「ユニクロ(UNIQLO)」は2024年、誕生40周年を迎えた。冬の感謝祭(11月22日〜28日)に先駆け、このほど40年を振り返るメディア向け内覧会を開催。ブランドの歴史や豆知識、アンケート調査を展示し、これまでの歩みを振り返った。
初期ロゴから見る「ユニクロ」の歴史
「ユニクロ」は1984年、広島・袋町に1号店をオープンした。当時はアメカジ路線で売り出しており、三角屋根・レンガ調の建物が目印だった。1992年のチラシには、「リーバイス(LEVI’S)」や「アウトドアプロダクツ(OUTDOOR PRODUCTS)」などが載っており、バイイング商品も取り扱っていたことが分かる。
日本西部から始まったブランドということは、初期ユニクロロゴ(1993年〜1998年)の認知度調査でも明らかだ。調査結果では、日本を大きく西部・東部で分けたとき、西部の認知率が高いことが分かった。なお、地域別では、近畿地方の認知率が最も高く、北海道が最も低いという結果が出ている。
初期ユニクロロゴのデザインは、ビジュアルアーティストのミック・イタヤによるもので、開業時にスタッフが着用していたエプロンにもあしらっていた。11月22日には、このオリジナルデザインをもとに、河村康輔「UT」ディレクターがリデザインした40周年記念スウェットシャツ(2990円)とTシャツ(1500円)を限定発売する。
2000年、01年に発売された“エアテックジャケット”と、現在販売している“ハイブリッドダウンパーカ”や、1994年のフリースと現在のフリースを比較するコーナーも登場した。
名前の由来は?「ユニクロ」の豆知識を得る
「ユニクロ」は、「ユニーク・クロージング・ウエアハウス(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)」の略語から作られた造語だ。1998年、香港で社名を登録する際、現地の担当者が“UNICLO”ではなく”UNIQLO”と誤記したことをきっかけに、デザイン性の高さをから”UNIQLO”を採用した。
今でこそ都心に多数の店舗を構えているが、創業当時はロードサイド店と呼ばれる郊外の店舗を中心に出店していた。1960年代以降、郊外の人口が急増したことを受け、郊外の幹線道路沿いに出店する企業が多かったが、「ユニクロ」もその1つだったという。「郊外に『ユニクロ』あり」のイメージはここに端を発す。
“ユニクロあるある”でひたすら共感
内覧会は、5月7日〜10日に全国の男女15196人を対象にした「全国一斉『ユニクロ』オンライン調査」の結果も展示。「家族全員が同じインナーを持っているので、タグにイニシャルを書いて識別」「『ユニ被り』対策で、半年から1年は寝かせてから着る」など、納得のあるあるが集まったほか、「『ユニクロ』を着る頻度は?」という質問に38%が「毎日」と答えていたり、「『ユニクロ』で何着買ったか教えてください」という質問に「100着以上」が17%いたりと、回答者の「ユニクロ」愛が透けて見える結果となった。
日本国内797店舗の店長が地元の銘品を選んだ「あなたの街の店長が選ぶ銘品」を紹介するコーナーも。1号店がオープンした際、感謝の気持ちを込めてあんぱんと牛乳を配布したことになぞらえ、11月22日限定でこれら地元の銘品を先着順にプレゼントする。北海道・札幌澄川ミュンヘン大橋店はろまん亭の“藻岩の四季”を、山口・徳島店はあさひ製菓の“月でひろった卵”を、東京・恵比寿店は猿田彦珈琲の“チョコレートブラウニー”を用意する。
まだまだ盛りだくさんの40周年
11月22日〜28日、秋冬の代表商品のマークダウンを実施。“WOMEN ヒートテック”シリーズ (1290円→990円)、“MEN’S ヒートテック”シリーズ(1290円→990円)、“メリノリブタートルネックセーター”(2990円→1990円)、“ハイブリッドダウンコート”(1万2900円→9990円)、“ハイブリッドダウンパーカ”(1万2900円→9990円)を感謝価格で販売する。なお、11月22日〜25日、1万円以上の購入者を対象に、初期のユニクロロゴをプリントした限定ステンレスボトル(3色からランダム)をプレゼントする。