PROFILE: 毎熊克哉/俳優
初主演作「ケンとカズ」(2016年)でさまざまな映画賞の主演男優賞を受賞して脚光を浴びた俳優の毎熊克哉。話題作への出演が続く中、最近では大河ドラマ「光る君」に出演。映画「東京ランドマーク」(24年)のプロデュースと配給を手掛けるなど幅広い分野で活動してきた。そんな中、最新主演作「初級演技レッスン」で演じるのは、廃工場で演技レッスンをする謎の男、蝶野穂積。蝶野からレッスンを受ける少年、野島一晟(岩田奏)。一晟の担任教師の平沢千歌子(大西礼芳)は、レッスンを通じて不思議な体験をする。初長編監督作「写真の女」(20年)が海外でも高い評価を受けた串田壮史監督が独特のタッチで登場人物たちの内面を浮かび上がらせていく。毎熊はこのユニークな作品にどんな風に挑んだのか。そして、演技に対する向き合い方について話を聞いた。
「初級演技レッスン」で蝶野を演じて
——「初級演技レッスン」は不思議な話ですね。現実と虚構、現在と過去、いろんな要素が複雑に絡み合いながら、3人の登場人物が抱えている葛藤を描き出していきます。
毎熊克哉(以下、毎熊):完成した映画を観るより、脚本で読んだ時の方が、もっと分からなかったかもしれません。脚本を読んだだけでは、一体、どういう映画になるのか予測不可能でした。でも、僕は串田監督の作品は前から拝見していて独自の映像表現に惹かれていたので、この物語の予測不可能なところに魅力を感じたんです。串田監督はどんな風に撮るんだろうってワクワクしていました。
——毎熊さんが演じた蝶野穂積は全身黒ずくめで、ロングコートを着て長髪という謎めいたキャラクターです。撮影に入る前に監督と役について何か話はされたのでしょうか。
毎熊:特にはしていないです。変に役作りはせずに謎の存在でいた方がいいと思いました。蝶野は死神かもしれないし、一晟や千歌子を導く存在なのかもしれない。謎があればあるほど観客が謎の部分を想像してくれると思いました。串田監督もそう思ったんじゃないでしょうか。
——蝶野は感情を外に出さず表情を変えません。そんな中で、毎熊さんのちょっとした仕草や歩き方、特に目の演技が印象的でした。
毎熊:隠せば隠すほど、隠しきれない一瞬が浮き立つ気がしていて。だから感情を極力出さない、というのは大事にしていました。僕は役者のくせに表情豊かなタイプではなくて、その代わりに目の変化だったりとか、そういった細かい演技が好きなんです。自分が映画を観ていて感動するのも、そういう一瞬を観た時なんですよね。だから、この作品に限らず、そういう演技は大事にしています。
呼吸の大切さ
——蝶野の演技レッスンを通じて、一晟や千歌子が抱いていた心のわだかまりがときほぐされていきます。まるで心理療法みたいだと思いました。
毎熊:確かにそうですね。「演じる」というのは、「役を作り上げる」というイメージが強いかもしれませんが、僕は自分の奥底に向かっていくことだと思っています。蝶野が2人に「ゆっくり呼吸をしなさい」と言いますが、呼吸というのはすごく大切なんです。日常会話をする時は呼吸が浅い。呼吸が浅いと動きも浅くなるし、集中力も弱い。だから演技をする前に呼吸を整えるのは重要で、発声の練習も滑舌よりも、まずは呼吸からなんです。身体をほぐすときもストレッチより先に呼吸を整える。呼吸を整えることで心と身体が繋がって演技も違ってくるんです。
——毎熊さんは役者をする前にダンスをされていたので、身体感覚に敏感なのかもしれないですね。
毎熊:ダンスでも呼吸のことは言われますね。呼吸がしっかりできていない状態で踊ると胃が痛くなる。身体が無理をしているんですね。ダンス以外の世界、例えば武道や音楽でも呼吸は大切なんじゃないかと思います。
——呼吸は全てに通じているんですね。蝶野、一晟、千歌子は、演技レッスンを通じて不思議な関係で結ばれていきます。そして、途中から素なのか演技なのか分からなくなっていく。そういう状態を毎熊さんをはじめ役者さんたちが実際に演じて、演技が何重にも重なっています。演じていていかがでした?
毎熊:僕以上に共演した2人の方が揺れ動いていたと思います。一晟は父親のことがあるし、千歌子も触れられたくないことがありますからね。特に千歌子とのシーンは難しかったです。映画の途中から蝶野と千歌子繋がりがあることが分かってくるじゃないですか。2人はお互いに自分を演じながらレッスンをしているんです。
——そんな3人が一緒に中華料理屋に入って食事をするシーンが心に残りました。3人それぞれが自分に欠けていたものを補い合っているようでもあり、家族のようにも見えました。
毎熊:僕もあのシーンは好きですね。気がついたら、3人はそれぞれ家族のように演じている。3人が一番いい演技をしている時なんだろうなって気がします。食事をした後、1人で去っていく蝶野の後ろ姿が寂しげなのも良いですよね。
人の心を動かす演技
——この映画は、演じることを通じて自分を発見する物語ですが、毎熊さん自身は、これまで受けた演技レッスンで印象に残っているものはありますか?
毎熊:演技の勉強を始めた時に千本ノック的な練習をやったんです。言われた演技をするんですけど、「違う。もう1回」って何度もやらされる。「こうしてみろ」という風に具体的なことは言ってくれないので、どうしたらいいのか分からなくなってパニックになるんですよ。頭が真っ白になって続けていると、突然、「それだ!」って言われるんです。その時に、これまでとは明らかに違うということが身体を通して分かりました。その経験は役者をやっていく上で大きかったですね。
——何が違ったのでしょうか?
毎熊:その違いを言葉にするのは難しいのですが、誰でも人に隠していること、見られたくないものがあると思うんですよ。それを人に見せるというのは裸になるより恥ずかしいことなんです。でも、演技を通じてそれを観た瞬間、人は感動する。要するに形で演技をするのではなく、心でやれということだと思います。方法を身につけるというか、心の扉を開けるということ。自分が役者を始めたばかりで技術がない時に、それが分かったのは良かったと思いますね。
——それにしても、人に見せたくないものを、毎回見せていくというのは大変なことだと思います。それでも役者を続けるというのは、得るものも大きいということなのでしょうか。
毎熊:そうですね。しんどいこともありますが、自分ではない誰かを演じることで、演技をしていなかったら出会えなかった自分の一面を発見できる。これまで目をそらしていたことにも向き合える。そうすることで自分が成長していくんです。それは演じることの豊かさだと思います。
——そういう話を伺うと、今回の映画のように役者ではない人たちも、演技を通じて自分が抱えていた問題と向き合えるかもしれませんね。
毎熊:演技はいろんなことに活用できると思います。子供たちとか会社勤めの方が演技のワークショップをやってみるのもいいんじゃないでしょうか。演技をというのは、役者に限らずみんな日頃からやっていることなんですよ。会社にいる時、家族といる時、恋人といる時、人はそれぞれ違う自分になっている。僕は役者を目指す人から演技について教えてほしいと頼まれても断っているんですよ。役者が役者に演技を教えるものではないと思うので。でも、別の仕事をしている人たちと一緒に、演技について深掘りしていくのは興味深いし、自分にも還元されるものが多い気がしますね。
——映画の中で思いがけないところでダンスシーンが出てきますが、ダンスを学んでいたことは、演技に何か影響を与えていますか?
毎熊:ダンサーは鏡をめちゃくちゃ見るんですよ。鏡で自分の動きを確認する。そこで大切なのは「フィルターをかけないこと」。人は勝手にフィルターで補正してしまうので、できている風に見えてしまうんですよね。でも、鏡をしっかり見て、そこに写っている自分を客観的に見るようにすることで、「あの人と同じ動きをしているのに、なぜ自分はかっこよくないんだろう」って気づく。それはちょっとした動きや、呼吸の置き方の違いなんですけど、そうやって客観的に自分の身体を見る訓練をしたのは、役者の仕事に役立っているかもしれませんね。
——これから役者を目指そうと思っている人、演技に興味を持った人に、こういうことを大切にした方がいい、というアドバイスはありますか?
毎熊:演技の仕方は人それぞれで、信じるものも違うし、全然違うタイプの演技でも感動する。演技に正解ってないと思うんです。だから、やり方を学ぶよりも、もっと本質的なものを大事にした方がいい。何に感動して、何にイライラして、何に笑うのか。自分の感情をしっかり知っておくことが大切だと思います。
——まず、自分自身としっかり向き合う。
毎熊:そうです。僕は役者をやる前、つまらない映画を何本か撮ったんです。なんで、こんなにつまらないんだろうと思ったら、全部自分が好きな映画のマネなんですよ。自分が本当に撮りたいものをカメラを通して見れていなかった。役者を目指すようになってからも、同じ壁にぶつかってしまって。自分がいいと思う「型」で映画を撮ったり、演技をしても面白いものはできないことに気づきました。「型」っていうのはいろいろとやっているうちに自然にできてくるものなんです。重要なのは自分にしっかり向き合うこと。自分を知ることが、一番感動するし、そうやってできたものが人の心を動かすんじゃないかと思います。
PHOTOS:MASASHI URA
STYLING:TAKAFUMI KAWASAKI
HAIR & MAKEUP:KANAKO HOSHINO
映画「初級演技レッスン」
■映画「初級演技レッスン」
2025年2月22日から渋谷ユーロスペース、MOVIX 川口ほか全国ロードショー
出演:毎熊克哉 大西礼芳 岩田奏
監督・脚本・編集:串田壮史
撮影監督:伴徹
音楽:MATTEO RUPERTO
制作プロダクション:Ippo/デジタル SKIP ステーション
制作協力:ピラミッドフィルム
製作:埼玉県/SKIP シティ彩の国ビジュアルプラザ
配給:インターフィルム
2024年/カラー/5.1ch/ビスタサイズ/90 分
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