大丸松坂屋百貨店は、VTuberプロジェクト“EchoVerse(エコーバース)“を立ち上げた。Live2Dアバターのデザインは、VTuberの草分け的存在として知られるキズナアイなどを手掛けたイラストレーターの森倉円(もりくらえん)が担当。公式サイト内に専用ページを設けて、2025年1月24日までVTuberタレントオーディションを開催している。
主導するのは、松坂屋名古屋店CX推進部でSNSを担当する春田真里奈さんだ。「夢に向かって全力で取り組むVTuberを育て、その成長の物語を届けたい。そのためのサポートを全力で行う」と語る。
春田さんは松坂屋名古屋店公式アンバサダー「松坂屋三兄弟」の運営を行なっている。「松坂屋三兄弟」は、21年の松坂屋創業410周年の店内展示において漫画家の藤原ゆかが制作した、松坂屋名古屋店の本館、北館、南館を擬人化したイケメンキャラクター。バレンタインチョコレート催事の告知のため1カ月限定での運用予定でXを開始したが、予想以上の反応があったことと春田さんのの強い思い入れとで、継続して専用のXアカウントを運用。食品やコスメ、アクセサリーなどオススメやイベントの告知だけでなく、地域活性化を目指し、名古屋の芝居小屋やアイドルへのインタビューや、名古屋のビジュアル系バンドなどのクリエイターたちと一緒に、昭和生まれの松坂屋CM曲をリメイクする企画の動画などを投稿している。
23年5月の名古屋店のデパ地下「ごちそうパラダイス」誕生10周年記念のタイミングで、声優の鈴木崚汰、川島零士らに声を依頼。公式YouTubeチャンネルも開設し、限定ボイス付きステッカーの配布やボイスドラマの配信、店内放送などを実施した。動画はすでに67本(公開終了20本を含む)を上げており、Xはフォロワー1万人強のアカウントに。その活動が評価され、春田さんは22年の「大丸松坂屋百貨店発明アワードTOP20賞」にも選ばれている。
「松坂屋三兄弟」は、穏やかで弟想いの長男・本一郎(中央)と俺様で兄弟想いの次男・北二郎(右)、小悪魔でお兄ちゃんっ子の三男・南三郎という設定
春田さんは、「松坂屋三兄弟」をVTuberとして活躍させ、活動の継続のため収益化を目指したいと本社DX推進部に相談。インフルエンサー事業やメタバース事業を行う同DX推進部もVTuberの存在に注目していた。「SNS、YouTubeを見ても、数百万フォロワーの配信者にVTuberがたくさんいる」と岡崎路易(るい)部長。「メタバース周りでも個人でVTuberをする人が多く出ており、一定のマーケットと活躍する土壌はできているととらえていた」。
しかし、さまざまな検討の結果、そもそもが販促目的のキャラクターとして誕生し、イラストも声優も多忙を極める人に依頼しているなど複数要因があり、活動の制限が多いことから、「松坂屋三兄弟」の収益化は断念。「本当にやりたいことは何だろう?」――改めて自問した春田さんが導き出した答えは、エンタメに正面から取り組むことだった。「見ている人に純粋にコンテンツを楽しんでもらい、それを世界に広がげていきたい。VTuberは、その人自身がやりたいことが反映された姿(キャラクター)で、自身の言葉で語れることが最大の魅力だ」。
店舗に依存しないビジネスと自社IPの開発
「おかたべ」公式YouTubeチャンネルから。無声でお菓子を取り入れたコントを公開。海外でも見られている
大丸松坂屋百貨店は、コロナ禍のロックダウンを経て、「過度に店舗に依存しないビジネスの開発」を進めている。それを推進すべく、20年にデジタル事業開発部が創設され、21年にDX推進部と改称し、現在に至る。「その文脈の中で、自社IP(知的財産)の開発も行なっている」と岡崎部長。YouTubeチャンネル登録者数32万、TikTokに22万フォロワーを持つアカウント「おかたべ」の運用や、オリジナル3Dアバター12体の発売は、そうした流れの一環でもある。「おかたべ」の成功をベースに、動画SNS運用パッケージなどのBtoBサービスも展開し、ノウハウを共有しながら、実績を積み上げている。メタバースでは3D衣装を続々発売している。
それらで得たノウハウとネットワークをVTuber事業に総動員する。「新しい事業を立ち上げるには、強いWILL(意志)を持ったメンバーが必要。春田さんに出会い、まさにこのタイミングだと考え、24年春から準備してきた」。
募集枠は1。年齢、性別の制限はなく、一次審査は書類と自己紹介動画の提出で行う。その後、複数回審査はあるが、面談は全てオンラインで、応募者はアバターを使用。本人に会わないまま合格者を決めるという。
「今回のプロジェクトでは、デビューするVTuberの成長ストーリーを見せていくことが軸になる。歌がうまいといったスキルが武器になるとは考えているが、夢があって、そのために努力ができる情熱を持った人に出会いたい。ファンに元気を届けて、周りの人たちもワクワクさせられるようなパワーを1番求めている」と春田さん。「エコーバース」の運営は、春田さんとインフルエンサー事業のノウハウとコンプライアンス視点を持つ本社DX推進部の鈴木麻育好(まいこ)さん、メタバース事業で協業しているV社のディレクター、数々の企業VTuberプロジェクトにおいてプロデューサーやマネジメント企画運営などを行ってきたメンバーの4人で担う。
「コンテンツで世界を笑顔に」
岡崎部長が審査で重視するのは、総合力、そして偏愛力だ。「強烈なカリスマ性のある方で、突破するエネルギーと圧倒的なやり込み力が必要だと考えている」。すでに100以上の応募があり、活動経験者も少なくないという。
まずは春のデビューを目指し、当面はYouTubeアカウントのチャンネル登録者数増加に注力する。収益化の目標は3年後。再生回数によるYouTubeからの広告収入、TU案件、グッズ販売、イベント開催などによって収益を得る。VTuberの人数を増やし、ゆくゆくはVTuber事務所として機能する計画だ。
さらに海外も見据える。「『おかたべ』アカウントが最初に海外でハネたのがミャンマーで、次にカンボジアだった。社員がお菓子を食べる様子を海外の人が楽しんでくれることに驚くと同時に、日本のコンテンツを世界に届けていきたいと考えるようになった。ミャンマーでバズって再生されて、われわれに収入が入る。海外に目を向けると本当に広い市場がある。私たちのコンテンツで世界を笑顔にしていきたい」。
VTuberはコロナ禍の外出控えの中で若い層を中心に人気を集めるようになり、アニメのような見た目と、ライブ配信でのリアルタイムコミュニケーションで、今、最も強力なファンダムを築く日本発の新しいカルチャーだ。大丸松坂屋が紡ぎ出すスター誕生ストーリーに期待したい。