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サウンドアーティストのトモコ・ソヴァージュの人と空間に宿るエネルギーを増幅させる音楽表現 

INDEX
  • PROFILE: トモコ・ソヴァージュ
  • 「インド音楽最古の技法とエレクトロニックを融合し、偶発的な音響効果を新しい次元の楽器へと昇華する」
  • 演奏を介し、人々と空間に宿るエネルギーを増幅させる音楽表現
  • アート・音楽・ファッションを繋ぐ、伝統工芸や民藝のサスティナブル精神

PROFILE: トモコ・ソヴァージュ

PROFILE: 横浜市出身、2003年からパリ在住。06年以降、南インドの伝統的な楽器であるジャラタランガムからインスピレーションを得て、水という素材の流動性を生かした電子音響楽器、waterbowlsを考案。水と磁器の椀を調律し、それらを振動させ、通常は聞こえないに等しい小さな音を拡大し、水波が音を揺らす独自の手法を生み出す。自身のパフォーマーとしての役割は、制御可能な環境と偶然性との間で調和を探る庭師のようなものと捉えている。ヨーロッパを中心に世界各国でパフォーマンス、録音作品、インスタレーションを発表している

ファッションデザイナーで現代美術作家の髙橋大雅が立ち上げた「タイガタカハシ(TAIGA TAKAHASHI)」の後身である「T.T」は、2024年12月に「T.T I-A 02 遺物の声を聴く 応用考古学の庭」を東京・草月会館で開催した。同年4月京都祇園にオープンした総合芸術「T.T I-A(Taiga Takahashi Institute of Archeology)」に続くプロジェクトだ。

同展は髙橋が最も影響を受けた芸術家の一人であるイサム・ノグチ(Isamu Noguchi)の作品「天国」を主な展示空間とし、髙橋が収集した過去の遺物や約300点に及ぶビンテージの服飾資料と、それらから着想を得て制作した衣服や彫刻作品を公開した。ノグチが表現した抽象的な時間と空間の交錯や自然との調和を髙橋の視点で「応用考古学の庭」として再構築したものだ。

さらに今回、髙橋の作品の核を成す芸術の要素に“音の次元“を加えることの皮切りとして、水を使った音楽表現で知られるパリ在住のサウンドアーティスト、トモコ・ソヴァージュ(Tomoko Sauvage)のライブパフォーマンスが行われた。

インド音楽から着想を得たという彼女の音楽は、水を張った磁器やガラスのボウルを楽器とし、水中マイクやエフェクターなどを組み合わせ、演奏空間の特性を音響として取り入れ一体化。水や石など自然界の物質から胎内音のようなサウンドを引き出し、アンビエントや電子音楽などのジャンルを超えた新たな音楽表現を生み出した。

今回のイベントでは照明を落とした「天国」の石段をステージとし、「Lunar」シリーズからインスパイアされたという白妙の衣装で、石庭を流れる水の音やつくばい(蹲)内部の水音を増幅させ幻想的な音楽世界を展開した。

空間全体が一つの音響装置のような、静ひつながらも印象深いパフォーマンスを披露した彼女に、現在の音楽表現に至った背景や自身の創造性について、また「T.T」との共通項でもあるイサム・ノグチから受けた影響やクラフトマンシップに対する想いについて話を聞いた。

「インド音楽最古の技法とエレクトロニックを融合し、偶発的な音響効果を新しい次元の楽器へと昇華する」

――音楽活動をはじめた当初はジャズを演奏されていたそうですが、そこから現在の水を使って演奏するという音楽表現に辿り着いた経緯について教えてください。

トモコ・ソヴァージュ(以下、ソヴァージュ):パリに活動拠点を移す前はNYでジャズ・ピアノの勉強をしていたんですが、テリー・ライリー(Terry Riley)やアリス・コルトレーン(Alice Coltrane)など、アメリカの音楽家に大きな影響を与えたインド音楽に興味を持ったんです。ジャズは今でも好きですが、当初からジャズのフィールドでオリジナリティーを追求するのは難しいと感じていて、自分自身のサウンドや音楽と言えるものを模索していました。

パリに移住してからインド音楽の教室でヒンドゥスターニー音楽における即興演奏の勉強をはじめました。フランスはかつてインドに植民地を持っていたこともあり、アジア文化に非常に造詣の深い国で、インド音楽のコンサートも頻繁に行われています。

ある時パリの音楽博物館で、一晩中インド音楽が繰り広げられるイベント『インドの夜』が開催されました。最初の演者が現代音楽アンサンブルのICTUS(イクタス)で、そこにテリー・ライリーがキーボードで参加し「In C」を演奏したりと、非常にゴージャスな夜でしたね(笑)。

そのイベントで、“ジャルタラング“という南インドのカーナティック音楽で使われる古い伝統的な楽器が演奏されたんです。古代インドの性愛論書のカーマ・スートラにも記述があるインド音楽でも最古の楽器で、磁器のお椀に水を張り、その水嵩によって音程を調律しながらお椀のふちを竹の棒で叩くシンプルな打楽器です。この演奏に強いインスピレーションを受けて、次の日には自宅のキッチンで手持ちの器を使って、ジャルタラングの手法を試し始めたんです。

当時は電子音楽については全く頭になかったんですが、試行錯誤する中で偶然“水中マイク“の存在を知り、遊び心で水を張った器の中にマイクを入れてみたら、人生が変わるような衝撃を受けたんです。

――セッティングも色々なバリエーションを編み出せる印象を持ちましたが、楽器の構成なども徐々に発展していったのでしょうか?

ソヴァージュ:基本的なセッティングはオリジナルのジャルタラングに倣い、ピアノと同じように一番低い音を左側に設置します。今回のライブでは6つの器を使用しましたが、音数を増やしたい場合は器を増やすことで調整可能です。伝統的なジャルタラングの演奏では半月状に器をダブルやトリプルにセッティングすることもあります。

現在のセッティングのベースは2010年頃に完成して、基本的に変えません。水滴を使って演奏する時は、上から水滴が落ちるシステムを取り入れることもあります。

器については、最初はチャイナタウンで手に入れた安い磁器を使って演奏していましたが、2009年頃に磁器の産地として有名なリモージュという都市のセラミック研究所から、レジデンシーで磁器を作らないかというオファーがありました。

ヨーロッパにはアートを尊重する文化が根付いており、花瓶や食器など商業的な器の生産に限らず、新しい表現に挑戦しているアーティストとのコラボレーションを非常に重要だと考えているので、私の活動にも興味を持ってもらえたんです。

セラミック研究所は、基本的には著名なデザイナーとコラボレーションしてハイエンドな作品を作っているところで、私のプロジェクトにはあまり予算がつかなかったんですが、担当者のアイディアにより、ちょうど別の企画で制作されていた磁器のベルの型を半分に切り、私のボウルの型として制作を進めることができました。

しかもベルのプロジェクトは大きな予算がついていたので、音の響き方などのリサーチもされていました。それを利用できたのは本当に幸運で、今では私もベルの勉強をしていて、「ボウルは逆さまのべル」というテーマで今後の表現に繋げていきたいと考えています。

こうした経緯からセラミック研究所で様々なサイズのボウルを作ってもらい、現在のセットアップになりました。最近はそこにガラスのボウルを追加しています。

――トモコさんはご自身の楽器をエレクトロ・アコースティックと呼んでいますが、そこに込められた意味について教えてください。

ソヴァージュ:アコースティックの楽器を使っても、ショーでマイクを使った時点でアコースティックではなくなります。ですが私はマイクを楽器の一部と捉えて積極的に取り入れ、エレクトロ・アコースティックと定義しています。サンプリングした音は一切使用せず、その場で鳴らした音を増幅し、エフェクターなどで変容させるなどをして出力します。

音響の中に、スピーカーからの音をマイクが拾う瞬間に生じる“ハウリング“という現象があります。一般的にハウリングは音響上のトラブルと認識されますが、それを逆に効果として音楽に取りいれてしまおうと考えたんです。

私の演奏方法の場合、水中マイクを使用する時点でハウリングの問題がありました。ハウリングを避けるには音量を抑えなければならず、表現の限界を感じていた。ある時、このハウリングの音を美しいと感じる瞬間があり、それをきっかけに考え方を180度方向転換してみたところ、音楽表現の幅が完全に広がりました。

以前から水滴をマイクで拾ってパーカッションのように出力するなど工夫していましたが、フィードバックを取り入れるようにしてからは完全に別次元の楽器にすることができたと思っています。

フィードバックの世界は奥が深くて、部屋の音響やサウンドシステムによって完全に左右されます。演奏する環境によって音が変化するので包括的に考慮した演奏をしなければいけない。コントロールできない現象も多々あるので、逆にそれを活かす姿勢での音作りを大事にしていますね。

――コントロールできないものに対して、ライブや即興の場面で自分自身がいかに柔軟に反応できるかが重要だと感じます。

ソヴァージュ:音響のフィードバックは本番のサウンドシステムがあって初めて確認できるものです。最初は手探り状態で、ショーの最中に新たなテクニックを思いつくことが何度もありました。現在ではコントロールできる割合が高くなっていますが、それでも演奏のたびに発見があるので、やはり経験の積み重ねは大切ですね。

また、音響スタッフの方々から学ぶことも大きいです。私がやりたいことをよく理解してくれるので、アドバイスをもらいながら一緒に音響空間を作り上げていくことができます。

演奏を介し、人々と空間に宿るエネルギーを増幅させる音楽表現

――今回「T.T I-A 02」の会場となった草月会館は歴史的に日本の前衛芸術とゆかりが深い場所です。音響の観点からもインスピレーションの観点からも、演奏する空間が持つ歴史や空気感、建築特性などが重要だと思いますが、これまでショーを行ってきたなかで、特に印象深かったステージについて教えてください。

ソヴァージュ:これまで世界各地の工場跡や教会、図書館やミュージアム、フランスの市が運営するメディアテークなど、実に様々な場所でコンサートを重ねてきました。

中でも印象深かった場所は、ポルトガルのリスボンにある水博物館の一部「アモレイラスの貯水池(Reservatório da Mãe d’Água das Amoreiras)」です。ハンガリー人建築家の設計によるドーム状の天井に覆われた神殿のような建物で、内部は植物に覆われた祭壇から流れ出る水で満たされ、エメラルドグリーンの水面にステージが浮かぶ非常に美しい空間です。

また「Fischgeist」というアルバムをレコーディングしたベルリンのプレンツラウアー・ベルクにある旧地下貯水池も特別な場所です。19世紀に建てられた建物内部にはリング状のフロアが何層も重なる巨大な空間が広がっていて、中は夏でも寒いくらい。東ドイツ時代には魚を市場に卸す前の貯蔵庫として使用されていたようで、演奏している間も巨大な水槽のような建物を魚の幽霊が回遊するイメージが浮かんでいたので、アルバムを「Fischgeist(魚の幽霊)」というタイトルにしたんです。

私の演奏には室内の反響が必要なんですが、イベントのオーガナイザーがある意味クレイジーじゃないと実現できないようなフェスが好きで、何度かマニアックな屋外会場で演奏したこともあります。

イタリアのアルプス山中の廃村で公演したときは、道路が開通していないので車が使えず森を歩いて機材を運びましたし、ウガンダのナイル川源流で開催されたフェス「Nyege Nyege」も会場まで辿り着くのが至難の業でしたね(笑)。

――今回イサム・ノグチの作品「天国」をステージとして演奏されたことで、相互作用を感じたりインスピレーションを受けた要素はありますか?

ソヴァージュ:イサム・ノグチは個人的にも好きで、<彫刻作品や家具は人間と関わってこその存在であり、相関性がドラマを創出する。そのための空間を作りたい>というノグチの思想に共感しています。

私は音楽も空間と人との相関性のドラマではないかと考えていて、自分は演奏を通して空間とそこに存在する人と物を振動させ、エネルギーを循環させている。そう捉えると、私の音楽表現がノグチの考える空間に繋がるかもしれません。

2021年にバービカンセンターでノグチの回顧展が開催された際、キュレーターから依頼をいただいて「Barbican Sessions」に出演したことがあります。その時は金属の彫刻作品「Mountains Forming」と石で製作されたつくばいに直接マイクで触れて、対話するようなイメージで演奏しました。

今回の舞台となった「天国」は、上段から下段へと絶えず水が流れ落ちていく。ノグチが作ったこの水の流れを意識したパフォーマンスにしようと思いました。水路にいくつかマイクを設置し、水中にもマイクを入れる。すると通常は聞こえない隠れた音……つくばいの水たまりから泡が出る音などが増幅されて聞こえてきたんです。結果として今回もノグチの作品と対話できたのではないかと思います。

アート・音楽・ファッションを繋ぐ、伝統工芸や民藝のサスティナブル精神

――今回のショーで着用された曲線的で発光するような白い衣装は、トモコさんの水を用いた音楽表現やノグチの石庭に溶け込み、空間全体がインスタレーションのように一体化していた印象を持ちました。

ソヴァージュ:今回の衣装は「トミー・ジュスカス(Tommy Juskus)」というロンドンのデザイナーが作ってくれました。彼は「ジェイ ダブリュー アンダーソン(JW ANDERSON)」等のメゾンでキャリアを積んだ後、サステナブルなアプローチでの服作り等、自分が本当にやりたいことを模索していました。そして数年前「ミュージシャンの服を作る」というプロジェクトを立ち上げ、私に連絡をくれたんです。先ほどのバービカンセンターでのショーを控えていたタイミングで、彼とアイデアを出し合って、ノグチの世界観や作品にインスパイアされた衣装を制作してもらうことになりました。

私は貝殻等、自然界の流動的な素材を使って音を作っているので、衣装はそういうものを意識したフォルムであると同時に、ノグチの「Lunar」シリーズから着想を得たデザインになっています。

また、ファッションにおいていかにサステナブルであれるか、工芸や民藝、手仕事などの重要性についても議論を重ねました。私は常に自分の手を使って演奏しているので、自身の音作りの手法は、工芸や民藝、手仕事などと親和性がありますし、水や焼き物を使ったパフォーマンスは循環性が一つのテーマであるとも言えます。

今回のイベント「T. T」が“クラフト“というテーマを重視している点にも共感しています。“奄美の泥染“等、衰退しつつある伝統技術や産業に注目して新しい形で提示している。演奏する際に使った座布団も備長炭の墨染で、細部までデザインが行き届いていました。

私はもともと伝統工芸や民藝、クラフトマンシップに関心があって、音楽表現においても非常に影響を受けています。今回は「T. T」からインスパイアされた要素もありますし、ノグチの作品にも工芸の要素があるので、トミーがデザインした衣装をまとって「天国」を舞台に演奏できたのは素晴らしい経験でした。

PHOTOS:MASASHI URA

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