「シュタイン(SSSTEIN)」の浅川喜一朗デザイナーは、初の大舞台を前に落ち着かない様子だった。東京都と繊維ファッション産学協議会が主催するファッションコンペ「ファッション プライズ オブ トウキョウ」を受賞し、パリ・ファッション・ウイーク期間中の1月21日に現地での2025-26年秋冬コレクションのショーが決まってから、準備は完璧に進めてきた。この隙のない完璧さがコンペを勝ち抜いた要因であり、「シュタイン」の強みでもある。ショー当日も、演出からスタイリング、トップクラスのモデル、PRまで盤石の布陣を敷き、それぞれの細かい修正点も確認し、あとは本番を迎えるのみだった。ただ、当の浅川デザイナーは「ソワソワする」と漏らしながら会場を転々とし、ストレッチを繰り返している。
自然を完璧にデザインする
ショー会場には、自然光がたっぷり入るパレ・ド・トーキョー(Palais de Tokyo)を選んだ。場内には言われても気づかないほど薄いスモークを巡らせ、光との調和で心地良い空間を作り出す。今シーズンは、日常の心地良さに焦点を当てたコレクションで、服や靴、身に纏う人、人同士の会話、会話中の表情、表情を照らす光など、日常生活のささやかな点と点が共鳴し合う心地良いスタイルで表現し、自然体を完璧にデザインするという、ある種矛盾のクリエイションに挑んだ。
序盤は、グレーのカラーパレットで静謐な強さを主張する。ウールカシミヤビーバーのピークドラペルジャケットとワイドトラウザーズ、ドッキングコートやスリーブレスジャケットは、ひと目見て伝わる素材の上質さと柔らかさで、リバー仕立てのジャケットが体を軽やかに包む。さらに、カミシヤ100%のラフなシャギーニットや整然としたホワイトシャツとのレイヤードで、素材感のメリハリを加えた。「シュタイン」の代名詞ともいえるたっぷりとしたサイズ感は、上質素材との出合いでエレガントなドレープを作り出し、モデル一人一人の動きに合わせてしなやかになびく。
“ショー映え”しない服の伝え方
今シーズンの着想源になった写真集からは、浅川デザイナーが特に印象に残ったアイテムを抽出し、「シュタイン」なりのアレンジを加えた。例えば、バラクラバをマフラー風にアレンジしたり、ソフトな履き心地のニットパンツの裾にスリットを入れたり、スエードジャケットをブルゾンに仕立てたり。デニムアイテムの色落ちやダメージ感も細部まで計算しており、フレアやバギー、ワイドショーツとバリエーション豊富にそろえた。
いずれのアイテムも、一目見て分かる派手なデザインではないため伝わりにくいが、山口翔太郎による大胆なスタイリングと、浅川デザイナーが緻密に計算した静かなエレガンスが共鳴し合うことで、個々のアイテムが凛とした強いスタイルへと変わり、そのスタイル同士が柔らかな日差しと共鳴し合うことで美しいムードが広がる。ショー形式での発表には、賛否の意見があるブランドかもしれない。しかし、ルック画像を画面上でスワイプしただけでは伝わらない「シュタイン」らしいムードが、会場には確かに広がっていた。奇抜なアイデアで個性的な服作りを行うデザイナーは数いれど、「シュタイン」のようにムードを作れるデザイナーはそう多くない。フィナーレに登場した浅川デザイナーはすっかり体と表情がほぐれており、ゲストにお辞儀を2回して感謝を伝えた。
「シュタイン」に欠かせないこと
「シュタイン」にとって、パリでのショーは念願だった。コンペを受賞する前から、海外での知名度を上げるためにパリでのプロジェクトを計画していたという。同ブランドは2年前から単独での展示会をパリで開いており、現在は海外32社に卸している。徐々に広がっていく口コミと取引先に自信をつけ、今回のショーをきっかけにさらなる成長を目指す。
しかし、浅川デザイナーのクリエイションスタンスである「静かに、強く」という哲学はビジネスにも共通しており、一気に知名度を広げることはおそらく本人も望んでいない。新規の卸先とは、これまで通り深く対話していく。そのきっかけとなる場所作りとして、ショー形式の発表を選んだ。今回のショーがビジネスとしてどう機能するかは未知数である。しかし、ショーを通じて出会った新たなビジネスのパートナーやクリエイターら、多くの人を巻き込んで「シュタイン」のモノづくりのスケール、ムード作りの精度はさらに上がっていくだろう。完璧で隙がないように見えて、「シュタイン」のクリエイションの背景には“人”の温かさがあるからだ。ショー後に駆け寄って来た2人の子どもを抱きかかえる浅川デザイナーの表情を見て、そう確信した。