1949年創立の国内最古のファッションサークル、早稲田大学繊維研究会がファッションショーを実現させるまでの道のりを全4回の連載で紹介する。最終回では、代表の井上航平さんと、小山萌恵さんが12月22日に代官山ヒルサイドプラザで開催したショーを振り返る。
WWD:コンセプト「みえないものをみるとき」に沿ってショーを作り上げた。
小山萌恵(以下、小山):今回のショーは19人の服造(ルックを製作する部門)による25ルックを発表しました。シアー素材や光を反射する素材を多用することで、今回のコンセプトの世界観を作り出しつつ、一つ一つのルックをコンセプトから設けたテーマの上にデザインしています。
WWD:井上さんが製作したルックは?
井上:2ルック製作し、1ルック目は実験音楽家であるジョン・ケージの代表曲「4分33秒」をモチーフに作りました。この楽曲の譜面は4分33秒間の休符のみで構成されており、4分33秒間無音が続くということを意味します。演奏会では、聴衆が「作られた無音」に耳を澄ますことで、逆に聴衆自らから発せられる音に意識が向く、いわば主体と客体の逆転現象が発生します。この「聴覚を通しての逆転現象」を視覚に置き換えることに取り組んだのが今回のルックです。このルックでは前後に鏡を配することで、モデルを見ていたはずなのにいつの間にかそこに映る自分の姿を見ていた、という現象の誘起を試みました。
WWD:2ルック目はルネ・マグリットの作品「世界大戦」をモチーフにした。
井上:マグリットは作品内で、まさに今回のテーマである「みえないもの」に取り組んできました。「世界大戦」は、一見すると青空の下で日傘をさす貴婦人の姿が描かれた美しい作品ですが、彼女の顔はなぜか急に現れたスミレの花束で隠されており、表情が判然とせず、どこか不穏な空気が漂います。「あえて隠す」部分を含んだ絵画作品は数あれど、この作品のように文脈を無視した全くの別レイヤーのモチーフで覆い隠す作品はそう多くはありません(普通であれば、この貴婦人に顔の前で花束を持たせて表情を見えないようにするはずです)。この手法によって、より「みえない度」は高まり鑑賞者による想像の幅の拡大に成功しています。今回はこの作品のように、どこか不穏な美しさを表現すべく、全身白のドレスを制作しました。前面にはフリルフラワーを100個近く取り付けることで華やかさを表現した一方、肩パッドを6個重ねて生み出したパワーショルダーで不穏さを表しました。
WWD:小山さんの1ルック目は?
小山:タイトルは「but I can hug you」という作品です。「みえないもの」として表面からはみえない、計り知れない他者の痛みにフォーカスしています。他者が抱える痛みを理解し尽くすことの難しさと、それでも相手を分かりたいと思うこと、相手の影の面まで知りたいと思うことの美しさ、そしてそのような感情があふれたとき私たちが衝動的に取ってしまう行動であると共に、私たちに取り得る最大の行動とも考える「抱擁」をテーマとしています。抱擁したときの、言葉では語り尽くせない心の深層が体温を通して伝達するイメージ、また抱擁によって痛みが融解されるイメージを、「氷染め」という染色手法で表現することを試みました。氷の上に複数の色の染料をまぶし、氷がゆっくりと解けていくことで染料が混ざり合って、じんわりとまだらに生地が染まっていく、過程そのものも含めてテーマを落とし込んでいます。
WWD:もう一つのルックタイトルは「that afterimage」。
小山:大切な人を失ったあとの残像をテーマとしており、複数の「喪失と再生」が主題の作品などがインスピレーションにありつつ、最大のデザインモチーフとなったのはバンド「フィッシュマンズ」のとあるライブ映像です。
80年代結成のフィッシュマンズはフロントマンであったボーカルの佐藤伸治が活動の最中で急逝してしまいます。約6年の活動休止を経て2005年バンドは佐藤不在のフィッシュマンズを再開する決断を下し、以来現在に至るまでさまざまな方法で「佐藤不在のフィッシュマンズ」を音楽的に意義あるかたちで続け、ライブを通して多くの人の心を震わせ続けています。再開後のライブ映像を見て、激しくドラムを叩きながら佐藤に代わって歌まで歌唱するドラマーの茂木欣一の姿から感じた悲壮感の中の覚悟や、そのとき印象的だった一点だけ簡素に光る照明が星になった佐藤のように捉えられたこと、そして、亡き人の軌跡が残された者の中で息づき続けるイメージを、胸元中心の星のような刺繍とそこから広がるように施したギャザーで表現しました。
WWD:小山さんがルックブックの装丁デザインを手掛けた。
小山:表紙に冠したモチーフは「」です。本来何かが介入されるはずの「」の間に何もない、という部分で、これから始まるのはみえないものを見出すことについてのショーである、というスタンスをはじめに表明する意図を込めています。“ない”方の部分を想像させることを誘発したいという思惑で、かぎかっこは写真を切り抜くことで描いています。さらに透明の素材で本冊にカバーをかけているのですが、こちらはそれ以外の全面に白のプリントを施すことで逆説的にかぎかっこを浮かび上がらせ“余白で描く”ことをここでも再現しました。本体のかっこの位置とあえてずらして配置することで、焦点が合わないけれど主体的に合わせようとする思考の動きを促せたら、と考えた装丁になります。タイトルなどのテキストはシルバーでプリントし、角度によって煌めくところもこだわりです。
WWD:ルックブックの中身のこだわりは?
井上:視覚上・触覚上での楽しさを重視し、ルックブックの内部には、ベースとなる厚めのマット紙に加えてポイント使いで2種類の素材を採用しました。水面や鏡など、反射をテーマにした写真の前に透明PET素材を挟み込むことによって、鋭すぎない、水面のような柔らかな反射を可能にしつつ、触覚上での変化を生み出しました。連続した動きのうち2つを切り取ったスナップショット的なページを並べ、その2ページを半透明のトレーシングペーパーに印刷することで、ページをめくる毎に被写体が動いて見える、パラパラ漫画のような仕組みを取り入れました。
WWD:会場の演出にも注力した。
井上:今回はテーマの「透き間」を生かした空間づくりに注力しました。三次元的なランウェイを作りたかったため、2フロア構成の代官山ヒルサイドプラザを会場に選びました。初の試みとして、壁2面へのオープニング映像を投影しました。オープニング映像は江ノ島の風景をメインとした構成となっており、今回のショーのファーストルックを着用した状態のモデルに出演してもらっています。モデルが光に向かって去って行くシーンで映像が終了し、シームレスにショーに移行後、彼女がファーストルックとして現れることで、まるで映像内のコンセプチュアルな空間からそのまま出てきたかのような演出を施しました。また、「みえないもの」の表現として、ランウェイのスタート位置である2階部分に白い布を垂らすことで、布越しにモデルのシルエットが浮かび上がる工夫をしました。
一般的なファッションショーでは、モデルが出口から歩いてきて客席前を通過後また戻っていく、という一方向的な構成が多いですが、オープニング映像の投影面、モデルの出口、1周目のモデルはけ口、フィナーレのモデルはけ口を横にも縦にもバラバラに配置することで「正面を決めない」三次元的なショー構成を実現させました。お客さまそれぞれが別の方向に顔を向けている、というのは他のファッションショーでは見られない光景でした。
WWD:ショーを振り返ると。
小山:当初はとりとめのない文章でしかなかったイメージが、部員、外部の方、みなさま、一人一人の力によって、大きく広がりを持って一つのショーとしてかたちにすることができたこと、発案者として心からうれしく、何度でも感激してしまいます。
私自身を含め部員の多くは、ショーをはじめとした繊維研究会がこれまで作り上げてきた作品、先輩から感銘を受けて入部しています。先輩に感じていた確固たるかっこよさのようなものを、私たちの代は持ち合わせてはいない、という自負をどこかにずっと抱いていたのですが、そんな私たちで、繊維研究会の名に値するまでのショーを作り上げることができたのではないかと、今は思えます。かつて自分が繊維研究会に心をつかまれ、自分もこれを作り上げる側になってみたい!と突き動かされたように、このショーを見て何か心を動かしてくださった人が一人でもいたとしたら、そんなにうれしいことはありません。