PROFILE: ピエロ・ブラガ/スローウエア最高経営責任者
イタリア・ヴェニスで1951年に創業したトラウザーブランドの「インコテックス(INCOTEX)」を筆頭に、ニットウエアの「ザノーネ(ZANONE)」、アウターウエアの「モンテドーロ(MONTEDORO)」、シャツの「グランシャツ(GRANSHIRTS)」を擁するマルチブランド・リテール企業のスローウエア(SLOWEAR)。東京やミラノ、ロンドン、パリ、ニューヨークなどの都市に30店舗以上を展開する旗艦店では、洋服だけでなく、アートやアクセサリー、雑貨類も取り揃え、スローウエア(slow + wear)という名の通り、ゆったりとした贅沢な時間を過ごすことができる。
そんなスローウエアは、成長を牽引したロベルト・カンパーニョ(Roberto Compagno)前CEOが2021年に他界したことを受け、23年、ピエロ・ブラガ(Piero Braga)をCEOに任命。就任から1年を経て新CEOは何を思うのか。スローウエアの哲学、イタリアンクラシコの神髄、そしてマルチブランドリテールとして描くビジョンを語ってもらった。
「第二の肌」として、顧客の人生に寄り添う服作り
WWD:「ゼニア(ZEGNA)」「トッズ(TOD'S)」そして「グッチ(GUCCI)」というビッグメゾンを経て2021年にスローウエアのCEOに就任した。その経緯は?
ピエロ・ブラガ最高経営責任者(以下、ブラガCEO):わたしが参画した時、会社は大きな嵐のような状態から抜け出したタイミングだった。コロナ禍で大きな影響を受け、創業者のロベルト・カンパーニョが62歳の若さで亡くなった後だった。仕事を引き受けたのは、ビッグメゾンでの仕事を長年経験し、自分の個性や性格よりもブランド名が前に出る状況が続いたことで、あらためて自分自身の物語を作り上げていきたいと感じたから。そんな時にスローウエアの話をもらった。
WWD:トップに就任して3年。改めて「スローウエア」とはどんなブランドか?
ブラガCEO:スローウエアとはブランド名でも、創始者やオーナーの名前でもなく、概念や考え方。もとは「スローウエア」という屋根の下にトラウザーズの「インコテックス」、ニットの「ザノーネ」、アウターの「モンテドーロ」、シャツの「グランシャツ」という卓越した各ブランドを擁するコンセプトリテールだ。小規模で、決して知名度も高くはないが、ファンには非常に重要なブランド。社長になって、ロイヤルカスタマーの多さに驚き、感動した。
私たちが目指すのは、洗練のエレガンスと、一つのものに固着しないしなやかさ。そして、機能性と使い勝手の良さに宿る美しさ。それらを体現する洋服は、顧客の人生に寄り添う。着心地の良さと機能性を追求するからこそ、各アイテムは、顧客の「第二の肌」となる。それらは全て「着用」できるだけでなく、「使用」できるものだ。
WWD:「着用」と「使用」の違いとは?
ブラガCEO:警察や軍隊の制服やサラリーマンのスーツは「着用」するもの。それはある種のユニフォームで、相手に自分が「警察」や「サラリーマン」であることを伝える役割がある。必ずしも作りが良いわけではなく、職業の固定的なイメージに基づいた見え方が大事なのだろう。一方、服を「使用」することは、その日にどんな経験をするかを考えた上で、数ある中から自分を高めてくれる服を選んで着ること。私たちは、顧客に自分を表現してもらいたい。だからこそ、いろんな種類の生地や色を揃えている。ある種のゆるやかさを持つことも大事だ。凝り固まらず、ちょっとした「間違い」を含み持つぐらいが良い。完璧なエレガンスを想像した時に思い浮かぶのは、当たり前過ぎないコーディネートだ。
イタリアンクラシコのアップデート
WWD:「スローウエア」は「イタリアンクラシコ」のブランドと捉えて良いのか?
ブラガCEO:近年、現代的にアレンジされたクラシックスタイルはファッショニスタをも魅了するトレンドとなっている。このトレンドがいつまで続くかはわからないが、それをできる限り享受したいし、スローウエアをその最前線を走るブランドにしたい。
WWD:「イタリアンクラシコ」は、変わらなければ衰退する一方、急激に変わると受け入れられないというジレンマを抱えているように思う。
ブラガCEO:確かに、コンテンポラリー・クラシックの文脈でブランドが進化していくには、単純にデザインを新しくすれば済むわけではなく、形、生地、機能性、ディテール、アーカイブなどの要素で実験をし、折り合いをつけていかなければならない。だからこそ、いわゆる普通のファッションブランドを刷新させていくことよりも難しい。とは言え、例えば「ゼニア」や「ブルネロ クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」はクラシックだが、同時に現代的でもある。「イタリアンクラシコ」は、現代的にも進化できる。ただブランドを進化できず、旧態依然としたモノ作りをしているものもいる。素晴らしいプロダクトを作ってはいるが、先ほどの例で言えば「ユニフォーム」のような価値観に固執して服を作っているようなブランドだ。
スローウエアを前進させていくために
強化するブランド間のコミュニケーション
WWD:その中で、スローウエアはどのように進化していく?
ブラガCEO:スローウエアは、縦割り構造の中で、各ブランドの専門性を大事に育ててきたブランド。そのルーツはもちろん大事にしつつ、「ライフスタイル」という概念により大きな力点を置きたいと考えている。だからこそ、この縦割り構造を越えて、進化していきたい。
WWD:具体的には?
ブラガ:私たちのビジネスの核となるメンズウエアについて言えば、商品の企画は、各製造担当者に委ねられてきた。担当者間に十分なコミュニケーションがなかったため、それぞれのブランドで色に統一感がない、などの問題があったのは事実だ。ブランドごとに専門性を高めることは良いことだが、その専門性は檻になってはいけない。またトラウザーズ専門ブランドの「インコテックス」からスーツを発売したとしても、トラウザーズ専門のブランドゆえ、ジャケットにはブランド名がつけられないという実務的な問題も起きていた。ジャケット専門のブランド「モンテドール」でも同様のことが起きたことがある。
そこで、ブランド間のコミュニケーションを強化し、統合的なアプローチをとるために、全ブランドを担当するデザイナーを一名任命した。すでに統合的なアプローチをとっていたウィメンズのコレクションを担当してきた人物だ。今後は、ジェンダーやカテゴリーを越えて全てのデザインを担当する。また同じく全ブランドを担うマーチャンダイザーも新たに一名任命した。
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WWD:スローウエアにとって、それはかなり大きい変化では?
ブラガCEO:CEOに就任した当初、この会社固有の縦割りのシステムはロマンがあるものに思えて、むしろ良いと感じた。各セクションを収める屋根としてスローウエアを強化することで、ファッションECの「ネッタポルテ(NET-A-PORTER)」や「ミスターポーター(MR.PORTER.COM)」のように発展させられるかもしれないと考えた。だがそれは私たちのような作り手が担うべきことではなく、リテールの仕事だろうと思うようになった。
大きな転機は、このスローウエアというプロジェクトをトータルのルックで考えるようになったこと。その一歩を踏み出すとき、社内でも大きな抵抗があったのは事実だが、それを乗り越え、結果的にリブランディングにつながっていった。
WWD:では今後は、靴やバッグなどのアイテムをリリースすることもありえる?
ブラガCEO:可能性は十分にある。それらはブランドの成功に不可欠なアイテムだ。もちろん今はリブランディングに集中しなければいけないが、自分自身もアクセサリーやシューズの経験が豊富なので、ブランドにとって良いチャレンジになるだろう。
WWD:先ほど少し話にも出たウィメンズの今後の展開は?
ブラガCEO:ウィメンズは、会社にとっても大切な要素だ。成長の原動力になるし、メンズコレクションとの比較もできる。1970年代の「モンテドーロ」のデザインに注目した。当時はメンズのスタイルを着想源に、カッティングを変えることでウィメンズにアレンジし、男女のコーディネートがリンクしていた。男女とも同じ生地のコートを着たコーディネートを前面に出した70年代の広告も残っている。ボーイフレンドルックやリンクコーデのアイデアは、多くの示唆を与えてくれる。そのままコピーするつもりはないが、ノウハウを活用すれば、オーセンティックでありながら、特別なコレクションが作れる。
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