ことファッションの世界において、それはすでに手垢がつき過ぎている表現かもしれない。それでも「ヴェイン(VEIN)」ほど、デザイナーが“今の気分を落とし込んだ”服作りをするブランドは、他にないだろう。
榎本光希デザイナーの2025-26年秋冬コレクションは、ブランドのリーダーであり、父でもある同氏の内面を率直に見せた。ここ数シーズンのクリーンでミニマルなデザインを踏襲しつつも、スポーティーなムードやフォーマルな空気感をまぶして表現の引き出しの多さを発揮していた。加えて、最近の傾向として、同氏は家族や友人と過ごす時間から着想を得たパーソナルなコレクションを披露してきたが、それが今シーズンをもって、明確な“ブランドのやり方”として定着したように思える。背景にあるのは、「ヴェイン」を手掛けるアタッチメント社の環境の変化だ。24年11月、アタッチメント社は、大手繊維専門商社のヤギの子会社で「タトラス(TATRAS)」を手掛けるウィーバ(WEAVA)に吸収合併されると明らかになった。榎本デザイナーは一時は会社名がなくなることに感傷的になったが、徐々に「今あるもので頑張っていくしかない」と前を向くようになったという。「僕はクリエイションを通して社会問題にフォーカスするわけでも、アートを作るわけでもない。目まぐるしく変化する日常に感受性が全て持っていかれるからこそ、『ヴェイン』では背伸びをせず、自分をさらけ出したい」。
パーソナルなクリエイションを突き詰めて
25-26年秋冬コレクションでは、自身の息子の名前に由来する“LEAVES(葉)”をシーズンタイトルに据え、恵比寿の新たなショールームに、雑草生い茂る公園のようなセットを組んだ。そもそも「ヴェイン」というブランド名も“葉脈”に由来しており、花のように分かりやすく華やかなものでなくとも、葉のように必要不可欠なものを目指す姿勢や、外側のデザイン以上に内面や構造に重きを置くコンセプトを落とし込んでいるという。ファーストルックは、日常的にカメラで撮影していたという草木のモチーフをジャカード織りにしたテーラードジャケットに、ダークブラウンのコーデュロイパンツ。パワーショルダーでフォーマルな印象を与えつつ、ボトムスのカジュアルな素材とゆったりとしたシルエットで対極をなす。「表現の幅を広げたかった」と語る榎本デザイナーの内面を象徴するようなスタイルだ。
膝をカットオフしたパンツや、ミリタリーウエアをベースにしたブルゾン、開閉度合いもデザインになるダブルジップのパーカーなど、過去のコレクションで幾度となく登場したディテールや、ブランドのコンセプトである“構造表現主義”(=服の構造をデザインと捉える)を思わせる仕掛けも登場した。そんな中で強いアクセントを加えたのは、スポーツチームの練習着に着想した新作の“プレップウエア(PREP WEAR)”だ。胸元に「MENBERS ONLY(=メンバー限定)」と書いたスエットや、今季初めて登場したブランドロゴを配したタイトなトレーニングシャツやタイツ、Tシャツ、タンクトップなど、コレクションにカジュアルさをプラスするアイテムに仕上がっている。「子どもがバスケットボールに励むようになり、練習に付き合ううちに僕も周囲の人らと『ヴェイン バスケットボール クラブ』を結成するに至った。コミュニティーのために作ったのがこのロゴだった」。
榎本デザイナーの仕掛けはさらに続き、「自分がほしかったから作った」というラグを肩にはおったルックや、ムラ染めして同じデザインが1つとないようにしたベルトを披露した。ブランドスタート時の「ヴェイン」はストリートなエッセンスを多分に含んでいたが、シーズンが進むごとに装飾や柄を削ぎ落としてクリーンな仕上がりになりつつあった。それが今回でさらなる進化を遂げ、変幻自在なクリエイションへと到達。これまでの環境は“leave(離れる)”ものの、次のステージでもファンを楽しませてくれるだろう。