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箱根駅伝だけなぜ特別? 有識者が語る、“ナイキ旋風”以降の箱根とシューズの関係

PROFILE: 藤原岳久/FS☆ランニング代表

藤原岳久/FS☆ランニング代表
PROFILE: (ふじわら・たけひさ):1971年1月3日(箱根の復路!)生まれ、神奈川県出身。箱根駅伝出場を目指して東海大学に入学し、陸上部に所属。大学卒業後に営業職として就職、その後1年間ニュージーランドに滞在。現地でのランニング体験が忘れられず、帰国後はナイキ、アシックス、ニューバランスでシューズの販売員を経験。2013年に独立し、シューズ選びや走り方のコンサルタント、スポーツシューフィッター講師などとして活躍中 PHOTO:KAZUO YOSHIDA

年が明けたら、1月2、3日は箱根駅伝!選手の活躍はもちろん、近年は選手がどのブランドのどんなランニングシューズを履いているかも、メディアやSNSで大きな話題を呼ぶ。箱根路の神奈川・平塚でシューズ選びのコンサルタントをしている藤原岳久FS☆ランニング代表は、ここ10年ほど選手の着用シューズをブランド別に計測・分析しており、ランニング業界ではよく知られた人物。藤原代表に、近年の各社の傾向と2025年のシューズ争いの行方を聞いた。

WWD:藤原代表は箱根駅伝の選手のシューズ動向について、「アルペン グループ マガジン」上などで毎年分析をしている。他はどういった活動をしているのか。

藤原岳久FS☆ランニング代表(以下、藤原):もともとスポーツメーカーでランニングシューズの販売員をしており、独立後は平塚で、ランニングシューズの選び方や走り方のコンサルタントをしている。YouTubeやnoteでランニング業界の動向やシューズの新製品についての発信もしているほか、スポーツシューフィッターという資格講座の講師も10年ほど務めている。

箱根の選手の着用シューズを計測し始めたのは10年ほど前から。地元である往路の3、4区と、復路の7、8区を妻と手分けして現場で見て、それ以外はテレビ中継で計測。10年前は計測している人はわれわれ以外にあまりいなかった印象だが、17年に「ナイキ(NIKE)」が“ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%”を発売し、21年に箱根での「ナイキ」着用率が95.7%を記録したあたりから、急激にシューズに着目する人が増えたように感じる。

WWD:21年の「ナイキ」厚底シューズ旋風は一般メディアでも大きく取り上げられた。まずはおさらいとして、「ナイキ」のシューズは何がすごかったのか。

藤原:「ナイキ」は速く走るという概念自体を変えた。それまでの薄底のシューズは接地感覚があって、自身の力を地面に伝えられる選手が速く走れるもの。一方、厚底のカーボンプレート入りシューズは、走り方や道具(シューズ)に対する考え方、接地感覚などが従来とは全く違うものだ。衝撃を受けた競合各社は、「ナイキ」の速く走るためのロジックを後追いで研究。まずは模倣から始め、徐々に個性あるシューズや素材の開発を進めてきた。

厚底のカーボン入りシューズが広がったことで、選手のランニングフォームはダイナミックになった。以前は独特な走り方をする有力選手もおり、それも個性だったが、スーパーシューズは靴に合わせた走り方が要求されるため、フォームの個性は無くなってきたと感じる。ケガもしやすくなった。それらはスーパーシューズの功罪の罪の部分だ。一方で、一昔前と比べて駅伝は非常に高速化している。世界で戦える選手の土壌ができてきたというのは、間違いなく功の部分だ。

「アディダス」が一歩抜きん出る?

WWD:開発競争激化の中で、「ナイキ」は21年をピークに徐々にシェアを落としつつ、24年も着用率は42.6%で首位を維持した。ズバリ、25年のブランド別の着用率はどうなると予想するか。

藤原:アディダス(ADIDAS)」「アシックス(ASICS)」「ナイキ」がそれぞれ30%前後となるんじゃないかと見ている。もしかしたら、「ナイキ」は一気に三番手になるかもしれない。各社拮抗しているが、個人的にはシリーズ最軽量を実現した“アディゼロ アディオス プロ エヴォ 1”を開発した「アディダス」が一歩抜きん出ている印象だ。三つ巴の次が「プーマ(PUMA)」。「プーマ」は学生とのコミュニケーションを深めており、ブランドがサポート契約している大学の選手は皆他社のシューズに浮気せず、「プーマ」を履きそうだといった噂も耳にしている。その次は昨年、全230人の出場選手の中、3人の着用者が出た「オン(ON)」と予想。「オン」は、どの区間でも誰かしらが履いているといったレベルのサプライズを起こすかもしれない。ただし、最終的に験担ぎを重視してシューズを決める選手もいるし、予想はあくまで予想だ。

WWD:箱根で選手に履いてもらうために、ブランド側はどのような取り組みをしているのか。

藤原:日本では箱根に合わせて11〜12月にシューズの新モデルを発売するブランドが多いが、選手は夏合宿の段階でいいと思わなければ履いてくれない。そのために、ブランド側の仕込みは春ごろから始まる。大学の合宿所を行脚してとにかく試着してもらう。例えば「プーマ」は、学生の夏の合宿のメッカである菅平高原(長野)に、無料で利用できるリカバリーステーションを24年夏に開設したが、それも学生と接点を広げるのが狙い。シューズは提供するが、学生とブランドとの間にお金のやり取りはなく、お金が発生するのはブランドが大学陸上部に対してサポート契約を結んでいるケース。その場合はブランドが大学側に強化費を支払う。そのように大学とブランドが契約していても、レースでどこのブランドのシューズを履くかの選択権は選手にある。

WWD:箱根駅伝は、シューズについての決まりごとなどはあるのか。

藤原:五輪や世界陸上では、世界陸連(ワールドアスレティックス)のシューズ規則に則ったシューズしか履くことができない。一般向けに発売している製品で、世界陸連に登録しているシューズでないとダメ、といったものだ。しかし、箱根は世界陸連の規制の範囲外であり、それゆえまだ発売されていないプロトタイプ(試作品)を履いた選手が多数登場する。“プロトタイプ天国”というのも、箱根駅伝の側面の一つ。メーカーにとってのテストの場であり、プロトタイプを履かせてもらえることに気概を持って走っている選手ももちろんいる。メーカー側はプロトタイプを提供していることがあからさまになることに配慮してか、プロトタイプであっても色合いやデザインを発売済みのモデルとあえて似せて、見分けがつきにくくしていることもある。

テレビ中継以降、人気が急上昇

WWD:箱根には規制が適用されないとのことだが、なぜ世界陸連は「一般発売している製品でないといけない」などのシューズ規制を設けているのか。

藤原:「ナイキ」が17年に“ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%”を発売する前年の16年のリオ五輪で、ケニアのキプチョゲ選手ら有力選手が「ナイキ」のプロトタイプで出走し、キプチョゲ選手は男子マラソンで金メダルに輝いた。その後、20年に予定されていた東京五輪に向けて規制の議論が活発化した流れだ。一般販売していないプロトタイプでは、入手できる選手とできない選手とで不公平になってしまう。厚底やカーボンプレートについても、水着の“レーザーレーサー”のように可否が議論されたが、結果的にロードランではソールの厚さが40ミリまで、プレート1枚までならば世界陸連はオッケーとした。

ただし、規制があると発想やデザインは画一的になりがち。がんじがらめの規制を破ってランナーの可能性を広げるという意気込みで、世界陸連の規制外のスーパーシューズを作っているブランドもある。そもそも、大会で優勝や入賞に関わらない市民ランナーならば、どんな靴を履いていたって問題はない。将来的には市民ランナーは、ソール60ミリ前後のクッション性が非常に大きいシューズを履くようになるんじゃないかと僕は思っている。有力選手の履くシューズだけが規制に縛られ、かごの鳥であるというように見ることもできる。

WWD:話を箱根に戻すと、学生駅伝には出雲(10月)や全日本(11月)もあるが、一般知名度は箱根だけが段違いだ。何が違うのか。

藤原:日本人初の五輪マラソン選手であり、日本マラソンの功労者の金栗四三が考案して1920年に始まったのが箱根駅伝だ。ただ、箱根はあくまで関東地方のローカル大会で、87年にテレビ中継が開始されるまではそこまでの注目度はなかったと認識している。テレビ中継以降は人気が異常に高まって、高校ラグビーの選手が花園を目指すように、全国から有力選手が関東ローカル大会の箱根に集まってくるようになった。人気や注目度の高さゆえ、ブランドは箱根の出場選手にマーケティングの照準を合わせる。出雲や全日本で選手の着用シューズを計測すると、箱根の結果とは結構違っており、市民ランナーの着用率と近い。それは、関東以外の大学の選手は箱根の出場機会がないため、ブランドからシューズの提供を受けるといったことがなく、自分でシューズを買っているケースが多いからだ。

海外に目を向けると、アフリカや米欧の有力選手は、大学の段階ではシニアのステージに向けて無理せず準備をしているということも多い。一方で、日本は箱根で良くも悪くもかなり注目されてしまう。テレビで特番が組まれ、ブランドからシューズが提供され、選手を推す“駅女(エキジョ)”から黄色い声援も飛んでくる。選手にかかるプレッシャーはかなり大きい。箱根があれだけ盛り上がるのに、シニアで有力な結果を残す選手がそれほどは出てこないというのは、箱根以上の舞台がなかなか見つからないという面もあるのかもしれない。

「もっと気軽に走ることを楽しんで」

WWD:選手が箱根で履いたシューズは、実際に市民ランナーにも売れるのか。

藤原:箱根が終わると、スポーツ量販店では選手の履いていたシューズが売れるし、それを履いて普段のジョギングをしている市民ランナーをここ平塚ではよく見掛ける。レース用のスーパーシューズは耐久性もないため、ジョグで使うのはもったいないし、うまく走ることもできないと思う。僕自身もトレーニングでスーパーシューズは選ばない。ちゃんと自分のレベルに合ったシューズを選んでもらうため、ブランド側は駅伝向けパックとして発売する製品群にトレーニングシューズを含めている。色やデザインは選手用のレースシューズと似せることで、同じ気分を味わえるように工夫している。

WWD:選手が箱根の主役であることは大前提だが、改めてシューズを切り口にした箱根観戦の楽しみ方や、ランニングへの取り組み方などについて教えてほしい。

藤原:選手が履くシューズのために開発された最先端技術は、ゆくゆくは必ず一般向けのシューズに落とし込まれていく。ランナーではない人が履いている普段履きスニーカーのソールのフォーム素材が、実はスーパーシューズ用に開発されたものだった、ということがあり得る。誰もが必ず技術を満喫する日が訪れるので、無関係ではない。そう思って箱根の選手たちのシューズを観察すると、これまでとは違う興味もわいてくるのでは。

皆さんにはもっと気軽に走ることを楽しんでほしい。日本人は走るとなったらいきなりフルマラソン!という感じで、走ることのハードルが高い。5キロメートルの大会なら、練習不要で多くの人が明日にでも完走できるが、5キロの大会に出ることがどうも共感されづらいのが日本。24年の東京マラソンの参加人数は約3万7000人だったが、ぜひ6万人規模の大会になっていってほしいし、5キロの部も設けてほしい。ゴール地点をフルマラソンと同じに設定した5キロだったら、応援に来た人が思わず走ってしまうなんてことがあると思う。走ること自体は心にも体にもとてもいい。僕自身が、日々それを深く実感している。ランニングが選手や一部の人だけのものではなく、草の根のカルチャーとして日本に根付いていけばいいなと思っている。

【参照】箱根駅伝での
シューズ着用シェアの推移

出典:アルペングループマガジン

2016
1位 ミズノ 35.7%、2位 アシックス 28.6%、3位 ナイキ 18.1%、4位 アディダス 16.2%、5位 ニューバランス 1.4%

2017
1位 アシックス 31.9%、2位 ミズノ 25.7%、3位 アディダス 23.7%、4位 ナイキ 17.1%、5位 ニューバランス 1.9%

2018
1位 ナイキ 27.6%、2位 アシックス 25.7%、3位 ミズノ 17.6%、4位 アディダス 16.7%、5位 ニューバランス 12.4%

2019
1位 ナイキ 41.3%、2位 アシックス 22.2%、3位 アディダス 17.0%、4位 ミズノ 10.4%、5位 ニューバランス 9.1%

2020
1位 ナイキ 84.3%、2位 ミズノ 4.3%、2位 ニューバランス 4.3%、4位 アシックス 3.3%、4位 アディダス 3.3%

2021
1位 ナイキ 95.7%、2位 アディダス 1.9%、3位 ミズノ 1.4%、4位 ニューバランス 1.0%、-位 アシックス 0%

2022
1位 ナイキ 73.3%、2位 アディダス 13.3%、3位 アシックス 11.4%、4位 ミズノ 1.0%、5位 ニューバランス 0.5%、5位 プーマ 0.5%

2023
1位 ナイキ 61.9%、2位 アディダス 18.1%、3位 アシックス 15.2%、4位 プーマ 3.3%、5位 ミズノ 0.5%、5位 ニューバランス 0.5%、5位 アンダーアーマー 0.5%

2024
1位 ナイキ 42.6%、2位 アシックス 24.8%、3位 アディダス 18.3%、4位 プーマ 8.7%、5位 ミズノ 2.2%

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