「ブリオーニ(BRIONI)」は、イタリア・アブルッツォ州ペンネにテーラリングスクール「スクォーラ・ディ・アルタ・サルトリア・ナザレノ・フォンティコリ (Scuola di Alta Sartoria Nazareno Fonticoli Fonticoli)」を今秋開校した。同校設立の背景を現地取材すると、同ブランドが掲げるマニフェスト“スローラグジュアリー”の概念と、テーラリングを通じて描く未来が見えた。
なぜ小村ペンネに開校したのか
ペンネは「ブリオーニ」創設者ナザレノ・フォンティコリ(Nazareno Fonticoli)の出身地であり、有数のテーラーを輩出してきた仕立て屋の村でもある。ローマから車で約3時間の距離に位置する自然豊かな環境で、現在の人口は約1万人。かつては、村で職に就くなら農家か仕立て屋かというほどテーラーが生活に根付いており、仕立て屋の村としての歴史は1000年以上にも及ぶと言われている。フォンティコリ自身も熟練のテーラーで、ビジネスパートナーのガエタノ・サヴィーニ(Gaetano Savini)と共に1945年に「ブリオーニ」をローマで創業すると、59年には故郷ペンネに自社工房を、85年にはテーラーリング学校「スクォーラ・ディ・アルタ・サルトリア」を設立した。新スクールの前身となる同校では、テーラリングの技術に加え、歴史や地理、数学といった科目も含み、生徒の年齢は14歳から17歳という、義務教育の一環である教育内容だった。学校を卒業して「ブリオーニ」の工房に就職する生徒もおり、ペンネが長年培ってきた技術の継承や雇用創出にも貢献してきた。
「ブリオーニ」のメディ・ベナバジ (Mehdi Benabadji)CEOは、「本校の再開は、イタリアのクラフツマンシップを支援・保護するためにが長年取り組んできた活動をさらに推進するもの。これらの取り組みは、伝統と職人技、そして“スローラグジュアリー”の精神のもと、製品作りにとどまらない技術や価値を次世代に継承したいという強い思いから生まれている。私たちが追求する全ての活動は、現代ファッションのスピードに抗い、メゾンの基本理念を尊重、遵守することを目指している」と述べている。
文化をつなぐ手厚い支援
同校はコロナ禍の休校を経て、2024年9月に創業者の名を冠した「スクォーラ・ディ・アルタ・サルトリア・ナザレノ・フォンティコリ」として再び開校すると、衣服制作にのみ焦点を当てた年間1300時間、週5日の授業内容に変更した。初年度は、2年コースの入学試験を通過した女性10人、男性6人の生徒を迎えている。中にはフランスからの留学生や、「ブリオーニ」勤務の両親の背中を見て自身もテーラーの道を志したという23歳もいた。
授業は同ブランドのマスターテーラーや技術講師の指導のもと、縫製からパターンメーキング、裁断までの手仕事の技術や、機械を用いた制作工程も学ぶ。「ブリオーニ」のメソッドや高品質の生地を使いながら学べるものの、卒業後の進路選択は自由だ。生徒は就職先で高待遇を得るために、テーラリングの総合的な技術を身に付ける。
学生への支援も手厚い。初年度の生徒16人には入学金3000ユーロの85%を負担する奨学金を授与し、1 年目の中間試験および2 年目の最終試験に合格した場合は、入学金全額を奨学金で支給して、費用を返還するという。企業としては学校の運営費はもちろん必要ではあるものの、入学金や授業料での利益以上に、文化の継承や雇用創出に長期的な価値を見いだしているのだろう。実際、ペンネに構える「ブリオーニ」のファクトリーには前身学校の卒業生も多く、数百人のプロフェッショナルが同ブランドの美しいテーラリングを支えている。現在「ブリオーニ」のチーフマスターテーラーとしてテーラリング部門を率いるアンジェロ・ペトルッチ(Angelo Petrucci)も、同校の一期生である。人から人へ、手から手へと受け継がれた技術と文化が、結果的にブランドの強固な基盤となる――巨大コングロマリッドによる生産拠点の買収合戦とは一線を画す、時間をかけたラグジュアリーの継承だ。
生活を豊かにするテーラリング
「ブリオーニ」のテーラリングを評する“美しい”という抽象的な表現の内側には、歴代テーラーたちのクラフツマンシップと、時代に合わせて進化を遂げてきたミリ単位のディテールがある。180工程を経て完成するジャケット、40工程のスラックス、2cm後ろにずらし可動域を確保したショルダーライン、59種類の輸出国の気候に合わせて変える芯地、73%を表に出さないよう手縫いしたステッチ、15分かけて1つを完成させるボタンホールなど、ペンネと共にゆっくりと時間をかけて積み重ねてきたノウハウと、卓越した技術を一着一着に込めている。
最大の強みであるテーラリングは、「ブリオーニ」のビジネスを創業以来支えてきた。売り上げの主軸であるビスポークをはじめ、ノルベルト・スタンフル(Norbert Stumpfl)=デザイン・ディレクターによるプレタポルテ、最近ではウィメンズやフレグランス・コレクションの立ち上げなど、商品ラインアップを拡充している。ケリング傘下のブランドの中では、華麗なる経歴のスターデザイナーを抱えている訳でもなく、華美なデザインも多くないため、通好みという印象もあるかもしれない。しかし、実際に袖を通したり、ファッション・ウイークで披露する新作の豊かな表現を目の当たりにしたりすると、幅広い層にとって身近なモノ作りであることが分かる。「ブリオーニ」が小さな村と60年以上にわたってゆっくり培ってきたラグジュアリーは、これからも時代に左右されることなく、次世代へとつながり、世界中の誰かを豊かにする服作りで未来を築いていくのだろう。学校関係者は力強く言い切った。「ペンネはわれわれにとっての心臓である」と。