PROFILE: (左)上山浩征/「セモー」デザイナー(右)荒木塁/ プロスケートボーダー・写真家
「セモー(SEMOH)」は上山浩征デザイナーの「人が意思表示をしたり、他人を認識する第一線は、交わす言葉とまとった衣服である」という理念のもと、在宅時の解放感と外出時の緊張感など、「表裏一体」の中にある調和をコンセプトに2012年にスタートしたブランドだ。
上山デザイナーはキャリアの早い時期から、アート、音楽、文学などへの造詣を深め、感性的なカルチャーをデザインに落とし込み、妥協のない素材選びや丁寧な縫製にこだわる服作りの方向性を築いていった。また、これまでにアーティストの佃宏樹をはじめ、各分野のタレントとのコラボレーションを手がけている。
今期はプロスケーターで写真家の荒木塁とのコラボレーション・コレクションを発表。荒木の作品「TEST PRINT」のイメージを大胆にプリントした生地で仕立てた上質なアイテムを展開した。専門分野が異なる2人が共鳴した要素や具体的なコラボレーションの進行について、上山デザイナーと荒木に話を聞いた。
ファッション、カルチャー、クラフトマンシップ
三者の交差が生むコラージュとしての衣服
――「セモー」24年秋冬コレクションでは、荒木さんの「TEST PRINT」シリーズのモンタージュ作品を採用しました。経緯や背景について教えてください。
上山浩征(以下、上山):スケートシーンやカルチャーが好きだったので、以前からプロスケーターとして荒木さんの存在は知っており、プライベートでも親交がありました。最初のコラボレーションは17年春夏で、服をデザインした上に荒木さんの作品をプリントしたコレクションでした。この時は荒木さんがスケートをする映像作品も撮りました。
当時はまだ「TEST PRINT」は生まれておらず、僕がファンだったもうひとつの荒木さんのシグネチャー作品を使わせていただきました。ストリートからビルの合間を見上げて、空を十字架状にフレーミングする作品です。2回目のコラボレーションである今回は「TEST PRINT」の生地を作って洋服を作りたいと依頼しました。
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――上山さんから見た荒木さんの作品の魅力とは?
上山:荒木さんの写真の良さはスケーターの視点から街が切り取られていること。「TEST PRINT」は、荒木さんが街を眺める目線や景色を偶発的に収めたフィルムのテストプリントをコラージュしたもので、唯一性と作品としての美しさを兼ね備えています。
服を作る際、「これで生地を作りたい」と感じるアート作品に出会うと、コラボレーションのイメージが湧いてきます。アート作品と一緒に、美しいもの、示唆に富んだものを作りたいと思うんです。「TEST PRINT」の場合は純粋に大きいサイズで見たいという気持ちもありました。
荒木塁(以下、荒木):普段は自宅の暗室でプリントしているので、大きなプリントはできないんです。
上山:生地が完成すると裁断し、縫製するのですが、その工程で荒木さんのコラージュ作品が、作品に直接関わっていない服飾専門の職人達によって、さらにコラージュされていく。そして新しいものに生まれ変わっていく。そこは一番面白いと思えたポイントです。
――「TEST PRINT」シリーズのモンタージュ作品は即興や偶然性の要素を強く感じます。このシリーズをはじめ、作品の制作背景についてお聞かせください。
荒木:確かに「TEST PRINT」は「これを作ろう」と思って取り組んだ作品ではなく、いろいろとトライした結果、偶然生まれた作品です。
自宅の暗室でのテストプリント(色味や明るさを確認するための使われないプリント)が綺麗だったので、それが何になるか分からないまま、捨てずに保管していました。ある時、海外の友達のブランドからスケートボードを作りたいという依頼があり、デザインを考えていた時に、ふとテストプリントの切れ端を集めて並べたら、いい感じになったんです。このテストプリントのコラージュでスケートボードを作ったのが「TEST PRINT」の始まりです。
「TEST PRINT」は視覚的な美しさがポイントで、今回の作品はニューヨークで撮った写真のみでコラージュしています。日本で撮影した写真だけを使用したものや、さまざまなロケーションの写真を使ったものもあります。使用する写真や並べ方は試行錯誤していて、今も実験中です。
カルチャーへの敬意と相互への信頼から生まれる
創造的なコラボレーション
――今回のコラボレーションは「ストリートカルチャーと仕立ての良さの融合」がテーマです。コラボレーションの具体的な進行について教えてください。
上山:荒木さんから作品を預かり、できあがりのイメージを簡単に共有しました。アイテムは「セモー」定番のテーラードジャケットやシャツ、パンツの展開。スケートのための服ではないですが「良質なアートやカルチャーをベーシックで作りの良い服を通して見せたい」という思いを体現したコレクションです。
私の世代は、カルチャーをリスペクトして取り入れながら上質な服作りをする先輩たちから影響を受けてきました。荒木さんは同世代で同じような影響を受けてきたからこそ、価値観や感覚の面で信頼関係があり、進行もスムーズでした。
荒木:ぼくは生地から服を作ることはできないし、良いものができる予感がしたので、全面的にお任せしました。「セモー」との過去のコラボレーション内容も大きかったです。ブランドの服作りのことも、上山さんの価値観や人となりも知っているので、彼から提示されたイメージを見てすぐに一緒にやりたいと思いました。
上山:共通のゴールを描き、各々の専門性によって責務を果たすと、気持ち良い仕事になる。プロセスが進んでみないと分からなかったことも、常に想像以上の結果になりましたし、リスペクトし合う関係性が良い相互作用を生みました。
――「セモー」の服作りは在宅時の解放感と外出時の緊張感など、「表裏一体」の中にある調和をコンセプトにかかげています。
上山:あらゆる物事に存在する境界や垣根をどう越えていくかに関心があります。ドレッシーな服をカジュアルな場面でどう着るのか。アパレルの人間が作った洋服が、アート界隈でどう受け入れられるのか。アートやカルチャーの人たちを結びつける服とはどのようなものか。クリエイションを通してそれらを問うための大前提として、洋服の作りの良さ、質の高さは大事にしています。
――「セモー」は、これまでにも佃宏樹さんなどのアーティストとのコラボレーションをしてきました。このような経験が、洋服作りにどのような影響や効果をもたらしますか。
上山:私自身が好きでも携われていないことを実現している方に対する尊敬の念がベースにあります。お互いの知識や技術を発揮することで新しいものが生まれたり、さまざまな発見があったりする。自分の創造性を広げてくれる面もあるコラボレーションは本当にありがたい機会だと感じています。
洋服という分野のアドバンテージは、目に留まる可能性が大きい事です。バイアスを生む可能性もありますが、取り払うこともできる。少しでも見てもらえる機会が増えるのなら、自分にとっても、コラボレーションの相手にとってもメリットになると考えています。
人々が視野を広げ、立場やジャンルを超えるためのトリガーを創りたい
――荒木さんはスケーター、アーティスト、アパレルブランドのディレクターとして活躍されています。それぞれについて、どのようにバランスをとっていますか。
荒木:写真とスケートの比重が同じくらい大きくなってきています。写真は「記録できる」ということに魅力を感じて、小学生くらいの時に撮り始めました。それからずっと撮り続けていて、26歳ごろから真剣に取り組むようになりました。
スケートのために海外によく行っていたので、フリーの時間に街を歩いては写真を撮っていました。スケーターと一緒に行動するので彼らの写真も撮っていますが、スケートの写真というよりはストリートスナップの側面が強いと思います。街やストリートでの自由な状況や自然な瞬間を撮ることが好きですね。意識はしてないですが、自ずとスケーターの視点で写真を撮っているのかもしれません。
――今回のコレクションのアイテムを身につける人に、どんな世界観や想いを伝えたいですか。
上山:「セモー」のコンセプトの通り、境界線を超えて欲しいです。例えばテーラードジャケットは好きだけどスケートカルチャーには興味がない人がいたら、これをきっかけに荒木さんを知ったり、スケートカルチャーに興味を持ったりしてもらいたい。逆に荒木さんのファンで普段シャツを着ない人がいたら、今回のコレクションを機にシャツやジャケットを着てみようとか、一歩踏み出して新しい自分を発見してもらえたら嬉しいです。
荒木:ぼくも全く同じです(笑)。
上山:以前のコラボでは、荒木さんが「セモー」の服を着てスケートする映像を制作しました。そのビデオを見たスケーターにブランドについて知ってもらい、「服を着ることを楽しんでもらう」という相乗効果を生み出したかったからです。今回もそこは変わりません。ビデオ撮影は田中秀典さんというスケーターのビデオグラファーにオファーしたのですが、彼の作品を知ってもらうことも裏テーマでした。
荒木:彼には僕個人としてもビデオを撮ってもらったことがあって、好きな作家さんです。
上山:境界線を超えたところにある何かを吸収して、生活をより豊かにする。「セモー」の服がそのきっかけになったらと思います。