「ルメール(LEMAIRE)」のショーを歩くモデルたちには、パーソナルな魅力がある。それは、クリストフ・ルメール(Christoph Lemaire)が「私たちはファッションが大好きだからこそ、日常生活に根差したリアルな感覚を大切にしている」と話すように、実在する人々の暮らしに目を向け、常にそれを反映したスタイルを探求しているからだろう。だからこそシーズンごとに大きく変わることはないが、個々のスタイルを表現するための新たな提案が加わり、スタイリングにはその時々思い描くアティチュードが込められている。
「自分の存在を示し、用心深くいなければならない今を生きることの激しさ」を表現したとサラ・リン・トラン(Sarah-Linh Tran)が説明する鼓動の音とパーカッション音楽で幕を開けた2025-26年秋冬ショーは、いつもよりも強さが印象的だ。ファーストルックの女性モデルがまとうのは、タフな印象のレザーブルゾンに、ふんわりとしたミッドカーフ丈のバルーンスカートでコントラストを効かせたブラックスタイル。メンズでは、「服のアーキタイプに取り組んだ」という1970年代風のクラシックなスーツに、シアーなニットタンクやスニーカーを合わせたシンプルなルックも登場した。
カギは強さと官能性のバランス
今季は、「ルメール」らしいユーティティームードとゆったりとしたシルエットのアウターやパンツを軸にしつつ、レイヤードはいつもより控えめな印象。肩やウエストのラインを強調したデザインが特徴になる。そして、ダークトーンや褪せたようなニュアンスカラーに加えた目が覚めるようなスカーレットレッドやコバルトブルー、そしてツヤのあるレザーやコーティング素材の質感も強さの主張につながる。一方、柔らかく流れるようなシルエットやシアーな素材感もミックス。強さと官能性とのバランスを模索したという。
コレクションのデザインプロセスの背景にあるのは、ピナ・バウシュ(Pina Bausch)やマース・カニンガム(Merce Cunningham)のダンスに見られるようなダイナミックでありながら滑らかな動き。リハーサル後のダンサーたちのように決めすぎない着こなしを通してエフォートレスなムードを醸し出し、リアリティーにおける共感度を高めている。
好調なビジネスが自身をもたらす
「ルメール」は2023年にはフランス・パリの旗艦店を拡大移転し、韓国・ソウルにも伝統的な韓屋をリノベーションした旗艦店をオープン。昨年11月には東京・恵比寿の1960年代に建てられた個人邸宅を改装した旗艦店を開いた。それぞれ意匠は異なるが、どの店も温かみのあるコージーな雰囲気で、まさにブランドの世界観を体現する環境が広がりつつある。さらに、近年は服だけでなくバッグなどのアクセサリービジネスも軌道に乗っている。
それを裏付けるように、ショーの数日前には英メディア「ビジネス オブ ファッション(BUSINESS OF FASHION、BOF)」で、2019年から売上高は10倍に伸び、1億ドル(約156億円)に達していることが報じられた。ショー後の囲み取材で、ルメールは「私たちは、あまり声高なコミュニケーションもせず、ファッション界で成功するための“正しいレシピ”とされるルールを守っているわけでもない。ただ自分たちらしいことに取り組んでいるだけだ。だからこそ、(その中での成功を)とてもうれしく思っている。というのも、商業的な成功は自信をもたらすから。そして、自分たちの仕事を向上させることに役立ち、『新しいラグジュアリー』を定義することにつながるだろう」とコメント。最近は「ラグジュアリー」という言葉が使われ過ぎているとしつつ、自分たちが考える「新しいラグジュアリー」について、次のように語った。
「私たちがラグジュアリーだと思うのは、身につけたり、美しいものに触れたりするときに抱く感情。あるいは、ある種の高揚感を感じること。だから、それはもちろん社会の中で別人を装うことでもなく、見せびらかしたり、エリートに属するふりをしたりすることでもない。それよりも、自分自身のことをより良くなったように感じられることが大切だ。だから、どうすれば自信や高揚感を与えられるような服やアクセサリーを作ることができるかに、私たちはこだわっている」。