小柄女性向けアパレルブランド「コヒナ(COHINA)」が9月、サザビーリーグに加わった。起業家の中川綾太郎が社長を務めるnewnからの事業譲渡(取引金額は非公開)。2018年、自身も148cmと小柄だった田中絢子ディレクターは、自分と同じように低身長で服装選びに悩む女性に向けて、小柄だからこそ似合う服を提案する「コヒナ」を立ち上げた。EC主販ながらSNSでファンを広げ、立ち上げから3年で月商は1億円を超えるほどに成長。そして成長のネクストステップを踏むべくnewnを巣立ち、サザビーリーグに加わる決断をした。田中ディレクターと、今回の買収を主導し、「コヒナ」を運営する新会社EGBAのトップに就任した帰山元成サザビーリーグ執行役員に、これから見据える先を聞いた。
WWD :まず、サザビーリーグに加わった経緯について。
田中絢子「コヒナ」ディレクター(以下、田中):報道が出てからは「中川(綾太郎)さんと何かあったのか」「喧嘩別れか」などと聞かれる。円満でポジティブな別れ方なので、どうかご安心を(笑)。最終意思決定以外のプロセスでは中川もそこまでコミットしているわけでなく、私自身の決断による部分が大きい。ブランドを立ち上げたときから「ずっとnewnに留まるかは分からない」と思っていたし、今の「コヒナ」がさらなる成長を目指していく上では、次のパートナー探しをしないといけないと考えていた。帰山さんも、かなり早い段階から「コヒナ」を気にかけていただいていた。
帰山元成サザビーリーグ執行役員 EGBA社長(以下、帰山):「コヒナ」は立ち上げのときからずっとウオッチしていた。僕はサザビーリーグの新規事業全体を管轄する立場として、ジュエリーブランドの「アルティーダ ウード(ARTIDA OUD)」をはじめとしたブランドの成長に携わってきた。その点で、D2Cブランドのビジネスモデルの理解度や新規事業立ち上げ、ガバナンスにおいても、当社の中では自分が適任だと自負する部分もあり、自分が新会社EGBAの社長として「コヒナ」の責任者を務めることになった。
WWD:「コヒナ」は小柄女性向けに特化した、SNSでコアなマーケティングとファン作りに特徴があるブランド。サザビーリーグのノウハウは生きるのか。
帰山:確かに「コヒナ」は、これまでわれわれが作ってきたブランドとは少し毛色が異なる。われわれの全ての事業の根幹にあるのは「エモーション」だが、「コヒナ」は「ソリューション」の側面も強いブランドだと思う。心がときめくようなデザインとともに、小柄な女性を幸せにするという、明確な意思が服から伝わってくる。D2Cブランドが雨後の筍のように出てきた時期を経ても生き残っているというのは、ブランドのパーパスや提供する価値がしっかりしている証拠。ファンもしっかりとついてきている。われわれが得意とする「エモーション」、つまりは服のデザインやビジュアルのムードを磨いていくことで、「コヒナ」のポテンシャルをもっと引き出せるはず。
さらなる成長には
リアルの場が不可欠
WWD:「コヒナ」の強みと課題をそれぞれどう捉えるか。
田中:私たちはオンライン主体の運営でも、お客さまとの密度のあるつながりを大切にしてきた。特にインスタライブは毎日欠かさず続け、連続配信5周年を達成することができた。節目の回は公開生収録として、オフィスでの配信の様子をお客さまにも見ていただけるようにしたところ、予想を超えてたくさんの視聴者がいらっしゃった。ライブ配信をきっかけに購入した服を着てきてくださり、服にまつわるエピソードをうれしそうに話してくださる方、岐阜や三重など遠方からいらっしゃる方もいた。改めて、「コヒナ」はお客さまの熱量に支えていただけているブランドだと実感した。
SNSのフォロワー(24年11月現在で22.7万人)は順調に伸びているが、それ以上に、お客さま1人あたりの年間購入頻度が高い。世の中にこれだけたくさんの選択肢がある中で、「コヒナ」でしか買いたくないというお客さま、目移りしてもまた戻ってきてくださるお客さまに、もっと信頼していただきたいという思いがある。これまで月に2回ほどポップアップストアを実施してきたが、特定のスタッフに深いエンゲージメントのあるファンがついてきた。期間中は、スタッフのシフトに合わせて何度も来店いただくようなお客さまもいるほど。やはりファンの皆さまの期待に応えていくには、リアルの場は不可欠だと感じる。
ただリアルの接点形成はnewnの得意分野ではないし、初期費用がガツンとかかってしまう。店頭でブランドの価値を伝える販売員のリソースや育成ノウハウもない。これまで培ってきた「コヒナ」らしさを大切にしながら、リアルビジネスのノウハウがあり、しかもスピード感を持って成長を実現できそうなパートナーとして、サザビーリーグはベストな選択だと直感した。
WWD:サザビーリーグで活用できるリソースとは、具体的に?
帰山:「コヒナ」の若さと情熱で突き進んできたエネルギーをそのままに、商品自体のクオリティーの底上げと緻密なCRM(顧客関係管理)でより満足度を高めていく。当社には10年、20年、50年近く続いているブランドもあるが、いかにお客さまのLTV(顧客生涯価値)を高め、長く愛していただくかという視点を忘れたことはない。われわれのスピリットを注入し、「コヒナ」を末長く愛していただけるブランドにしていきたい。
WWD:モデルケースとなるブランドは。
帰山:やはり、「アルティーダ ウード」。今年4月にニュウマン新宿にリアル店舗を出した。D2Cブランドがリアルの接点を持つことでどう(成長の天井を)ブレイクスルーしていくかが理解できてきてきたところだ。モノ作りや顧客体験の設計などの面で言えば、「アナイ(ANAYI)」や「エストネーション(ESTNATION)」「ロンハーマン(RON HERMAN)」といったブランドの蓄積は確実に生きてくるだろう。
田中:これまでスタートアップよろしく、良くも悪くもユニークな運営をしてきた自覚がある(笑)。熱量の高い人材の集まりでやってきた分、個々のオペレーションは属人的になってきている面は否めない。そういったところでベターな組織運営や仕事の回し方があればどんどん改善していきたいと考えている。
帰山:ロジスティクスや在庫管理などの面でも、合理化によって利益の改善余地があると見ている。事業を引き受けるにあたって、すでにデューデリジェンス(投資前の調査)はさせてもらっているものの、これから深く入り込んで侃侃諤諤やっていくつもりだ。
WWD:改善余地の一方で、「コヒナ」ならではユニークネスもあるはず。大手のサザビーリーグに参画することで、そういった「尖り」が失われてしまう可能性もあるのではないか。
帰山:ブランドの“個”を立たせることにおいては、僕たちの右に出るものはないという自負がある。熱意を持った現場の人間が花開く土壌は、鈴木陸三(創業社長)の時代から耕してきた。店の看板を外して、商品のタグを取ってみた。そうしたら、どこの服から分からないというようなブランドにしてしまったら、(「コヒナ」)が当社の仲間になった意味がない。感覚的なニュアンスではあるが、中で働く人も作るモノも、「コヒナっぽさ」が常にあるようにしたい。
「コヒナ」は“小柄女性のため”というパーパスに向き合い、研究を重ねてきていることがよく分かる。パターンやデザインについて技術者と話していると「なるほど」と思う部分が多い。通常のアパレルの、S、M、Lとサイズをグレーディングして対応するのとは一味違う、小柄女性のための気遣いやディテールが息づいている。これは絶対に殺しちゃいけない部分。当社のアパレル経験値の豊かな人間から見て、「コヒナ」の役に立ち、“らしさ”と折り合いがつけられる仕組みがあるなら取り入れればいい。ただ、「郷に入ったら郷に従え」というつもりは全くない。熱量の矛先や進むべき道に向かってハンドリングし、応援するのがわれわれの役目だ。
田中:今回パートナー探しをするにあたって手を挙げてくださった会社はたくさんあった。だが、サザビーリーグがいい意味で一番“ブランド任せ”だった。これからも、私たちが進みたい方向に進んでいけると感じた。
WWD:サザビーリーグ加入に際し、「コヒナ」のメンバーからの反応は?
田中:もちろんびっくりしたとは思うが、ポジティブな反応が大きかった。メンバーにはサザビーリーグのブランドのファンも多く、10年後、30年後と続いていくブランドのビジョンはより鮮明になったのではないかと思う。私たち低身長は、ずっと低身長として生きていく。だからこそ、自分たちと同じ個性と悩みを持ったお客さまに、一生寄り添い続けることが大事だと思っている。たとえ歳を重ねておばあちゃんになったとしても、「コヒナ」があれば一生困らないと思ってもらえるブランドにしたい。だから、(サザビーリーグへの加入で)ブランドの足腰をしっかりさせることは、お客さまへの誠意であるとも感じている。
リミッターを外したモノ作り
固定観念なく挑戦
WWD:実店舗の出店に関しては。
帰山:例えば(「アナイ」のように全国に数十店舗を出していくようなビジネスモデルは描いていない。「メゾンスペシャル(MAISON SPECIAL)」のように、「EC」「ハイトラフィックな立地重視の店舗」「世界観を発信する路面店」という役割を明確化した販路戦略はモデルケースになりうる。まだ会社のボードメンバーで話している最中ではあるが、数でいえば「10店舗」は1つの指標になる。常設店という形にとらわれず、小さな面積でもお客さまと接する場を積極的に設けていく。
田中:まだコロナ禍の最中の21年に、在庫を持たない試着専門店を表参道で運営していた。毎週のように通ってくださるお客さまもいて、最終日は雨の中だったが長い並び列ができた。スタッフと手を取り合って泣いているようなお客さまもいた。実店舗は、お客さまとのつながりを感じられる場にしたい。商品ラインアップも再構築の必要がある。常設店を構えるなら、在庫を最小限にしてキャッシュアウトを抑えるという、ECベースのやり方では通用しない部分がある。これまでも在庫を抑えたがゆえに人気商品が不足し、お客さまの元に届けきれないということもあった。現在は渋谷ヒカリエで半年間のポップアップストアを実施しており、そこでの店頭動向も参考にしたい。
WWD:D2Cブランドのブームは一巡したとも言われているが。
田中:D2Cという画一的な呼び方は、その必要性とともになくなっていくのではないだろうか。ECを含め、ブランドがお客さまに「何をどう届けるか?」という形が多様化していく過程で、無理やりカテゴライズするためのワードだったのだろう。店舗を持たずオンライン専業でやるという意味が“D2C”なら、私たちはこれを機にそうじゃなくなる。
帰山:お客さまの満足を維持するため、ブランドは時代に合わせた変化も必要になる。逆に「ロンハーマン」はネット販売をしない姿勢をずっと保ってきたが、コロナ禍で環境が変化する中で自社ECを始めるという決断をした。
田中:「小柄女性のための」というところは絶対にぶれないが、それ以外は固定観念なく変えていいと思っている。特に、デザインや質のアップグレードは絶対にやりたい。やはりサザビーリーグはクリエイティブでモノ作りに強い会社で、そういう部分は私たちがまだまだ至らないところ。目の肥えたお客さまに向けた、これまでオンラインだけでは伝えきれなかったモノ作りにも、リミッターを外して挑戦していきたい。