつも、ある程度は、敬意を持ってお伝えしているのであれば、作家さんも受け止めてくれると思っております。
逆に「面白い」と思っていないのに、お世辞を言う方がひどい気がします。お世辞は自分が作家さんに嫌われないためにつく嘘とも言えるじゃないですか。1回嘘をついたら永遠に続けないといけないのでコミュニケーションのカロリーも高い。僕は作品を良くするのが仕事なので、最悪……真摯に向き合った結果なのであれば、作家さんから嫌われてもいいんです。
あ、でも締め切りの嘘はあります(笑)。新年会などで先生たちが集合する時はヒヤヒヤしています。「ジャンプ+」では毎月5000ページを刷ってるので、入稿校了をズラさないと運営が厳しい事情もあるのですが。
——健康面やメンタル面はどうやってサポートされてますか?
林:「食べてます? 寝てます?」は打ち合わせでよく聞きます。漫画稼業は、スポーツ選手と似ているので身体のメンテナンスは大事。不健康だとメンタルにも支障が出てしまいます。
作家さんたちのスケジュールを見て、整体や鍼の予約案内をすることもありますし、この前は連載作家さんと2人でピラティスに行きました。プロだからこそ身体のケアも大事な仕事だと思ってます。
——編集者の仕事として、アニメ、舞台、映画などの監修もカロリーが高くなっていると伺いました。
林:作家さんによって関わり方はそれぞれです。「SPY×FAMILY」の遠藤先生は、隔週連載しながらアニメの脚本・美術設定・絵コンテなどを全部確認していましたし、全面的に託してくださる方もいます。
メディア展開する際は、原作の中で守らなくてはいけないことと、各メディアの約束事の落とし所をいつも探してます。昔からアフレコの現場には全話行ってましたし、最近はミュージカル脚本の調整もやりました。
——「SPY×FAMILY」ですね。
林:はい。スケジュール的に遠藤先生の監修が厳しかったこともあり、企画書を見せた上でオーディションなどは見ていただきましたが、「ここからの監修はお預けします」となりました。僕らもミュージカルの監修は初めてだったので、正直言ってかなり不安でした。ミュージカルは歌が多いし、短い時間の中で物語全てを追うのも難しい。歌が随所にあるので、自然な盛り上がりも必要です。とはいえ、物語の核となる部分が伝わらないのであれば「SPY×FAMILY」でやる意味がないし、登場人物が絶対しない言動があると、そのキャラクターが死んでしまう。脚本家や演出家の方々とは丁寧に議論を重ねました。遠藤先生には初日公演に来ていただいたのですが、緊張しながら観た記憶があります。結果的に皆さんにご満足いただけたので安心しました。
漫画における表現
——ポッドキャストで、「昔は若い時はよく怒っていた」と話されていて驚きました。林さんは順風満帆に見えるので。
林:あはは。怒りの感情は決して悪いものだけではないですからね。良い仕事を生み出すエネルギーに転換できるか、が大事だと、個人的には捉えております。
——先ほどの「アップル」の話に通じますが、表現を妥協すると物語の強度が落ちますね。表現のNGラインは曖昧な部分も多そうです。
林:そうですね。90年代によく見られた表現とか一部のギャグは、もう描けなくなってきていますよね。「今は大丈夫」でも未来はどうなるのか分からない。だからこそ「今の感性」で作ろうと思ってます。
誰も傷つかない表現は……多分、無理なんじゃないでしょうか。いたずらに誰かを傷つけるつもりはなくても、絵とストーリーがある時点で、どうしたって誰かを傷つけてしまう可能性がある。でも、傷つく範囲はどれくらいで、どういう傷なのかを自覚すること、そこの折り合いを探すのも編集者の仕事なのかなと思っています。自分ができることは「気をつけ続ける努力」しかないと思っています。
逆に「今までの普通」で傷ついてきた側の物語が出やすいのが漫画でもあるような気もしています。恋愛感情を抱かないセクシュアリティの「アロマンティック」を題材にした作品を担当させてもらったこともありますが、名前がついているだけで解決していない問題はたくさんある。こういう作品も世に出していきたいとも思っています。
——今後やりたいことは?
林:目先の話だと、あまたあるポッドキャスト番組の中で「イナズマフラッシュ」の存在感をしっかり出して、リスナーに届く番組にしていきたいです。また、ゲストの皆さまと、この場だけでなく、番組から生まれる何か、をお届けしていけたらうれしいなと願っています。
編集者としては、あと5年……10年は走り続けたいですね。あとは「イナズマフラッシュ」もそうですが、いろんな仕事ができるようになったので、毎日刺激で溢れてます。全部、漫画に生かせていければと思います。
PHOTOS:MIKAKO KOZAI(L MANAGEMENT)
■林士平のイナズマフラッシュ
毎週月曜日午前6時に最新エピソードを配信
メインビジュアル:遠藤達哉
サウンド:牛尾憲輔(agraph)
プロデューサー:石井玄(玄石)
制作:ニッポン放送
https://www.amazon.co.jp/inazumaflash