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エレクトロニック・ユニット、キアスモス(Kiasmos)が語る——10年振りの新作、そして音楽と自然の関係性について

PROFILE: キアスモス(Kiasmos)

キアスモス(Kiasmos)
PROFILE: 2007年結成。アイスランドの作曲家オーラヴル・アルナルズ(Ólafur Arnalds)と、エレクトロポップ・バンド、ブラッドグループ(Bloodgroup)で活動していたヤヌス・ラスムセン(Janus Rasmussen)によるエレクトロニック・ユニット。2009年にRival Consolesとのスプリット12インチ「65/Milo」、12年に2曲の新曲とフォルティDL(FaltyDL)、65デイズオブスタティック(65daysofstatic)によるリミックスを収録した12インチ「Thrown EP」をリリース。 14年にデビューアルバム「Kiasmos(キアスモス)」をリリース。18年にはフェス「タイコクラブ」にヤヌスがKiasmos DJ Setとして来日。24年7月5日に10年振りのフルアルバム「Ⅱ(トゥー)」をリリースし、10月にキアスモスとして初来日公演を行った。オーラヴル・アルナルズ(左)とヤヌス・ラスムセン(右)。PHOTO:YUKI KAWASHIMA

アイスランド出身のオーラヴル・アルナルズとヤヌス・ラスムセンによるエレクトロニック・ユニット、キアスモス(Kiasmos)。その結成は古く、かたや映画やドラマのスコア制作でも高い評価を得る「ポスト・クラシカル」の雄として、かたやエレクトロ・ポップ・バンドのブラッドグループ(Bloodgroup)のメンバーとして、オーラヴルとヤヌスが個々に築いてきたキャリアと並走するかたちで営まれてきた活動は、今年ではや15年になる。キアスモスの魅力は、そんな2人の個性やスタイルのダイナミックな交差にあり、そのサウンドはアンビエントやミニマル・テクノ、レイヴ、UKガラージなどクラブ・ミュージックの間を自在に行き来しながらスケール感溢れる“映像喚起”的な世界をつくり上げている。2014年に発表したデビュー・アルバム「Kiasmos」は、ピアノやストリングスなど多彩な生楽器と硬質なエレクトロニクスが相乗効果をもたらし、クラシック音楽の壮大で深遠な美しさをダンスフロアに召喚したような傑作だった。

対して、今年の7月5日に10年ぶりにリリースされたニュー・アルバム「Ⅱ(トゥー)」では、アイスランドを離れてバリ島で行われたレコーディングの経験が彼らの音楽に新たなインスピレーションをもたらしている。変化の目まぐるしいビート、柔らかくも力強く推進するグルーヴ、オーケストラを導入したシネマティックで高揚感に満ちたサウンドスケープはそのままに、ガムランの金属的なパーカッションや民族楽器のサンプリング、そして自然環境のフィールド・レコーディングが彩るオーガニックで開放感のあるアトモスフェリアが印象的だ。

「音楽の原点に立ち返ったような感覚だった」――そう今作の制作について振り返るヤヌス。そんな好奇心と冒険心に突き動かされた新作について、さらにその背景にある音楽と「自然」や「スピリチュアリティ」をめぐる哲学について、ライブ直前の2人に聞いた。

ライブ環境について

——キアスモスとしては今回が初来日ということで、今夜(10月11日)のライブも楽しみですが、特に明日の「朝霧ジャム」のステージは特別な体験になるのではと期待しています。2人にとって、クラブや都市型のフェスではなく、自然に囲まれた野外でパフォーマンスを行うことの意義や醍醐味はどんなところに感じていますか。

オーラヴル・アルナルズ(以下、オーラヴル):正直言うと、野外でのライブは親密さが少し失われる感じがして(笑)。人が多いし、エネルギーで溢れているからね。だから個人的には、こういうクラブ(※恵比寿LIQUIDROOM)の方が本当は好きなんだ。こぢんまりとしていて、タイトで、汗だくでムンムンしていてね。

ヤヌス・ラスムセン(以下、ヤヌス):フェスティバルって、何が起こるか分からないというか、天候とかいろんな要素で想定外のことが起こったりするから。雨が降ってグチャグチャになっちゃうこともあるし、人が多すぎて身動きが取れなくなることもある。その点、クラブの方がコントロールしやすいし、安全というか、僕たちにとっては音楽を始めた原点でもあるからね。

——そうなんですね。ただ、キアスモスのサウンドは自然の風景やオープンエアな環境と親和性がとても高いと思います。

オーラヴル:僕たちもやりながら自然を感じられたらいいんだけどね。というのも、パフォーマンス中の僕たちって、ステージの上でライトに照らされている状態だから(笑)。だから周りの環境を意識することって難しくて。でも、フェスティバルによって場所が変わると、まったく違う感覚を味わえることがある。たまにはね。

——例えば、野外でのステージ用にセットやアレンジを変えたり、視覚的な演出を変えたりすることはありますか。

ヤヌス:どうだろう? 通常、フェスティバルだと演奏時間が短くてね。でもクラブだとたっぷり演奏できるから、今夜も長めのセットを用意したんだ。85分くらいかな。ただ、いったん曲の順番や照明とか、音響を含めた全体のプロダクションを決めてしまうと、しばらくはその通りにやるのが普通なんだよね。だから唯一アレンジする可能性があるとすれば、3曲くらいを通しで演奏して、それをセットの前半か後半かに移動させることぐらいかな。

——そういえば、7月にフランスのシストロンで行われたライブの映像を見ました。あの美しい自然と城塞の遺構に囲まれた中でのパフォーマンスは、さすがに特別な体験だったのではないですか。

オーラヴル:そうだね。あれは素晴らしかったな。山の壮大さに圧倒されて、自然の力強さを全身で感じることができた、特別な体験だったよ」

ヤヌス:特に、昼間に始まって終わったのが日が暮れるころだったから、昼の自然な光の中で演奏する時間と、夜になって照明がきらめく中で演奏する時間と、両方のエネルギーを感じることができた。昼は山の緑や空の青が僕たちの演奏に彩りを加えてくれて、夜はクラブみたいに、集まった人たちの熱気が会場を一つにしていて。確かにあれは忘れられない瞬間だったね。

ニュー・アルバムの「II」とフィールドレコーディング

——今度のニュー・アルバムの「II」は、一部がバリ島でレコーディングされたと聞きました。アイスランドとはまったく異なる環境だったと思いますが、バリ島はどんなインスピレーションを与えてくれる場所でしたか。

ヤヌス:とても楽しい経験だったよ。アイスランドや自分のスタジオとはまったく違う環境で一緒に曲を作ったのは初めてだったし、それが曲のサウンドにかなり影響したと思う。普段使っている機材もなかったからね。だから最初は戸惑うこともあったけど、それが楽しかったし、大きなチャレンジでもあった。限られた環境の中で、僕たちは音楽の原点に立ち返ったような感覚だった。自然の音を取り入れながら、手づくりで音楽をつくり上げる――それはまるで音楽的な冒険に出かけたようなもので、本当に刺激的だった。普段とは違う環境だからこそ、新しいサウンドを生み出すことができたのは大きな収穫だったよ。

——確かに、今度のアルバムからは、これまでのキアスモスのサウンドでは聴かれなかったさまざまな“音”が聞こえてきますよね。

オーラヴル:環境によって聞こえる音はさまざまで、それが僕たちの作る音楽にも大きな影響を与えている。例えば、バリ島ではコオロギの鳴き声とか自然の音がとても身近に感じられる。また、ガムランという伝統楽器もバリの音楽に独特の雰囲気を与えている一つで、今回僕たちの曲でもその音色を少し取り入れてみた。一方、アイスランドはもっと静かで、自然の音も少ない。その“静けさ”が僕たちの音楽にも影響し、より繊細で落ち着いたサウンドをつくり上げているというのはあるんじゃないかな。

——そもそも、どうしてバリ島でレコーディングすることになったんですか。

オーラヴル:妻がジャカルタ生まれで、バリ島で育ったんだ。だからバリとは深いつながりがあって。それで2017年ぐらいから年に数カ月ほど、そこを拠点に生活しているんだ。

——そうだったんですね。ちなみに、今回のアルバムで使われているフィールド・レコーディングは全てバリ島で録音されたものですか。

オーラヴル:そうだね。というか、アイスランドではこうした経験はまったくないから(笑)。実はピアノの一部をバリ島でレコーディングしたんだけど、そしたらコオロギの鳴き声が偶然混混ざっていて。ただ、それを完全に消してしまうのはかえって不自然だと思って、そのまま残すことにしたんだ。結果的に、その音が曲に独特の雰囲気を出してくれて、とても気に入っているよ。

——コオロギの鳴き声以外にも、何か面白い音は録れましたか。

ヤヌス:うん。早朝にバリの山で録音した、とても美しい音がある。「Dazed」で聴くことができるんだけど、鳥たちが目覚めていく様子と、日の出の音を録音したんだ。鳥たちのさえずりと日の出の音が重なり合って、素晴らしいハーモニーを生み出していた。その瞬間、自然と音楽が一体になったような、特別な体験だったよ。

——そうしたフィールド・レコーディングを取り入れることで、どんな効果やフィーリングを自分たちの音楽に持ち込みたいというアイデアがあったのでしょうか。

ヤヌス:いや、特に具体的な計画は立てずに、ただレコーダーを持って早朝の山へと出かけたんだ。すると、鳥のさえずりや風の音など、自然が奏でる美しいハーモニーが耳に入ってきた。その音をそのまま録音して、曲に取り入れてみた感じだったんだ。

オーラヴル:僕たちが自然の音を音楽に取り入れるのは、単に楽器の音を重ねるだけではなく、音楽にストーリー性を持たせたかったから。例えば、鳥のさえずりを加えることで、聴いている人に早朝の森の中にいるようなイメージを喚起させたり、川のせせらぎの音で穏やかな時間の流れを感じてもらったりね。楽器だけでは表現できない、自然の奥深さを音楽に表現したいと思って。それは、音楽に新たなレイヤーを加えて、聴く人に没入感を与えるためでもある。

——例えば、KLFの「Chill Out」のような、フィールド・レコーディングを取り入れた作品で好きなものとかあったりしますか。

ヤヌス:どうだろう? 自然の音を音楽に取り入れる試みって、古くから多くのアーティストによって行われてきたわけで。自然の音は、音楽に豊かなインスピレーションを与える素材としてアーティストたちに愛されてきた。中には、フィールド・レコーディングのみを作品として発表するアーティストもいて、個人的には、そういった作品をよく聴いてきた感じかな。

——併せて、「Sailed」や「Flown」で聴けるように、今度のアルバムでガムランや民族音楽の要素を取り入れることになったのも、いつもと違う制作環境だったからこその試みだったりするのでしょうか。

ヤヌス:というか、実はバリ島に到着した初日に、持っていたシンセサイザーが壊れてしまってね(笑)。それで急遽、アンティークショップで竹製と金属製のガムランを2台購入して。それらを組み合わせて新しい楽器を作り、サンプリングして、楽曲に取り入れてみたんだ。結果、今回の音楽制作に欠かせない要素になったし、独自のサウンドを生み出していると思うよ。

オーラヴル:竹は柔らかいものから硬いものまでさまざまな素材を重ねて作られていて、それをバチの種類や叩き方を変えることでいろんな音色を試してみたんだ。そうした音をレイヤーすることで、より深みのあるサウンドを作り出すことができたんじゃないかな。

音楽と自然の関係性

——先日、ジョン・ホプキンス(Jon Hopkins)にインタビューした際、彼の近作が「自然」や「スピリチュアリティ」をテーマとしていることを伺いました。音楽と自然の関係性は、それこそバロックや古典の時代から多くの作曲家によって探求されてきたテーマです。単に自然の音を模倣するだけでなく、自然に対する人間の心象を音楽で表現するなど、その表現方法は多岐にわたります。2人がこうしたテーマについてどのような見解を持っているのか、興味があります。

オーラヴル:場所が音楽に与える影響はとても大きい。アイスランド、日本、バリ島など、演奏する場所によって生まれる音はまったく異なるし、同じ楽器であっても場所が変われば奏でられる音楽は違う表情を見せる。それは、自然の景色だけでなく、その場所の空気感や聞こえる音、そしてそこに身を置いたときの感覚が音楽に大きな影響を与えるからだと思う。

ヤヌス:僕が個人的に自然の音に惹かれる理由は、音はどこから生まれ、なぜ僕たちが音楽や自然を美しいと感じるのかという根源的な問いに対する探究心が強いからだと思う。僕たちが奏でる音楽は複雑なアレンジやテクニックを用いて作られているけど、その根源には、自然のリズムや鳥のさえずりなどシンプルな自然の音がある。つまり音楽の多くには、自然を模倣している側面があると思う。だから結局、僕たちの音楽も分解してみればただの自然の音なんじゃないかな。音楽と自然は、けっして切り離すことのできない、密接な関係にあると信じているよ。

——なるほど。ただ、あなたたちの音楽は、単に自然の音を書き写そうとしてやっているものではないですよね?

オーラブル:そうだね。それよりもフィーリングが大事なんだ。

——例えば、コロナ以降、アンビエントなどのエレクトロニック・ミュージックはセラピーや瞑想、マインドフルネスを促すものとして特に求められている傾向があるように感じます。自分たちの音楽にもそうした“効能”があると思いますか。

ヤヌス:僕たちの音楽が好き人は、さまざまなシチュエーションで、それぞれのスタイルで楽しんでくれている。料理を作りながら聴く人もいれば、ヨガや瞑想をしているときに聴く人、ビールを飲みながらパーティーで踊っているときに聴く人もいる。本当に人それぞれだと思う。僕たち音楽家は、単に音を重ね合わせるだけでなく、聴く人々に何かを感じてもらうために音楽を作っている。聴く人が何を思うかは自由で、メロディーを紡いでいく中で、音楽が自然と感情を呼び起こす瞬間があることに気づかされる。少しメランコリックな気分にさせる曲もあれば、高揚感を与える曲もある。ただ、それはけっして意図的なものではなく、音楽が持つ自然な力なんじゃないかな。だからどんな瞬間にも、僕たちの音楽が寄り添えることを願っているよ。

オーラヴル:音楽はマインドフルネスや瞑想の一種であり、それが“音楽を聴く”ということなんだと思う。ジャズ、アンビエント、ダンス・ミュージック、どんなジャンルも関係ない。大切なのは、音楽に心を委ね、その瞬間に没頭することなんじゃないかな。

——ちなみに、キアスモスのコンセプトは「ダンス・フロアで泣かせること」だと読みました。それも一種のセラピーだったり、マインドフルネスへの働きかけを意識してのことだったりするのでしょうか。

オーラヴル:まあ、それは冗談で言ってるところもあるんだけどね(笑)。

ヤヌス:僕たちのライブに足を運んでくれる人の中には、僕たちの音楽を静かなものだと捉えている人が多いみたいなんだ。アルバムによっては、激しい曲よりも落ち着いた曲が中心のものもあるから、そう思われているのかもしれない。だから実際にライブに来ると、クラブで観客が踊り狂うような激しいパフォーマンスをしていることに驚くみたいで。エモーショナルでありながら多幸感溢れるライブを目指しているから、時には涙を流しながら踊っている観客の姿を目にすることもある。僕たちのライブでは、さまざまな感情的な体験を提供したいと思っているんだ。静かに音楽に耳を傾けたり、時には涙を流しながら踊ったりと、それぞれがさまざまな形で音楽を楽しんでくれたらって思っているよ。

——ここまで話してきたことともつながるかと思いますが――最後に、昨年亡くなった坂本龍一さんについてコメントをいただけますか。特にオーラヴルさんは坂本さんと共演もあり、その影響について公言されてきましたが、あらためて、坂本龍一という音楽家はオーラヴルさんにとってどんな存在でしたか。

オーラヴル:実は今朝、そのことについてたっぷり喋ってきたばかりなんだ(笑)。それはともかく……彼の音楽は、クラシック楽器を巧みに使いながらも、どこかエレクトロニックな雰囲気が漂っていて、従来のクラシック音楽の概念を覆すような、新鮮な驚きを与えてくれるものだった。12〜14歳のころ、クラシック音楽といえばオーケストラや伝統的な楽器で演奏されるものだと信じていた僕にとって、彼との出会いは音楽に対する固定観念を打ち破る衝撃的なものだったんだ。音楽の境界線を超えて、新たな可能性を切り開いてくれるようなね。だから彼を見つけたことは本当に大きな発見だったし、彼の音楽はまったく新しい音楽の世界へと僕を導いてくれるきっかけだったんだよ。

——ありがとうございます。ところで、今回のアルバムは曲名が全て過去形や過去分詞なのはどうして?

ヤヌス:いい質問だね。ただ、その質問には答えがない。理由はないんだ。ただそうすることに決めたってだけでね。でも、制約があるのはいいことだよ。そうすることでユニークなものになるんだ。だからいい質問だけど、“いい答え”はないんだよ(笑)。

Translation:Kazumi Someya

■「Ⅱ (トゥー)」
アーティスト:Kiasmos(キアスモス)
レーベル:Erased Tapes
発売日:2024年7月5日
価格:国内流通盤CD 3190円、国内流通盤2枚組LP(全世界2000枚限定Clear Vinyl)7260円、国内流通盤2枚組LP 6820円
https://www.inpartmaint.com/site/39125/

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