グレン・マーティンス=クリエイティブ・ディレクターが率いる「ディーゼル(DIESEL)」は、若者を熱狂させるファッション性を維持しつつ、責任あるビジネスの転換をアグレッシブに進めている。例えば使用するデニムの50%以上は、オーガニックやリジェネラティブ、リサイクルに置き換え、化学薬品や水の使用量を削減した加工技術にも投資する。2024年9月にミラノで開催した24-25年秋冬コレクションでは、デニムの循環性をテーマに、「ディーゼル」が描く未来に対するステートメントを発信した。同ショーに込めた思いを出発点にマーティンス=クリエイティブ・ディレクターのサステナビリティに対する考え方を聞いた。セッションのパートナーには、若い世代の心を動かすという共通点を持つ、クリエイターのkemioを迎えた。(この対談は2024年12月13日に開催した「WWDJAPANサステナビリティ・サミット2024」から抜粋したものです)
“デニムの惑星“を表現したショーに込めた思い
木村和花「WWDJAPAN」記者(以下、WWD):9月にミラノで開催された「ディーゼル」の2025年春夏コレクションのショー動画をご覧いただきました。kemioさん、いかがでしたか?
kemio:衝撃的でしたね。「ディーゼル」と言えば、ファッションもそうですが、ステージのプロダクションや音楽、インビテーション、アフターパーティーなど、さまざまな角度からファッションショーの枠組みを越えるエネルギーをいつも感じます。今回は「ディーゼル」のDNAでもあるデニムを大量に敷き詰めたランウエイで、その上をモデルたちが力強く歩くという演出から未来に対しての強いステートメントを感じました。
WWD:グレンにあのショーに込めた思いを聞いてみましょう。
グレン・マーティンス:「ディーゼル」はファッションブランドであると同時にライフスタイルブランドでもあります。つまり、ファッションの美しさを追求する以上に、私たちが掲げる“サクセスフルリビング“、くだらないことは抜きにして人生を全力で楽しもうという精神性を体現しています。「ディーゼル」では、典型的なショーはしません。大事にしているのは、人々を巻き込むこと。例えば過去には、約1万人の一般客を招いたレイブパーティーをしたこともありますし、会場にコンドームの山を作って無料で配布したこともあります。
私が「ディーゼル」に加わって4年目を迎えた今回は、ブランドのコアであるデニムを中心に構成しました。デニムは、国やジェンダー、貧富の差を超えて多くの人々が触れているという意味で最も民主的な素材とも言えます。一方で生産工程では、多くの水や化学薬品を使用する負の側面もあります。実験的なアプローチでみんなが驚く魔法のようなデニム製品を生み出してきた「ディーゼル」は今、未来にあるべき美しいデニムの姿を考え、日々技術革新に取り組んでいます。今回のショーは、その新しいデニムの姿を表現しました。
会場は工場から集めた1万5000kgデニムの端切れを床に敷き詰め、“デニムの惑星“のようなものを誕生させました。その上をモデルが歩く光景を通して、デニムとは何か、循環の可能性などについてディスカッションするきっかけになってほしいという思いを込めたんです。
WWD:ショーの後には、観客がデニムの山に飛び込んだり、自撮りをしたりと、しばらく興奮冷めやらぬといった状態でしたね。サステナビリティの話題はともするとシリアスになりすぎて、楽しいものに変換することがすごく難しい。グレンがサステナビリティをテーマに据えながらあの規模で多く人を熱狂させていた点に感動しました。そうしたショー後の熱狂も予想していたのでしょうか?
マーティンス:全くしていませんでした。私たちのショー会場はいつも熱気に溢れていてさまざまな予想外のインタラクションが発生します。2年前はショー開始前、準備を終えてみんながバックステージでスタンバイしているにも関わらず、観客が会場で盛り上がってしまい開始予定時刻になってもなかなかショーが始められなかったんです。その時は、みんなを席に座らせるために仕方なく会場の照明を全て落としました。急に真っ暗になったのでみんな驚いて叫んでいましたよ(笑)。今回の“デニムの惑星“でもみんなが本当に楽しそうにしていた光景が美しかった。「ディーゼル」は人々が楽しむためのプラットフォームです。たとえランウエイショーであってもそうなのだということが理解いただけたと思います。
デニムの50%以上を環境配慮型に切り替え「楽しみながらより良い未来を考える」
WWD:「ディーゼル」はさまざまな角度からサステナビリティに取り組んでいます。素材面では、デニムに使用するコットンの半分以上をコンベンショナルコットンからオーガニックやリサイクル、リジェネラティブなどに切り替えています。kemioさんは、こうした取り組みを知っていましたか?
kemio:「ディーゼル」のブランドイメージは、セクシーでホット。広告を通して多様性を訴えるなど、社会に対する大事なメッセージを発信していることは知っていましたが、環境面でのサステナビリティにここまで力を入れていることは正直知りませんでした。いつも店に行くと、まずかっこいいデザインに引かれて商品を手に取り、あとから環境配慮素材で作られているんだと知ることが多い。サステナビリティに詳しくないカスタマーに対しても響く、すごく自然なアプローチだと思います。
マーティンス:サステナビリティはつまらないものである必要はありません。私が「ディーゼル」に入った4年前は、リジェネラティブやオーガニック、リサイクルコットンの割合は3%程度でしたが、現在は50%を超えています。半分がよりクリーンな素材に置き換わっているということ。もちろん今も完璧ではありませんが、毎シーズン改善を重ねています。
ファッションに限らず多くのブランドが、全ての製品において自分の子供や孫の世代のために、という視点を持つことが重要でこれが責任あるビジネス、または生き方の核だと思います。デニム以外にも「ディーゼル」の水着でも、同じことが言えます。水着はストレッチや速乾性が必要なので一般的にポリエステルが使われますが、現在は全てリサイクルポリエステルに切り替えました。定番のジャージー製品にはオーガニックコットンを採用しています。素材を未来のためにより良いものに切り替えていくことは、セクシーであること、自由奔放でロックンロールなライフスタイルを送ることを妨げることにはなりません。むしろ、楽しみながらも未来を考えることが私たちの根本的な価値観です。この価値観を毎シーズン、少しずつ実現していこうとしています。
kemio:グレンはクリエイティブ・ディレクターに就任する以前は「ディーゼル」にどんな印象を持っていましたか?
マーティンス:私は昔から「ディーゼル」の大ファンでした。故郷であるベルギーのブルージュという小さな街ですら、「ディーゼル」は人気でした。15〜16歳のころ、バーで皿洗いのアルバイトをしていたのですが、「ディーゼル」のパンツを買うことを目標にお金を貯めていました。当時の私にとっては決して安い買い物ではありませんでしたが、あれが私が人生で初めて意思を持ってした買い物でしたね。
20年に「ディーゼル」に入ると決めた理由の一つは、このようなグローバルブランドであれば、より多くの人と会話ができるだろうと思ったこと。環境の話はもちろん、マイノリティーやセクシャリティーといった社会のサステビリティについても、人々の世の中に対する見方をより良いものに変えるために多くの人に語りかけたかったんです。
「ディーゼル」に加わった時、すでに“レスポンシブル・リビング“と名付けられた環境戦略が走りはじめていました。私も比較的初期の段階から参加することができました。私がしたことはその戦略に“燃料“を加えたことでしょうか。試行錯誤しましたが結果的に、4年でここまでの成果を出せたことを誇りに思っています。
WWD:デザイン工程では具体的にどのようにサステナビリティを意識していますか?
マーティンス:さまざまなレベルがあると思います。例えばランウエイで見せるショーピースは、加工やペインティングなどの表現に重きを置きます。現実的にはリサイクルは難しいですが、生産量が少ないのでより柔軟性を持って考えるようにしています。一方で世界展開する商品については、ケミカルウォッシュや過度な加工をしないことを重要視しています。激しい加工表現はレーザーやオゾンウォッシュなどの技術を使うことで、強力な化学薬品を使わず、水もほとんど使用しない方法を取り入れています。この4年間で、低環境負荷でクリエイティブなデザインを実現するためのデータベースを構築することができました。私には最高のデニムチームがいます。私は基準を提示し、チームがそれを商品に落とし込みますが、多くの場合深く議論する必要もありません。というのも、低環境負荷を前提としてクリエイティブを探求することが私たちのアプローチに組み込まれているからです。
WWD:「ディーゼル」は製品製造以外でも、販売後の製品回収プログラムやリメイクプロジェクトなどさまざまな取り組みを通して循環型経済を推進しています。そうした「ディーゼル」のサステナビリティに対する包括的な考え方を知ることができるのが、動画シリーズ「Behind the Denim(デニムの裏側)」です。ここでリジェネラティブ・コットンを題材にした回をご覧ください。
WWD:kemioさんはご覧になっていかがですか?
kemio:サステナビリティの話題は、詳しくないと関わらない方がいいんじゃないかと距離を置いてしまうこともあると思います。そんな人にとっても優しく寄り添い、コミカルに楽しく学ぶことができる内容ですね。リジェネラティブ・コットンは最近よく耳にするワードですが、土からあれだけの工夫をして今僕が着用しているデニムができていることには驚きました。
WWD:「Behind the Denim」の第1話にはグレンも登場します。その中で印象的だったのがグレンが「サステナブルな商品なんていうものは存在しない」と話し、“レスポンシブル(責任ある)“という言葉に置き換えてインタビューに答えているシーンでした。その意図を説明してもらえますか?
マーティンス:私たちが20年1月にスタートしたサステナビリティ戦略のタイトルは、「レスポンシブル・リビング」です。ここでは素材の原材料のほか、工場やサプライヤー、輸送方法など事業に関わる全てについて触れています。服そのものだけでなく、それを取り巻く全ての項目において、責任ある選択をしていくことを目指しているからです。kemioさんは「ディーゼル」に対してどんな印象を持っていますか?
kemio:今の時代、買い物は投票であるという意識が広まっているように感じます。自分が信じているものと一貫性があるからその服を買う——そんな買い物の仕方が当たり前になってきている。その中で「ディーゼル」を選ぶ行為は、自分の内側から何か熱いエネルギーが込み上げてくるような気持ちになります。
マーティンス:いつもエンパワーリングなkemioさんにそのように感じてもらえていることは光栄です。
WWD:サステナビリティは多くの人の行動変容が必要です。そのためには、人の心を動かす何かを媒介して伝えることが必要だと思います。サステナビリティとクールでセクシーは両立するのでしょうか?
マーティンス:サステナビリティは、日々の言葉や行動に根付くべきもので自己表現を妨げるものではありません。みんなが心の中に持つべき大事な価値観の1つなんだと思います。
「人は情熱を持って取り組んでいる人を応援する」
WWD:最後にこのセッションのテーマである「熱狂の生み出し方」について、2人にお伺いします。多くの人が2人のクリエイションに熱狂してきました。その理由はなんだと思いますか?
kemio:事前にこの質問をいただいたんですが、正直自分じゃ分からなくてChatGPTに聞いちゃいました(笑)。いわく、自分のユニークなバックグラウンドがいろんな人に興味を持ってもらうきっかけになっていると。コピー&ペーストですが、人は情熱を持って取り組んでいる姿を見ると応援したくなるそうです。確かにそういう気持ちは皆さんあるのではないでしょうか。僕自身、どうやったらみんなが熱狂してくれるのか計算できるタイプではないので意図的に何かをやるというよりは、自分に対して誠実に信念を持って続けることで必ず誰かが耳を傾けてくれたり、協力してくれたりするのだと信じています。
マーティンス:おっしゃる通りだと思います。だからこんなに「ディーゼル」が似合うわけですね。大胆であること、偽らないこと、自分らしく生きること、だと思います。常に人生を楽しんで、他者を尊重すること。それが「ディーゼル」が熱狂を生み出すことができる理由だと思います。
来場者とのQ&Aセッション
WWD:まず、kemioさんからどうぞ。
kemio:最近、AI技術がどんどん進化しています。今後ファッションにおいてはどのような影響をもたらすと思うかグレンに聞いてみたいです。
マーティンス:個人的にはTikTokも使えないくらいデジタルにはうといんです。ただ、まずはこの進歩を受け入れ、クリエイションにも組み込んでいかなければいけないと思っています。
質問者:私は出版社で10代向けのコミュニティーメディアを運営していて、若者にどうサステナビリティを自分ごと化してもらうかに関心があります。ブランドとしてカスタマーをどう巻き込んでサステナビリティにアプローチしていきますか?デニムに関して言えば、カスタマーが製品を洗濯し過ぎてしまうといった問題があると思います。また、kemioさんには、実践してみたい“ファン“なサステナビリティアクションはありますか?
マーティンス:私はファッションを次世代に教える立場でもありますが、実は若い世代の方が、環境・社会的意識が高く生活の中で実践していることが多いように思います。「ディーゼル」がZ世代に人気の理由の1つは、透明性だと思います。取り組みや考え方をクリアに発信することが魅力になっています。サステナブルな商品についても、少しずつでも説明をしようと努力をする。長々としたスピーチにしてしまっては、クールさやエッジィさが失われてしまう。冒頭で話したように、日常会話のトピックとしてコミュニケーションをとることが大事なのではないでしょうか。
デニムの洗濯については、一人一人がベストなバランスを見つけると良いですね。デニムは年月を経過することでより美しくなるということをもっと若い世代に理解してほしい。自分でダメージ加工をしてもいいし、パッチをつけて楽しんでもいい。自分らしくデニムに命を吹き込んでいる人たちを見るとうれしくなりますよ。問題なのはむしろ、ファストファッションを楽しんできたミレニアル世代。意識の変化が必要なのは、僕らの世代の方だと思います。
kemio:僕はいろいろな社会問題に関心を持つ入り口はなんでもいいと思います。よく分からないから抵抗を感じる瞬間も多いと思いますが、まずは関心を持ってみる。僕はサステナビリティのエキスパートではないので今回、ここに参加させていただくことを悩みました。ただここに立つことで、自分をきっかけに興味を持ってくれる人がいるかもしれない。きっかけ作りには貢献できると思って参加を決めました。きっかけはなんでもいいからスタートしてみる、が大事だと思います。
WWD:お時間になりました。本日はありがとうございました。
PROFILE: グレン・マーティンス/「ディーゼル」クリエイティブ・ディレクター

PROFILE: kemio/クリエイター、モデル

YouTube視聴はこちら