PROFILE: シャーロット・デイ・ウィルソン
10月、「朝霧JAM 2024」への出演を含む初のジャパン・ツアーを行ったカナダ・トロント出身のシンガー・ソングライター、シャーロット・デイ・ウィルソン(Charlotte Day Wilson)。ジャズやソウル、R&B、アンビエントなど多彩なテイストが織りなすムーディーで繊細なサウンドの雰囲気。ドレイクやジェイムス・ブレイクも惹きつけた彼女の音楽だが、ステージではそうした音の一つ一つを丁寧に磨き上げ、楽曲の魅力を新たに伝え直すようなリッチでオーガニックなバンド演奏が印象に残った。2021年にセルフ・リリースしたデビュー・アルバム「Alpha」を経て、今年5月にアメリカ西海岸の自然に囲まれた環境の中で制作されたニュー・アルバム「Cyan Blue」。時にフォーク・ロックやラウドなギター・サウンドも聞かせたこの日の鮮やかなパフォーマンスは、こうした経験が彼女にもたらした影響を想像させる、自由でオープンなインスピレーションに満ちたものだったように思う。
今回の「Cyan Blue」の制作過程について、シャーロットは過去の自分を見つめ直すような時間だったと振り返っている。「シアン・ブルー(※緑みがかった青)」というタイトルは彼女の瞳の色に由来するもので、制作中やこれまでの人生の中で出会ったさまざまな「青」にまつわる記憶や感情についてアルバムでは綴られている。そんな“青の時代”をめぐる親密でパーソナルな音楽をつくり上げた彼女は今、何を思い、何を感じているのか。東京公演の翌日に中目黒のオフィスで話を聞いた。
「青」に惹かれる理由
——昨夜のライブですが、楽曲の新たな魅力を引き出すようなパフォーマンスで素晴らしかったです。MCでバンドのメンバーを称える場面もありましたね。
シャーロット・デイ・ウィルソン(以下、シャーロット):ギタリストのイアンとはもう5、6年の付き合いで、ドラマーのライアンは彼の親友で、誰と演奏しても旅を楽しんでいるような人なので(笑)、イアンの推薦もあってバンドに加わってもらうことになったの。チェロとハープと鍵盤を弾いていたウーリ(Ouri)は、モントリオールを拠点に活動しているアーティスト仲間で、彼女の音楽は私にとって大きなインスピレーションになっている。今回、このアルバムの制作にあたり思い切って彼女に声をかけて、バンドの一員として参加してもらえないかとお願いした。そしたら快く引き受けてくれた。
——ちなみに、ステージでは曲によって2色のライトが使い分けられていたのも印象的でした。新作の「Cyan Blue」の曲はアルバムのキーカラーである青、そのほかの曲はオレンジ(※以前の彼女は、自分がつくる音楽について「オレンジと黄色のオンブレ」のイメージと語っていた)のライトが使われていたのかな、と終演後にふと思ったのですが。
シャーロット:会場のライティング・テクニックを使っていたのでそこまで意図的ではなかったけど、ただ、使用する色についてはかなり具体的に指示を出したので、その範囲内でスタッフが自由にクリエイティブな裁量を発揮してくれたんだと思う。
——その新作のキーカラーである「青」は、アルバムのアートワークやアーティスト写真にも象徴的に取り入れられていて、そのイメージは愛や内省をテーマにした作品のストーリーとも深く結びついています。その制作にあたってインスピレーションを受けたものとして、アート評論家のマギー・ネルソン(Maggie Nelson)が2009年に書いた「Bluets」という本を挙げられていましたが、それはどういった示唆を与えてくれた本だったのでしょうか。
シャーロット:あの本は、なんというか……表現するのが難しいけど、ある種の“アート小説”のようなものというか。著者が人生のある時期、「青」という色に深く魅せられて、その色を通して世界と自分自身をつなぎ留めるための“ポエティック”な方法を見つける——というような内容で。つまり、彼女にとって「青」は、特定の場所や状況で現れることで、周囲の環境とのつながりを感じさせる特別な色だったんだと思う。そして、このアルバムに取り組んでいる間、私も同じような経験をしたの。「青」という色に強く惹かれ、マギー・ネルソンをはじめとする、私にとって重要なアーティストたちとの共鳴を感じて。私も、彼女らが人生で経験した“青の時代”をめぐる対話に参加したかった。私たちはみんな、人生においてお互いにつながっていると感じたいと思っているし、自分のいる世界と深く関わっていたいと願っている。そのことにあの本を読んであらためて気付かされたわ。
——シャーロットさんの記憶に残る“青の時代”、また「Cyan Blue」の制作中に出会った「青」について教えてください。
シャーロット:アルバムに「Cyan Blue」と名付けた理由の一つは、最初に出会ったパートナーに、私の目はシアン・ブルーだと言われたから。だからこのアルバムは基本的に、グリーンとブルーをした私の目そのものなの。そして、初恋が人生においていかに大きな変化をもたらすかということを思い出した。その“時代”というのは、人生の中で全てがとても重く、とても意味深く、とても豊かな感情に満ち溢れていたのを覚えている。それで、もう一度あの目を通して人生を見つめ直したい、あの目を通して音楽を感じたい、あの目を通して自分の感情を取り戻したいって思ったの。
他にもそういう経験をたくさんしたわ。甥っ子がクレヨンを拾ったんだけど、その色がまさにシアン・ブルーだった。で、母のところに行って「すごくいい色だね」って言ったの。すると母は「あら、本当にそうね」って、そしたら彼は、まるで私の目のようだと言って。そういう小さな瞬間がたくさんあった。そして、周りの世界が意味を持っているように感じた。そんなふうにして私たちはみんな、自分の周りの世界につながりを見いだし、インスピレーションを得ようとしているんだと思う。
——その本では、“青の時代”を象徴するエピソードとして、ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)の「Blue」についても触れられているそうですね。シャーロットさんにとっても、今回の「Cyan Blue」において「Blue」は大きなインスピレーションになりましたか。
シャーロット:ええ。ジョニ・ミニッチェルは、特にカナダの歴史において影響力のある重要なソングライターで。そして、彼女はロサンゼルスのローレル・キャニオンに引っ越して、そこで「Blue」を書いた。私もローレル・キャニオンで今回のアルバムをつくっていたので、どこか自分と重なるものを感じていた。自分の世界や、過去に影響を受けた人たちとのつながりを求める気持ちがあって。実際、「Blue」は音楽史に残る重要な作品だし、私を含めて多くの人たちにとって普遍的な共感を呼ぶ聖典的なアルバムだと思う。
お気に入りのアーティスト
——ローレル・キャニオンのロケーションはいかがでしたか。
シャーロット:とても美しい地域だった。毎日、丘陵地帯をドライブしてスタジオに通うのが日課で、その風景が私のインスピレーションの源になっていたわ。そのとき乗っていた車を(「Cyan Blue」の)アートワークに入れたのは、そういう理由もあって。近所をドライブするだけで無数のアイデアが湧き上がってくるような、そんな感覚があった。
——ローレル・キャニオンといえば、1960〜70年代からフォーク・ミュージックの聖地として知られていますが、そうした音楽からの影響についてはどうでしょうか。昨日のライブでは、終盤で演奏された「Dought」がサイケデリックなフォーク・ロック調にアレンジされていたのも印象的でした。
シャーロット:もちろん、ジョニ・ミッチェルは大好きなフォーク・アーティストの一人。それに、高校時代はフリート・フォクシーズをよく聴いていたわ。それから“サイケデリック”といえば、ピンク・フロイドもそう。ザ・ビートルズには素晴らしいサイケデリックなチャプターがたくさんあるし、プリンスも独特のサイケデリックな世界観を持ったアーティストだと思う。
——以前にカバーされたこともあるニール・ヤングは? 彼もまた母国であるカナダの重要なアーティストの一人ですよね。
シャーロット:そうだった(笑)。ニール・ヤングも大好きなカナダのレジェンドで、高校生の頃、音楽を聴くために2台のスピーカーを持っていて、ベッドに横になって聴くのが習慣だった。こうやって頭の両側にスピーカーを置いて(笑)、ニール・ヤングの「Heart Of Gold」をよく聴いていた。とてもハイになって、心が解き放たれるような、特別な体験だったのを覚えているわ。
——昨日のライブではシャーロットさんが弾くギターも鮮烈でした。ちなみに、好きなギタリストは誰かいますか。
シャーロット:ニール・ヤングのギターは大好き。彼はテクニック的に特別優れたギタリストというわけではないかもしれない。私もギターがうまくはないけど、ギターで曲を書くのは楽しいし、弾くのも楽しい。それが彼のギターからは伝わってくるから。それと、ファイストも大好きなギタリストの一人。ジョニ・ミッチェルやジョン・メイヤー、あとエイドリアン・レンカーも独自のスタイルでギターを奏でる素晴らしいミュージシャンだと思う。
——そういえば、過去にエイドリアン・レンカーをプロデュースしたいと話していたこともありましたね。同じソングライターとして、彼女のどんなところに惹かれますか。
シャーロット:とても“アコースティック”なところかな。アコースティック楽器が奏でる温かみや、彼女の声と歌詞の親密な雰囲気が好き。彼女の音楽からはそんなアコースティックな要素が存分に引き出されていて、とても惹かれるの。
「タイムレスで普遍的なものをつくりたい」
——そういえば、日本には花言葉に似た「色言葉」というのがあって、シアン・ブルーには「気高さ」や「品格」、「粘り強く困難に立ち向かう忍耐力の人」という意味合いがあるとか。
シャーロット:本当? すてき。
——新作の「Cyan Blue」は、若い頃の自分の視点から曲を書くこと、若い頃の自分に語りかけることがテーマだったと聞きました。それっていうのはやはり、年齢やキャリアを重ねた今だからからこそ至った境地だったりするのでしょうか。
シャーロット:どうなんだろう……人は人生のどの段階にあっても、若い頃の自分と話がしたいという願望や衝動に駆られることがあるんだと思う。それは、過去の経験が今の自分を作り上げているという確信からくるのかもしれない。それに、私は実存主義者なので、過去を振り返ることは自分自身をより深く理解し、時には未知の未来を理解するための方法だと考えているところがあって。なので、何がどうあれ、そういう作品をつくることになっていたんだと思う。
——逆に、若い頃の自分が今の自分に語りかけてくるような感覚を覚えることもあった?
シャーロット:ええ、それはいつも感じていて、今の私、過去の私、そして未来の私、どの自分に対しても敬意を払いたい。それは、どんな自分であっても、その存在を認め、尊重したいという気持ちからかもしれない。それって、今の自分と向き合うことを避けているってことなのかもしれないけど……でも私は常に、時間というものに縛られることなく自分自身を称えたいと思っていて。過去も未来も、そして今の私も含めて全てをつなぐような、そういうタイムレスで普遍的なものをつくりたいという願いがあるからなの。
——初期に発表された作品で、「Stone Woman」という曲がありますよね。「Stone Woman」という言葉は、自身が主宰しているレーベルの名前にも取られている特別なフレーズだと思いますが、あの曲で称えられていた美のあり方――“強さのなかにある冷徹で硬質な美しさ”というイメージが深く印象に残っています。あのあり方というのは、今もあなたが惹かれる美しさの規範の一つだったりするのでしょうか。
シャーロット:少しは成長したと思う……うん、そう思うな。以前の方がガードが固かったし、少し傷つきやすくなったのかもしれない。でも、自分の芯の部分には、常に少しストイックな要素があるのは確かだと思う。今朝、私の一番親しい友達の一人から「あなたが何を考えているかまったく分からない」って言われたの(笑)。考えてみると、私は自分の感情があまり表情に出ないタイプなのかもしれない。なので、もっと積極的に気持ちを伝えなければいけないって思うの。楽しい時はそれを伝え、感謝の気持ちも言葉にしたい。周りの人に「愛している」って伝えなければいけないって。
「歌を歌うことが癒やし」
——今日や昨日のライブもそうですが、シャーロットさんというと「黒」のイメージがあり、アーティスト写真などを拝見すると、スポーティーな服を好んで着られている印象があります。心地よさや自分らしさを感じるファッションのこだわりがあったら教えてください。
シャーロット:アスレチックで機能的な服が好き。でも同時に、服の細かなディテールにもこだわりがあるの。
——「黒」へのこだわりはありますか。
シャーロット:黒は私にとって、ちょうどいいデフォルトというか(笑)。他の人にとってはそうではないかもしれないけど、私にとってはどんな色とも合わせやすく、ニュートラルな色。
——シャーロットさんの曲は、パーソナルで繊細な感情を歌ったものが多く、書いたり歌ったりしていて感情が消耗することもあるかと思いますが、セルフケアで気にかけていることなどありますか。
シャーロット:歌を歌うと癒される。逆に、私が最も嫌いなのは、ステージで歌を歌っていて何も感じないことで。観客が私の歌に共感してくれなければ、私も感情移入することができない。ただ曲を完唱するだけで、まるでロボットのような歌い方になってしまう。それに私は普段、歌に込められた感情を思い出して歌うということはしないタイプで。でも昨夜のライブは特別で、観客が本当に私と一緒にいてくれた。観客が一緒に歌ってくれて、熱心に聴いてくれていると感じることができて、本当に一体感が生まれていました。そのおかげで、曲の世界観に深く入り込み、感情を込めて心から歌えた。その曲が何について歌っていたのかという場所に戻って、その曲と本当につながろうとしていたんだと思う。それが私にとって癒やしであり、カタルシスを感じられる瞬間なの。
——そういえば、来日してからもテニスをされていたそうですね。その様子をSNSにアップしていましたが、身体を動かすことも“癒やし”の一つですか。
シャーロット:そうね、テニスは私を正気に保ってくれるの(笑)。だから毎日プレーするようにしているわ。
——バスケやホッケーもやられていたそうですが、小さい頃から身体を動かすことが好きだったんですか。
シャーロット:昔から運動神経は良く、スポーツをするのが好きだった。どこかでエネルギーのはけ口を求めていたのかもしれない。スポーツは私にとって、生意気な自分でも許される環境というか、ワイルドな自分を出せる場所だったように思う。そして、ストイックな自分という素の私に立ち戻ることができる。実際、スポーツをしている時の私はありのままの感情が解放されていて(笑)、普段とは違う自分になれるのが気持ちいいの。
——昨日のライブでは最後に新曲を披露されました。日本のファンにとって最高のサプライズになりましたが、どんな曲か教えていただけますか。
シャーロット:自分の場合、夢から覚めた直後のぼんやりとした意識の中で歌詞が浮かんでくることが多くて、すぐに書き留めることができればいいけど、また眠ってしまい、目が覚めたら忘れてしまってもどかしい思いをすることがあるの。でもこの曲は、目が覚めてからもハッキリと歌詞のイメージが残っていたんです。まるで「おはよう、愛しい人よ」みたいな、温かい言葉が自然と口をついて出るような感覚だった。
ある恋愛のとき、私たちは一時的に距離を置いていたことがあって。でも、相手は私のことを待ち続けてくれていて、その気持ちに応えたくてボイス・メッセージを送ったの。それは、私が今どこにいるのか、どんな気持ちなのかを伝えるサインのようなもので、それで生まれたのがあの曲だった。
——今回のアルバムに収録された「虹の彼方に(Over the Rainbow)」のカバーですが、当初は自分で歌詞を書き換えたものを収録する予定だったそうですね。許可が降りなくて断念したそうですが、どんな内容の歌詞だったのでしょうか。
シャーロット:ああ(笑)、あれはとても辛らつな歌詞で。元の曲とは真逆のもので、あの曲をひっくり返して、もっと過酷なことを歌おうとしたの。でも今は、それを出さなくてよかったと思っているわ(笑)。
——昨日のライブであなたのバージョンが聴けるのかな、と思ったのですが。
シャーロット:いいかも(笑)。やってみたい。きっと楽しいと思う。
PHOTOS:RIE AMANO
■「Cyan Blue」
Charlotte Day Wilson
リリース日:2024年8月9日
レーベル:XL Recordings
TRACKLISTING
01. My Way
02. Money
03. Dovetail
04. Forever (feat. Snoh Aalegra)
05. Do U Still
06. New Day
07. Last Call
08. Canopy
09. Over The Rainbow
10. Kiss & Tell
11. I Don’t Love You
12. Cyan Blue
13. Walk With Me
14. Life After (Bonus Track for Japan)
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