1947年の開業以来、銀座のランドマーク的存在であり続ける和光。その地下フロアがこの夏、「アーツアンドカルチャー」の名を冠してリニューアルを果たした。空間デザインは杉本博司と榊田倫之による「新素材研究所」が手掛け、音楽は石橋英子が担当。商品構成はコンテンポラリーファッションと各国の手工芸を軸に、現代のライフスタイルにインスピレーションを与える品々だ。そんな伝統と革新が交差する空間を俳優・磯村勇斗が訪ねた。作品の度にさまざまな顔を見せる磯村は「新しいことを生み出していくのが僕らの仕事」と語る。日常生活においてもクリエイティブな物事に対するアンテナを張っているという彼が出合ったものとは──。アートやカルチャーに対する自身の思いも語ってくれた。
和光の伝統とスピリットを現代に
「アーツアンドカルチャー」は和光にとってまったく新しい試みだ。長年、クロック、テーブルウエアなどの室内用品を扱っていた地階を大胆に方向転換。ファッションとライフスタイル、そして現代の感覚と伝統が混じり合う刺激的な空間に変えた。和光といえば、その前身となるのが1881年創業の服部時計店。当時から現代に至るまで、職人のクラフトマンシップと時代の先端を行くテクノロジーと共に歩んできた。事実、この本店を構えた当時の地下フロアは蓄音機などをはじめとする最先端の製品を紹介する場であったという。この「アーツアンドカルチャー」という場には、そうした原点とも言える精神を踏襲し今に蘇らせるという意味も込められている。
ニット36万3000円/ジ エルダー ステイツマン(和光)
パンツ7万8100円、ベルト2万4200円/共にティー・ティー(和光)
その他スタイリスト私物
フロア内を見て周りながら、さまざまなスポットで足を止める磯村。“アーツアンドカルチャー”というキーワードは、彼にとってとても身近なものだ。幼少期から家族と美術館に通い、大学では美術史を学んだ。「僕にとってアートは、窮屈な心を自由に解放してくれるもの。何か足りないと感じた時に、アートや文化の中にヒントを見出すことも多いです。家族には0から1を作るような意識が日常にあって、僕自身も小さな頃からクリエイティブなことが好きでした。何かを生み出すという作業は、自分が気づいていないこと、見えてなかったことを教えてくれる。その発見が楽しいですよね」。そう語る磯村がチョイスしたのは、胸元に“WAKO”ロゴが入ったカシミヤニット。ロサンゼルス発の「ジ エルダー ステイツマン(THE ELDER STATESMAN)」とのコラボレーションモデルだ。「ロゴのモチーフがいいですね、かわいいし、飽きずに長く楽しめそう。Tシャツのような感覚で着こなせるデザインだと思いました。そして、このカシミヤ素材。とても気持ちがいいです」。
普段からファッションはもちろん、器や花器なども自分の好みに合ったものを探すのが好きだというだけあって、服からアクセサリー、作家ものの陶器などの手工芸までじっくりと吟味。その目は、真剣そのものだ。「僕はトレンドにはあまりとらわれないタイプかもしれません。そして、実際にアイテムを目で見て手に入れたい。このフロアを見ていて感じたのは、発見する楽しみがあるということ。1点ものの工芸品のような、ここでしか出合えない品々も充実していますよね」。
磯村勇斗(いそむら・はやと)/俳優
PROFILE:1992年9月11日生まれ、静岡県出身。2015年ドラマ「仮面ライダーゴースト」で頭角を現し、17年NHK連続テレビ小説「ひよっこ」で脚光を浴びる。主な出演作にドラマ「きのう何食べた?」シリーズ、「不適切にもほどがある!」、映画「PLAN 75」「ビリーバーズ」「さかなのこ」「最後まで行く」「正欲」など。映画「月」で第47回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。今年は「若き見知らぬ者たち」「八犬伝」が公開され、25 年は「劇映画 孤独のグルメ」(1月10日公開)、TBS系連続ドラマ「クジャクのダンス、誰が見た?」、Netflix「ソウルメイト」が控える
文化やものづくりと人をつなぐ交流の場として
空間のコンセプトは“舞台と回廊”だ。フロア中央を占めるスペースには、巨大な什器“時計台”が配されている。樹齢1000年を超えるという霧島杉の一枚板を、時計の長針と短針に見立てた設計で、自在に配置を変えることができるというもの。ちょうど真上に位置する屋上の時計塔と呼応するしつらえになっている。そして、この中央スペースを回廊がぐるりと囲む。仕切りとして木の格子戸を取り入れ、すべてのコーナーがゆるやかにつながっているというのも特徴だ。「迫力がありますよね。空間の取り方もユニークで、訪れるだけでも面白い。あとは、木の温もり。上質で洗練されたものが並ぶという緊張感のある場所ですが、木材が多く使われているので、ゆったりと落ち着いた気持ちになります。そう、居心地がいい。床や回廊に採用されているさまざまな敷石も、日本の各地から届いたものだと伺いました」。
ファッションのコーナーでは、国内外のブランドをセレクト。ミラノを拠点とするデザイナー桑田悟史による「セッチュウ(SETCHU)」や高橋悠介が手掛ける「CFCL」は幅広いラインアップがそろい、デニムブランドの「トゥ エ モン トレゾア(TU ES MON TRESOR)」、「ティー・ティー(T.T)」なども充実している。磯村が次に選んだのは「セッチュウ」の”オリガミ ジャケット”と、同素材のパンツ。どちらも光沢が際立つシルク生地だ。「折り紙をイメージしたスクエアなシルエットと大胆な華やかさが同居しているところが、まさに“折衷”だなと感じました。そして、着心地がすごくいいんです」。和光はこのフロアに、「文化と人々の交流の場」という個性も織り込んでいる。単にアイテムをセレクトして販売するだけでなく、ブランドとの協業やブランドの世界観をじっくりと紹介するイベントなども積極的に開催。和光がハブとなり作り手とブランドを、あるいはブランドと顧客をつなぐスペシャルな機会を生んでいく。
話題作への出演が続くほか、今秋は磯村の主宰・プロデュースによる「しずおか映画祭」を地元静岡県の沼津で開催した。映画をもっと身近に感じてほしいという思いからだ。「多くの人にとって映画をわざわざ見に行く時間というのは、少なくなって来ていると思います。映画は公開期間が限られているから、映画館は客を待ってくれない。でも、映画は(客を)待っている。その矛盾が面白いですよね。僕は俳優で、一つの作品の一部であって、自分の中にあるものを全て届けられるわけではありません。葛藤しながら、台本をどうクリエティブに読み解き、演技するか──。そこは諦めない、と決めているんです」。
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一過性のトレンドではなく、タイムレスなものづくりを伝えていく。アイテムだけではなく、そのストーリーまでも。このフロアで味わえる豊かな体験と時間は、和光が紡いできた美意識と文化に対するリスペクトそのもの。名店の描く次のビジョンを、ぜひ体感してほしい。
PHOTOS:MASAHIRO YAMAMOTO
STYLING:TOM KASAI
HAIR & MAKEUP:TOMOKATSU SATO
TEXT:CHIHARU MASUKAWA
問い合わせ先
和光
03-3562-2111