ビーストーン(東京、黒石奈央子社長)の「アメリ(AMERI)」は、間違いなく近年のウィメンズリアルクローズ市場をけん引してきたブランドの一つだ。自ら会社を立ち上げ、「アメリ」のビジネスからクリエイティブまで陣頭指揮を執る黒石社長の存在は、男性社会のアパレル業界で起業を目指す女性たちを勇気づけてきた。この10月でブランド10周年を迎えるにあたり、黒石社長にこれまでと今後を聞いた。
WWD:10年の節目を迎えた今、起業当時を振り返ると。
黒石奈央子ビーストーン社長(以下、黒石):ビーストーンを立ち上げた2014年ごろは、カリスマ的人気の販売員など、影響力を持つ個人によるブランドの立ち上げが盛んになっていた時期。私が起業する以前に所属していたのも、そういったブランドプロデュース術に長けたウィメンズアパレル会社だった。その中で成功例も失敗例もたくさん見てきたから、一個人としてブランドをやるというビジョンは自然に芽生えた。
ただ、そういった企業であっても、内実は事業部長など「お金」を握るのは男性で、女性はデザインやPRをするといった役割分担が明確にあったのも事実だった。私がビーストーンを立ち上げた時は本当に1人だったし、数字から逃げることはできなかったから、すべて自分でやるしかなかった。この経験は私にとって困難でもあったし、財産にもなった。
WWD:近年は個人がプロデュースするD2Cブランドも増えた。黒石さんに影響を受けた女性経営者は多いはずだ。
黒石:ただルックスがかわいい子が着ているというだけで、服が売れる時代ではないと思う。当たり前のように聞こえるかも知れないが、やはり服自体に魅了がなければいずれ立ち行かなくなる。確固としたスタイルがあって、それをデザインに落とし込めているブランドは生き残ることができる。
ウィメンズアパレルブランドを経営する上で感じるのは、特に商品のプライシングの部分は、手にとって着る女性だからこそ適切な値付けができるということ。「この服だったら、このくらいまで(お金を)出すよね」という肌感はやっぱり大事だし、そういった「リアル感」と「憧れ」のバランスのよさはアメリの強みになっていると思う。
WWD:「アメリ」といえばワンピースのイメージがある。
黒石:日本のウィメンズマーケットはフェミニンを好む層が厚く、「アメリ」でもそういったアイテムが必然的に売れるから、お客さまの間ではそういったイメージが強いのかも。ただ私としては特定の商品ジャンルには偏らないように、「売れるかどうか」よりも「欲しいかどうか」を大事に服を作っている。作り手である自分自身が年齢を重ねるにつれ、作る服のシルエットやバランスがだんだん変わってきた部分もある。そういった無意識な変化はあるにせよ、“ノールール・フォー・ファッション”というブランドのコンセプトがブレたことは一度もない。ツーウエイ、スリーウエイ、メニーウエイで使える着回しのしやすさと、お客さまの個性に合わせて自由に表現できる懐の広さ。それがお客さまに伝わり、受け入れられてきたから「アメリ」がここまで来れた自負がある。
WWD:25年春夏コレクションについて。
黒石:これまでの物作りとは地続きではあるけれど、従来のシーズンのアーカイブ柄やデザインを取り入れて、今着たい気分の服として復刻した。「アメリ」を有名にさせてくれた“アマンダ柄”という花柄を使ったアイテム、私がブランドで最初に作りたいと思っていた“ディメンショナルドレス”という立体感が特徴のワンピースは、最近「アメリ」を知ったお客さまにもぜひ着てもらいたい。10周年を機にブランドロゴも刷新した。「リブランディング」としてブランドの方向性を変えていくわけではなく、今までのブランドのスピリットを引継ぎながら、さらに進化させていく決意を込めた。
WWD:マンネリや限界を感じることはない?
黒石:会社が大きくなる中で新しいメンバーもジョインしてくれているし、そういう子たちから新しいヒントやアイデアを絶えず浴び続けられる毎日は、刺激的なことばかり。ただ、壁に突き当たったと感じたのがちょうど去年。それまではブランドの業績がずっと右肩上がりで伸びていて、「どこまで伸ばせるんだろう?」というワクワク感があったし、それがブランドを続ける上での原動力にもなっていた。ただその成長率が緩くなってきて、私の中でも「(ブランドの)トレンドが終わってしまうのか」「もうダメかもしれない」と気持ちがマイナスに傾いていった。ちょうどインスタグラムのアルゴリズムが変わって、お客さまのリアクションが見えづらくなった時期でもあった。「私がブランドをやっていていいのだろうか」とまで考え詰めた時期もあった。
一方で、昨年は私自身のライフステージの転機でもあった。妊娠(〜現在)をきっかけに、会社における立場や後進の育成について改めて考えた。私の育休中にも、ブランドが走り続けられるにはどうしたらいいだろう。立ち止まって出した答えは、現在の「アメリ」のトップデザイナーをディレクターに据え、ブランドに関わる意思決定や責任をすべて託すこと。それでうまく回っていけば、私が現場に戻ったときも、全部「元に戻す」ことはしなくていいと思っている。私が社長業に専念することで会社がうまく回っていくなら、それがベストな選択だから。それに私のキャリアをモデルケースにしたいと思ってくれている子はたくさんいるし、ビーストーンの将来を考えた時に、彼女たちの背中を押すことはいずれ会社の財産になる。私自身、後進の育成や人のプロデュースに力を入れていきたいという考えはずっとあった。
WWD:9月には青山商事との協業ブランド「シス(CIS.)」を発売。ビジネススーツ量販店とのコラボは意外だった。
黒石:私もお声掛け頂いたときは少し迷いがあったが、自分の中で「ザ・スーツ」と呼べるものをデザインしたことがなかったし、実際にやってみると「どうしたら今の女性にスーツを着たいと思ってもらえるだろう?」と考えることは貴重な学びになった。こういった外からの学びやヒントをブランドの前進、発展につなげていくことも、これからの私の役割になるだろう。
WWD:次の15年、20年を考えると。
黒石:今は、この“成熟期”にあるブランドの現在地をマイナスに捉えてはいない。これまで「アメリ」をずっと好きでいてくださったお客さまを裏切らず、いかに進化させていけるかを考えたい。会社が大きくなり、成熟するにつれて、私の力だけでは手に負えなくなってきている部分もある。経営に関しては本当に自己流でやってきたから、さらなるステップアップには外部の助けや視点が必要になるだろう。現段階でのイメージとしては、他社との資本提携のような大枠のスキームではなく、あくまで“人”ベース。アドバイザーや社外取締役など、実際に私が頼りになると感じた人材を経営の中枢に招き入れる。
近い将来、まず目指すは売上高100億円。そしてずっと思い描いてきたニューヨークへの出店という夢も、「アメリ」を立ち上げた時からずっと変わってはいない。