PROFILE: レンツォ・ロッソ/OTB会長

欧米の富裕層の場合、ワイナリーのオーナーであることはさほど珍しくない。しかし、広大な土地を購入して農場を開き、一からぶどうを育ててワインを製造し、敷地内でホテルやレストランまで運営するとなると話は別だ。イタリアのファッション業界をけん引し、ラグジュアリーを知り尽くしたトップ層が、オーガニック農場の経営に乗り出した理由とは?(この記事は「WWDJAPAN」2024年10月21日号からの抜粋です)
1993年にディーゼル・ファームを設立
「ディーゼル(DIESEL)」の創始者であり、ほかに「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」「マルニ(MARNI)」「ジル サンダー(JIL SANDER)」などを擁するOTBを率いるレンツォ・ロッソ(Renzo Rosso)会長は、熱心なワイン愛好家としても知られている。最近では、ワイナリーへの投資を管理するべく、新会社ブレイブ・ワイン(BRAVE WINE)を立ち上げた。ちなみに、OTBの社名は“オンリー・ザ・ブレイブ(〈Only The Brave〉勇敢なる者たちのみ)”という同氏が大切にしている言葉の頭文字を取っているが、ブレイブ・ワインにその一部がつけられていることからも、このプロジェクトにかける情熱が感じられる。
「ワインに関することは何でも楽しいが、骨の折れる事業だよ」。そう楽しげに話す同氏のワイン造りは、およそ30年前、1993年にイタリア北部・ヴェネト州の郊外に広大な農場を開いた時までさかのぼる。ディーゼル・ファーム(DIESEL FARM)と名付けられたこの農場は、ロッソ会長の故郷やOTBの本社からもそれほど遠くない場所にあり、広さにしておよそ100万㎡。見渡す限りなだらかな丘が続く緑豊かな土地だが、90年代には“再開発の危機”に直面していたという。「近年、サステナビリティやカーボンニュートラル(二酸化炭素の排出量と吸収量を同じにすることで中立とする概念)、植林などに関する話題が多い。この広々とした美しい丘陵は、小さく切り分けて住宅や別荘用の分譲地として売られるところだった。私はそれが耐え難く、こうして購入し、環境を保全しながら農場や公園として活用している。投機的な都市化から救ったわけだが、これが真の意味でのサステナビリティだと思う」。
ディーゼル・ファームでは、伝統的な農業技術に緑肥や乾地農法といった革新的な手法を組み合わせ、年間およそ2万5000本のワインと、3200Lのオリーブオイルを生産。また、生物学的多様性の促進をミッションの一つに掲げており、実は絶滅の危機に瀕しているという蜂を保護するべく、蜜を生成するさまざまな植物も育てている。敷地の大部分は一般公開されているので、都会の喧騒を離れ、牧草地にいるシカやヤギ、ポニーなどの動物を眺めたり、森林をのんびり散策したりとゆったり過ごすことができる。その際、小川の近くではサンショウウオを目撃することも。「かわいいとは言えないかもしれないが、土地や水源が汚染されていない証拠だよ」とロッソ会長。
昨年の夏には、馬小屋だった建物を改装し、レストラン「クッチーナ ディーゼル ファーム(CUCINA DIESEL FARM)」をオープンした。ヴェネト州の伝統的な料理と、農場で生産したオーガニックワインを楽しめると評判だ。なお、同レストランは24年5月、東京・渋谷に構える旗艦店「ディーゼル シブヤ(DIESEL SHIBUYA)」の1階にもオープンしている。
「オーガニックこそが、新たなラグジュアリー」
OTBの会長として忙しい日々を送りつつ、情熱の赴くままに農場の経営やワインの生産を手掛けるロッソ会長によれば、ワイン造りに求められる高度かつ繊細な職人技は、オートクチュールやテーラードスーツを作る職人のそれに通ずるという。「ぶどうの収穫時期は、種の熟し具合や太陽を浴びた時間などさまざまな条件によって異なるが、わずかなサインを見逃して最適な瞬間に収穫できないと、味に大きな違いが出てしまう。将来的には、ブレンド作業の際にシェフに参加してもらってカスタマイズすることも考えている。長期的なプロジェクトとして、腰を据えて取り組んでいきたい」。
以前、ワインに関するインタビューで「オーガニックこそが、新たなラグジュアリーだ」と語った同氏らしく、ディーゼル・ファームは完全オーガニックを実現。ワインに使われるシャルドネ、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワールなどを育てている。農場は標高300mに位置するため、適度な寒暖差や風通しの良さがぶどう栽培に適しており、ここで生産された赤ワインの“ロッソ・ディ・ロッソ”と“ネロ・ディ・ロッソ”、白ワインの“ビアンコ・ディ・ロッソ”は、世界のさまざまなワインコンテストで賞を受賞した。
OTBをモデルとしたワインビジネス
前述のように、ロッソ会長はブレイブ・ワインを通じてワイナリーへの投資も行っている。直近では、イタリア・ピエモンテ州モンフォルテ・ダルバにあるジョゼッタ・サッフィーリオ(JOSETTA SAFFIRIO)と、シチリア島のエトナ地域にあるベナンティ(BENANTI)に投資。いずれも「ワイン界のロールス・ロイスのようなワイナリーだ」と胸を張る同氏は、「ブレイブ・ワインを設立した目的の一つに、イタリア各地で生産された最高のワインを集め、イタリアワインの素晴らしさをさらに世界に広めたいということがある。ファッションと同じく、フランスはそれをうまくやってのけた。われわれイタリア人は、もっと力を合わせて頑張らないといけない」と指摘する。一方で、投資先としては、フランスはもちろん、米カリフォルニア州のナパ・バレー、そしてニュージーランドのワイナリーも視野に入れているという。
こうした世界中の優れたブランドを集めるという点で、ブレイブ・ワインはOTBをビジネスモデルにしている。傘下ブランドの個性を伸ばし、シナジー効果を生み出しつつ、グループ全体で物流、販売網、IT技術などを共有して効率化し、浮いた時間や費用を開発に注ぎ込んでさらなる成長を目指す。「ブレイブ・ワインは、“ワイン造りのアトリエ”だと考えている。数千年も前からある伝統的な製法に最新のテクノロジーを組み合わせ、ユニークなプロダクトを生み出していく。投資先にも、そうしたサポートを提供したい」。ロッソ会長の妻であり、ブレイブ・ワインの最高経営責任者を務めるアリアナ・アレッシ(Arianna Alessi)は、「各ワイナリーの個性や特徴を守り、それぞれが輝くようにすることが大切だ」と述べた。
ブレイブ・ワインのワイン醸造学者ウンベルト・マルキオリ(Umberto Marchiori)は、伝統的なワイナリーとは全く異なる視点を持つロッソ会長が参入することで“異花受粉によるポジティブな変化”が起き、現代化が進むことも期待していると話す。「イタリアのワイン業界はかなり保守的で断片化されているため、19世紀の終わりごろまでワインをほとんど輸出していなかった。レンツォの情熱と、他業界での成功体験やストーリーに刺激を受けることで、伝統の良いところを残しつつ、必要な部分はモダンに進化してほしい。そうした意味でも、レンツォの存在には価値がある」。
現在、ファッション業界では実店舗での買い物体験やイベントが重視されているが、食の分野でも顧客をより強く引き付ける施策が必要だとロッソ会長は説く。「エンターテインメント性は、どのような分野でも重要だ。最近は美しいデザインのワイナリーやワインセラーが増えているが、そうした“訪れたくなる理由”を作り、顧客にとっての価値を高めれば、自ずと結果はついてくる」。