エイガールズは11月23日、和歌山の本社でイベント「KASA」を実施している。和歌山県のニッター10社による「和歌山ニットプロジェクト」を軸に、カシミヤ100%の肌着ブランド「マル(MALU)」、名作ビンテージ家具職人「シープシェッドショップ(SHEEPSHED SHOP)」やフラワーショップ「ボワドゥギ(BOIS DE GUI)」、女優・モデルで薬膳料理家の菊井亜希さんとコラボレーションした4つのワークショップ、を実施している。同社の和歌山本社は2022年10月に建て替えており、今回のイベント名の「KASA」という同名のイベントスペースを併設していた。イベントは本日24日まで。
エイガールズの本社のある和歌山市三葛(みかずら)と隣接する紀三井寺(きみいでら)エリアは、西国三十三所の巡礼地地の2番目の札所として知られる紀三井寺の足元にあり、多数の丸編み工場がひしめく。これに車で数分ほどの距離にある和歌山市和田エリアを加えた「和歌山ニット」は、日本最大のニット産地である和歌山の大半を生産する丸編み地の生産地になる。エイガールズのほか、「ループウィラー(LOOPWHEELER)」のサプライヤーで吊り編み機ニットで知られるカネキチ工業(紀三井寺)、最新のジャカード機や経糸(たていと)を通せる日本唯一の丸編機バランサーキュラーなどハイテク丸編機を多数所有する丸和ニット(和田)、70年前の希少な丸胴ニット機に特化したコメチゥ(三葛)などがひしめく。
「和歌山ニットプロジェクト」は上記の企業もほか、風神莫大小(カゼカミメリヤス)、紀南莫大小工場、阪和、フジボウテキスタイル、美和繊維工業、ヤマヨジャージィ、豊染工を加え、エイガールズの開発したインドの超長綿糸「ロータス」を軸に裏毛スウェットやカットソー、タンクトップなどを直売するプロジェクト。ニューヨークや東京(代官山蔦屋書店)など国内外を巡回してきた。
なぜ今、和歌山でイベントを開催するのか。その狙いとは?その背景には「産地消滅」に対する強い危機感と、産地ブランディングや産業ツーリズムで乗り越えようという強い意志がある。プロジェクトを主導するエイガールズの山下智広社長と山下装子・副社長に聞いた。
世界で評価される「和歌山ニット発」のイベントで産地復興
WWD:なぜ地元和歌山でイベントを?
山下装子・副社長(以下、山下装子):22年10月に本社を建て替えた際、本社に隣接する形で別棟の「KASA」というイベントをスペースを作った。アパレル業界では和歌山が丸編産地だと知っている人はいても、業界の外に出れば、和歌山の人でも和歌山がニット産地だと知る人はほとんどいない。エイガールズや「MALU」はこの和歌山の丸編企業の優れた技術で成り立っている。「KASA」は、和歌山県内だけでなく、日本、あるいは世界に向けて発信する拠点として作った。
WWD:「和歌山ニット」は具体的に何が優れているのか?
山下装子:「MALU」は、カシミヤやシルクを100%使い、コメチゥが今では世界的にも希少な小寸のビンテージ丸胴機で編み上げている。自分で言うのもなんだが、信じられないほど肌触りがいいため、熱狂的なファンを抱えている。カシミヤの細く柔らかな糸は、生産性を追求している高速の最新機では、編み上げることが難しいし、高い糸だと失敗したときのダメージが大きい。細かい話になってしまうが、編み機は生産性を上げるために、多いときには数十本もの糸を一緒にセットして編み上げていくが、「MALU」は編み上げの失敗をできるだけミニマイズするために2本だけセットして編み上げている。1時間で1mやっと編み上げられるかどうかくらいのスピードだ。だが、それをできるのも古い機械だからだ。こうしたやり方に行き着くまでにも、失敗を重ねながら、機械を調整しながらようやく完成した。コメチゥには日本最古の100年前のベントレー社製のチェーン編み機も稼働しており、こんなことに付き合ってくれる工場は、希少な機械を含めて、世界中を探しても恐らくない。
とても素晴らしい工場だが、単体で見せても、外部の人にはわからないかもしれない。イベントで人を呼び、ファクトリーツアーと組み合わせることで、こうした工場の魅力を発信し、産地全体をブランディングしていく。
WWD:なぜ産地全体のブランディングを?イベント実施の背景には何があるのか?
山下智広社長(以下、山下智広):エイガールズは20年前にプルミエール・ヴィジョン(以下、PV)の出展をきっかけに、海外市場、特に欧州や米国のメゾンブランドの販路を開拓し、それなりに実績も積んできた。その一方で、この20年を取ってみても、産地の疲弊は激しい。当社は大半をこの和歌山産地でモノ作りしており、かなりリアルに以前のようなモノ作りがどんどんできなくなっている。
WWD:具体的には?
山下智広:商品企画よりも生産面の制約が大きい。PVに出展してから10年くらいは、小ロットで小回りがきき、かつスピーディーに対応できることが強みだった。だが、以前は数週間の納期で対応できたものが、数ヵ月という状況が常態化している。吊り編み機やビンテージな丸胴など、小規模な設備や人員でこなせる技術はまだなんとか維持できているが、染色や仕上げなど、大掛かりな設備や人員の必要な工程が厳しい。こうした状況は、小規模な丸編工場にもボディーブローのように効いており、あるタイミングを境に一気に廃業や倒産につながる可能性が高い。
WWD:課題は?
山下装子:最も大きいのは、人手不足だ。働き手が確保できず、経営側は後継者にも悩んでいる。
山下智広:これは、自分たちも含めて地方の中小企業の本当に大きな経営課題だ。処方箋で言えば教科書的に言えば「働く環境を整備・改善」し、「賃金を上げる」ことになるだろう。前者は経営者の努力や意識次第で、なんとかなる。これは例えば組合や「和歌山ニットプロジェクト」でコラボレーションした企業とは、同じ地元だし、情報交換したり、お互いに刺激し合いながらどんどん改善している実感がある。
難しいのは後者だ。日本のアパレル市場が縮小する中で、トップライン(売り上げ)を上げるのはかなり難しい。だから利益を上げる、つまり商品単価を上げるしかない。そのための一つが海外の市場の開拓だ。「和歌山ニットプロジェクト」の狙いの一つに、当社のこれまで蓄積してきた輸出のノウハウの共有があった。かつては商社がこうした部分を担ってきてくれたが、ロットが小さくなれば彼らの旨味が少なくなり、営業活動から細かな貿易業務まで、自分たちでやらなければならない。こうした細かな業務まで含めた実務的なノウハウは、アイテムや企業規模によっても変わるから、同業者が一番よくわかる。エイガールズとしてはこうしたノウハウを全く隠すつもりはない。
「和歌山ニットプロジェクト」の参加企業の多くは生地メーカーで、最終消費者に完成品を売るという経験に乏しい企業ばかりだった。それでも、直売に加え、海外での実施にこだわったのは、単価を上げ、利益を上げ、海外で売るノウハウを、実務を通して共有したかったからだ。これだけ聞くと綺麗事のようにも聞こえるかもしれないが、それだけいま産地は危機的な状況にあることの裏返しだ。リアルにわれわれがモノ作りをできなくなるという危機感が常にある。
WWD:解決の処方箋は?
山下智広:一社だけではできることには限りがある。かつて世界トップレベルに合ったと言われる日本の繊維業は本当に危機的な状況にある。それこそ業界が一体になった上で、地方レベルでは行政と、全国レベルでは産地を越えて連携していく必要がある。それでも産地の疲弊や縮小を止めることはできないだろう。縮小のスピードを遅くしながら、新しい販路の開拓や高付加価値化を同時に進めるしかない。
山下装子:今回のイベントでは、初日に代官山蔦屋書店と同程度の売上が挙げられたのは驚きだった。参加した企業が実際に店頭に立った代官山蔦屋のイベントでは、大盛況な上に客単価8万円もあった。正直都心だからという気持ちもあったが、この和歌山でも同じような売上があったのは、驚くべき成果だった。
今後はこうしたイベントを年1回くらいのペースで実施したい。イベントの最終的な目的は産地のブランディングだ。和歌山にはニット以外にも、「ぶどう山椒」など知られていないが世界に誇れる物品がある。県内だけでなく県外のクリエイターと一緒にコラボレーションして、テキスタイル以外も含めた高感度なイベントを実施していきたい。