PROFILE: (左)増田さをり/「10 マガジン ジャパン」編集長(右)渡辺三津子/ファッション・ジャーナリスト
英国発ファッション誌「10 マガジン(10 MAGAZINE)」の日本版が9月18日に創刊した。編集長は「ヴォーグ ジャパン(VOGUE JAPAN)」でファッション・ディレクターだった増田さをりで、出版は世界文化社が担う。メディア事業が多角化する中、新たな紙媒体を発行する狙いとは。同誌にも参画し、「ヴォーグ ジャパン」時代の盟友である渡辺三津子が聞いた。
「10 マガジン」とは
渡辺三津子(以下、渡辺):さをりさんとは「ヴォーグ ジャパン」編集部で長く一緒に仕事をしてきたので、編集長となったさをりさんと新雑誌創刊の過程をご一緒できてとてもうれしいです。まずは、「10 マガジン ジャパン」の説明をお願いします。
増田さをり(以下、増田):「10 マガジン」はソフィア・ネオフィトゥ・アポストロウ(Sophia Neophitou-Apostolou)がロンドンで2000年に創刊しました。ソフィアはもともとスタイリストで、インディペンデントマガジン激戦区のロンドンで同世代の人たちが雑誌を出すのを見て、自分が発信できるビジュアル誌を作りたいと考えたそうです。同時にスタイリストとして「ヴォーグ」でも日本や中国、ロシア版などに関わり、私はそこで知り合いました。UK版は1冊約600ページもあり、家に置いて長く楽しんでほしいという考え方で、半年に1回、ウィメンズとメンズ版両方出版されています。今回の日本版はそれを合わせた作りで、創刊号は約340ページあります。
渡辺:内容はファッション、ビューティ、ジュエリーだけでなく、カルチャー、アート、旅など多岐にわたり、ビジュアルの力強さが印象的です。
増田:ロンドンはスタイリストもフォトグラファーも面白い人が常に周りにいるので、若手のクリエイティブな人材が出てきやすい環境です。ライターもSNSで連絡してくるので、興味があればすぐ編集者が会っていますし、スージー・メンケス(Suzy Menkes)やサラ・モーア(Sarah Mower)ら業界の第一線で活躍している人々も執筆しています。
渡辺:ロンドンはファッションを学べる学校が多く、世界中から若者が集まるという背景もあるでしょうね。そのあたりは日本も学ぶべきところがあると感じます。「10 マガジン」としては、そういう個性的な才能やジャーナリスティックな視点を重要視しているのですね。
増田:ものの見方がはっきりある方に参加していただきたい。撮影に関しては、今回の創刊号では日本的あるいはアジア的、つまり「西から」ではなく、「東から見たファッション」という視点を提案したかったので、関わる方たちもそういう絞り方になりました。
渡辺:今号の全体のテーマはソフィアと話し合って決めたのですか?
増田:全体のテーマは各国共通で、“Renaissance, Renew, Rising”でした。「多様なことを同時にできる才能を持った人々が新しい時代を開拓していく」という趣旨なのですが、それぞれの国でどういう誌面を作るかは自由です。毎週4カ国の編集長とのミーティングがあり、特集のテーマなどを共有します。制作したものはドロップボックスにビジュアルとテキストが順次上がるので、すぐジャッジできます。どの国の何を選んでどうエディットするかも自由なんです。
渡辺:私が今まで経験したグローバルマガジンでは、使用に際してある程度、許可や交渉が必要でしたが手間がなくていいですね。日本制作と海外のものとの割合はどれくらいでした?
増田:半々ぐらいで、日本が少し多いです。旅やデザインのテーマも面白かったので予定より他国のものが多めになりました。それと、4カ国とも同じ9月18日発売なんです。組織が小さいから(笑)、カジュアルな良さやライトさがある。それは一つのメリットだし、新しい形なのかなと思います。
渡辺:その共有の速さと自由さは少し驚き(笑)。インディペンデントな雑誌として25年間継続しているのはすごいことですね。
増田:ソフィアが編集者であると同時にものすごくビジネスマインドを持った人だからで、続けながら学んできたのだと思います。
渡辺:最初にオファーを受けた時はどう感じたの?
増田:迷いはなかったです。実際、日本でインディペンデントマガジンを1人でできるのかはちょっと不安でしたけど。1年前に創刊した「10 マガジン」US版の編集長が、昔「ヴォーグ ジャパン」のNYオフィスにいた同僚だったことも大きな助けになりました。
渡辺:さをりさんは、「ヴォーグ ジャパン」ではファッション・ディレクターでしたが、今回は会社を立ち上げて編集長になり、どこが一番違いましたか?
増田:大変だったけど面白かったのは、この年齢になっても新しいことが学べたこと。編集作業の一つ一つが改めて楽しいと感じられました。写真を見るだけでうれしく、テキストを読んで感動して。こんな気持ちになれたのはひさびさで、最初の読者として感動できたことが一番うれしかった。
渡辺:一通りいろいろなことを経験してきた後に、さらに心が動くことに挑戦できたのは素晴らしいと思います。さをりさんはブランドのPRの経験もあり、マルチなタレントを発揮している先駆け的な1人ですよね。これは一度どこかで発表したかったのですが、さをりさんを「ヴォーグ」に呼びたいと発案したのは私なんですよ(笑)。語学の堪能さだけでなく、世界のファッション業界の人々と“同じ言語”でコミュニケーションできる希少な存在だと思ったからです。そんなさをりさんが作るグローバルマガジンの今後が楽しみです。
増田:大丈夫かな(笑)。デジタルと違い、紙の媒体はページをめくる体験ができて、考えながら戻ることもできる。雑誌にこだわって人間味や温かみのあるものを提供したいし、瞬時に消費されるのではなく何年後かに見ても面白いストーリーだったな、こういう時代だったな、と思えるものをつくれたらいいなと考えています。
インディペンデント誌の強み
渡辺:ここ数年で「10 マガジン」はさまざまな国で創刊していますが、グローバル戦略の動きがあるのですか?
増田:伝統的な出版社の動きが新しい時代への対応に追われて最近、変化してきたという背景はあるかもしれません。そこで、小回りの利く媒体の強みが生かされるのではないかと。
渡辺:なるほど。それには、オリジナリティーとクオリティーを常に高く保つ必要がありますよね。
増田:ただの情報提供ではなく、誰かの視点が大切で、それが強ければ読者の意識にも残るし、同時にその時代を反映するものになると思います。実際、UKではテキストが面白くなければリライト依頼やボツになることもある。写真家も無難にきれいに撮るのではなく、「この人でなければ撮れない写真」ということに私もこだわりました。ビジョンがなければ何かを伝えることはできないと感じます。
渡辺:ちょっと心配になりましたが、私の日本デザイナーの特集の原稿は大丈夫だったでしょうか?
増田:急に何ですか(笑)。読んですぐ面白かったって伝えたじゃないですか。
渡辺:「10 マガジン」の基準がそんなに厳しいと今知ったから(笑)。一方で編集とは別の話ですが、幅広い部数を狙う雑誌ではないからこそ、そのビジネスモデルも気になります。
増田:「10 マガジン」の営業担当は、実は世界全体でロンドンに1人だけなんですよ(笑)。やっぱり最終的にはクリエイティビティーなのだと思うんです。より強く、よりエッジィな視点で他と差別化できるコンテンツが作れるということが一番の強みになり、広告のクライアントに対するビジネスが成立するのだと感じます。
渡辺:同じようなものばかり並んでも価値は生まれません。同質化する状況に一石投じられる存在になるといいですね。