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新潟・八海山発、スノーボード&スキーのガレージメーカー “世界に1つだけの板”で目指すクラフトツーリズム

INDEX
  • PROFILE: 永井拓三/永井社長、「ボルテージ」主宰
  • 「これは地方創生ではなく、 地方反撃です」
  • 「気分はジェイク・バートンや スティーブ・ジョブズ」
  • 影響受けたポートランドのモノ作り

PROFILE: 永井拓三/永井社長、「ボルテージ」主宰

永井拓三/永井社長、「ボルテージ」主宰
PROFILE: (ながい・たくみ)1977年生まれ、東京都出身。高校生のときに始めたスノーボードで東洋大学時代にプロになり、ワールドカップにも出場。その後、「一生雪の上に立てる仕事」を志して新潟大学大学院に進学、雪氷学で博士号取得。2002年、新潟・八海山を拠点にバックカントリーツアーガイドサービスのトライフォース(TRIFORCE)を立ち上げ。11年の東日本大震災や新潟豪雨を受けて地域の防災などにも興味を広げ、12年に南魚沼市議に初当選(現在3期目)。20年から、親子で楽しめる無料のキッズバックカントリーツアーもNOKと共同で開催。永井社長の後ろにあるのが、仲間たちと自作したプレス機

アウトドア分野を取材していると、個人でブランドを立ち上げて、自宅やアトリエ兼倉庫で自らミシンを踏んで製品を作っている“ガレージメーカー”に出合うケースは少なくない。大人気の登山ブランド「山と道」も立ち上げ当初はまさにそうだったし、トレイルランナーから支持が厚いザックのブランド「ブルーパーバックパックス(BLOOPER BACKPACKS)」などもその1つ。「モノは作るのではなく買う」という消費主義が浸透した時代に、「ほしいモノは自分で作る」という発想・選択に至ったガレージメーカーのことを、消費主義どっぷりの自分は純粋に尊敬する。

ただ、アパレルやザックといった布帛製品は、ある程度自作することが想像しやすくはある。布帛製品ではなくギアと呼ばれるようなカテゴリーになると、製法や素材についてのイメージが湧きづらく、相応の生産設備も必要だ。安全性の担保も考えないといけない。ゆえに、自作するという発想が生まれにくい。スキー板やスノーボードは、その最たる例の1つだろう。新興のスキー板/スノーボードのブランドはもちろんあるが、大手メーカーや彼らと契約する国内外の工場を使って、OEM形式で作っているケースがほとんどだと聞く。

しかし、そんなスキー板/スノーボードを、自社の生産設備で、イチから自分たちで作っているガレージメーカーが日本にあると聞いて驚いた。場所は豪雪で知られる新潟・八海山のふもと。元プロスノーボーダーで、現在はバックカントリーツアーガイド会社を経営する永井拓三(株)永井社長が主宰する、「ボルテージ(VOLTAGE)」がそれだ。訪日客増加の中、日本の地場のモノ作りを体験する旅“クラフトツーリズム”が注目を集めつつあるが、永井社長が打ち出す「世界でたった1つの自分だけの板作り」は、まさにクラフトツーリズム。訪日客を含むスキーヤー、スノーボーダーの間で徐々に認知を広げているという、八海山ふもとのガレージを訪ねた。

「これは地方創生ではなく、
地方反撃です」

「かつて新潟ではスキー板の生産が盛んでしたが、今では産業として廃れてしまった。失われたものを取り戻す。これは地方創生ではなく、地方反撃です。ここで作る板が欲しけりゃ、都会の人たちもこっちに遊びに来いよってね」と、永井社長。実は永井社長は、現在3期目を迎えた南魚沼市議でもある。言うまでもなく、地域の産業振興は、防災や医療、教育などと共に多くの地方都市が頭を悩ませている課題だ。

永井社長は約20年前から、OEM生産で自身のスノーボードブランド「ボルテージデザイン(VOLTAGE DESIGN)」を手掛けてきた。OEMから自社生産に切り替えるきっかけとなったのはコロナ禍。「カナダの工場でOEMで作っていたスノーボードが、コロナで作れなくなってしまいました。外出制限でガイドの仕事も減った。その分時間はたくさんあったから、地域の友人たちと、板を自作できないか夜な夜な話していたんです」。メンバーは、鉄工所や設備屋、自動車整備業、建具屋などを営む面々。それぞれの専門知識を生かし、21年から板の自社生産に向けた試行錯誤が始まった。

八海山ふもとのガレージには大型マシンがいくつも並んでいたが、中でも圧巻だったのが、仲間たちと自作したというプレス機だ。「ボルテージ」では、芯材となる地元産を中心とした木材と滑走面(ソール)、エッジ、布状のグラスファイバー、柄が入ったトップシートなどを重ねてスキー板/スノーボードを作っている。サンドイッチ状に重ねて樹脂で貼り合わせた後、熱と圧力をかけて固定するのがプレス機の役割だ。「大手スノーボードメーカーのブランドムービーにチラリと映り込んだ工場風景などをYouTubeで繰り返し見ながら、『こういうマシンなんじゃないか?』『こうすれば作れるんじゃないか?』と仲間と模索しました」。例えば、空気を膨らませて板に圧力をかける仕組みには、消防ホースを応用。海外の個人が、船や飛行機を自作するYouTubeなども参考としてよく見ていたという。

「気分はジェイク・バートンや
スティーブ・ジョブズ」

プレス機の他は、CADデータをもとに板に溝を彫るマシンや、廃棄予定だったものを譲り受けたという自動カンナ機、トップシートに柄をプリントするための昇華転写機など。自作したり、友人たちに都合してもらったりすることで、設備投資の大幅な削減に成功。また、金型に代えて、テンプレート(型紙)を使用しているというのも「ボルテージ」の生産上のポイントの1つ。大量生産している大手メーカーの板は金型をもとに作られるが、1つの金型を作るのに100万円以上がかかり、ガレージメーカーとしては現実的ではないのだという。そこで、テンプレートをもとに板を削って作る方式を採用した。

「コロナ前に組んでいたカナダの工場が、テンプレートでスノーボードを作っていました。日本人は精密なモノ作りを目指して金型を作りたがるけど、テンプレートだからといって、精密に作れないというわけではない」というのが、過去3年間で約300台の板を自作してきたという永井社長の持論。この仕組みだからこそ、バイオーダーで1台ずつ手作りし、カスタムにも対応しつつ、スキー板で15万4000円、スノーボードで13万2000円という価格を実現できている。今の時代は、マスプロダクションの大手メーカー品であっても、初心者用を除けば10万円前後が新作の板の相場だ。

以前はコンビニだったというガレージは、光もたくさん入って明るいムード。この場所に移ってきたのは23年の春で、それ以前はまさに古い町工場といった雰囲気の物件で試行錯誤を繰り返していた。プレス機の圧力調整に苦心し、あわや事故といった出来事もあったという。「あのころは、スノーボードの『バートン(BURTON)』をガレージで創業したジェイク・バートンや、同じくガレージでアップルを創業したスティーブ・ジョブズと同じ気分を味わっていたのかもしれません」と冗談まじりに永井社長は話すが、「夢の中にまでCADが出てきた」「考え過ぎて、食べていたアイスバーの棒がスノーボードに見えた」と、苦労のエピソードには事欠かない。

影響受けたポートランドのモノ作り

話を聞いていると、徹底したDIY精神や発明家根性に舌を巻くばかり。その源は何なのか。元々、新潟大学大学院博士課程で雪崩の研究をしていたという理系の気質も影響しているのだろうが、「実家が製本工場だったから、子どものころから工場の雰囲気が好きだったし、親父が“DIY大好きヤロー”で、その血もあるのかも」とも。

もう1つ強く影響を受けたと話すのが、小規模なモノ作りやそれによる小商いが盛んな米ポートランドの街だ。プロスノーボーダーとして「ナイキ(NIKE)」のサポートを受けていた2000年代、何度もナイキ本社があるポートランドを訪れる機会があった。そこで、「街に息づくモノ作りやDIYの精神に触れた」のだという。ガレージの本棚にはポートランドに関する書籍が複数並び、ポートランドで盛んなクラフトビール醸造にならい、どぶろく特区を目指して新潟でどぶろく作りを模索した時代もあった。「こんなことできないでしょ、作れないでしょって言われると、反骨心が湧いてやりたくなっちゃう性分なんですよね」。

取材した24年初冬の時点で、板の生産にあたっていたのは永井社長一人。材料さえそろっていれば、1日のうちにスキー板/スノーボードを1台仕上げることが可能という。自身がガイドするバックカントリーツアーに訪れた客に紹介したり、地元の観光協会にチラシを置いたりといった草の根活動で、じわじわと客は増加中。「“クラフトツーリズム”を打ち出し、23-24年のスキー/スノーボードシーズンは、越後湯沢や六日町に長期滞在している約40組の訪日客がガレージにやってきました」。ただし、永井社長はガイドや市議の仕事もあって、なかなか手が回らない。ここから目指すのは、自身以外にも職人を育てていくこと。「年間生産台数が600台になれば、売上高は1億円近くになる」とそろばんをはじく一方で、「規模の追求が第一ではない」とも強調する。「メーカーとして大きくなりたいというよりも、他のメーカーとは違うやり方で運営して、他社ができないことをやっていきたい」。

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