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チャペル・ローンが火付け役! 2025年は中世風の「メディーバルコア」や「キャッスルコア」に注目 連載:ポップスター・トレンド考察

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  • 昨今の「メディーバルコア/キャッスルコア」の美学

文筆家・つやちゃんがファッション&ビューティのトレンドをポップスターから紐解いていく本連載。第6回はチャペル・ローンやテイラー・スウィフトの影響で注目を集める中世風の「メディーバルコア」や「キャッスルコア」を紹介する。

パンデミックが転機となって、世界は後退し、過去に引き戻されているような印象を受けます。中世化しつつある、とさえ言えるかもしれません。グローバリズムは大きな行き詰まりを見せ、かつてあれほど希望を見い出されていたソーシャルメディアはいまや袋小路です。
THE NEW YORKER「Haruki Murakami on Rethinking Early Work」より。筆者訳)

上記は、2024年11月の「THE NEW YORKER」に掲載された村上春樹の発言だ。近年の武力紛争が小説の執筆にどういった影響を与えているか、という旨の質問に対する回答だが、この件に限らず、20年代の社会に対して中世との類似性を指摘する意見が昨今目につく。宗教やイデオロギーによる争いだけではない。格差の拡大、ヒエラルキーの非流動性、封建的な権力構造、社会不安のはけ口としてのスケープゴート、知と学問の断片化――あらゆる局面で、異端審問や宗教戦争、魔女狩り、領主による分権的統治や権力者による知の独占といった、中世において繰り返されてきた問題と似たような事態が顕在化してきている。

そのような状況下で、ファッションやポップミュージック、デザインの領域において、中世風のファッションをベースとした「メディーバルコア(Medieval Core)」、あるいは「キャッスルコア(Castle Core)」といったトレンドが昨年後半から浮上してきているのは当然のことなのかもしれない。アメリカの「W MAGAZINE」は昨秋、「What’s Behind the Sudden Surge of Gladiator-Inspired Celebrity Style?(突然のグラディエーター風セレブスタイルの急増にはどういった背景がある?)」という記事を特集した。その後も各国のメディアで「メディーバルコア」や「キャッスルコア」の盛り上がりが取り上げられており、Pinterestにおける関連ワードの検索数も急増しているようだ。もちろん、中世の世界観に近いものをモチーフにすること自体は特段目新しいアプローチではなく、例えば「指輪物語」関連の小説や映画作品、マノウォー(Manowar)をはじめとしたヘヴィメタルバンド、さらには国内だとMALICE MIZER(マリスミゼル)といったビジュアル系バンドなど多方面において観察されてきた。王家の内乱を描いたドラマシリーズ「ハウス・オブ・ザ・ドラゴン」にしろ、封建制や騎士道の価値観を見せる映画「デューン」にしろ、はたまた中世ヨーロッパ風のファンタジー小説としてアメリカの若者の間でベストセラーとなっている「A Court of Thorns and Roses」にしろ、昨今も中世の世界観を参照したような作品がさまざまな領域でヒットしている。この春に公開予定の「映画ドラえもん のび太の絵世界物語」が壮大な中世ヨーロッパを描いていたり、バズ・ラーマン監督が映画「ジャンヌダルク」を製作中というニュースが入ってきたりと、中世を舞台にした作品は今後もまだまだ増えそうだ。

昨今の「メディーバルコア/キャッスルコア」の美学

けれども、昨今の「メディーバルコア/キャッスルコア」といった美学は、それらとはやや異なる価値観を持っているように思われる。具体的な例をいくつか挙げていこう。このトレンドの最大の火付け役として、まずはチャペル・ローン(Chappell Roan)が挙げられる。豪華な装飾、ビーズや金・銀の刺しゅう、重厚感のあるドレープ、絞られたコルセット風のシルエットや貴族的な大ぶりのヘッドアクセサリーといった要素は、「メディーバルコア/キャッスルコア」のインスピレーション源として多く参照されている。保守的な街、そして敬虔なクリスチャンの家庭で育った彼女は、レズビアンである自身のクィアネスを抑圧され、長らく解放することができなかったという。それが、高音で感情を解き放つ歌唱法と、グラム&クィアな世界観という両者をリンクさせることによって、中世的な様式として確立され、世界中に大いなるイマジネーションを与えるまでになったのだ。チャペル・ローンのスタイリングは、貴族的である一方で、鮮やかな色彩の遊び心と親しみやすさに満ちている。ある時は闘うモードを見せながらも、同時に柔らかさや創造性も忘れない。

もう一人、テイラー・スウィフト(Taylor Swift)の影響も見逃せない。注目が集まったのは、「ディオール(DIOR)」の衣装を着てMTVビデオ・ミュージック・アワード2024に出演した際のこと。近年の「ディオール」は中世のモチーフを多用しているが、中でも25年クルーズコレクションでは、スコットランドのドラモンド城を舞台に「メディーバルコア/キャッスルコア」の要素が開花。マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)が得意とするコルセットを使ったアイテム(コルセット・ケープ)をテイラーが着用したことで、一気に注目が集まった。先の「W MAGAZINE」でも言及されているが、グラディエーターにインスパイアされたような中世のスタイルは、自らを「鎧のように守る」という意味合いも込められているのではないか――という読みがある。チャペル・ローンも然りだが、王冠や装飾の多いドレス、宗教的なシンボルといった衣装は、自己を神聖化し伝説的な物語を構築するためのエンパワーメントの役割がある一方で、ポップスターとしての自身を防御する心理と実は表裏一体なのかもしれない。ただ、そういった中にあっても、やはりプレイフルなテイストが見えるのが、今の「メディーバルコア/キャッスルコア」らしい。

UK発の新鋭バンドとして目下ブレイク中のザ・ラスト・ディナー・パーティー(The Last Dinner Party)も、象徴的な存在だ。インターネットを通じて中世からインスピレーションをもらっていると語る彼女たちは、シアトリカルなたたずまいの中に風通しの良いナチュラルさもうまく組み合わせながら、“新しい中世”の感覚を具現化している。

以上のように、昨今の中世モチーフの世界観は、単に歴史を再現するのではなく新しい自己表現の形として、これまでになかった編集感覚を打ち出している。幻想的なムードに加え、柔らかさ、親しみやすさ、そして創造性を備えた美学が、空想のインスピレーション源や現実社会からのエスケーピズムの先として多くの支持を得ているのだ。最近は国内でも、「ハリー・ポッターシリーズ」のリバイバルと呼応するように封蝋(シーリングワックス/シーリングスタンプ)のブームが起きているが、現実世界とは異なる「古き良き世界」に身を置きたいという願望、あるいは「古い書物」や「石造りの図書館」といった、ダークアカデミアへの憧憬が強まっている背景も関係しているのだろう。

ただ、中世の社会は多くの問題を抱えていたわけで――だからこそ冒頭に引用したような村上春樹の発言が出てくるわけだが――、昨今の文化領域における美学は(良い点を中心に)デフォルメしたものであるとも言える。人々は今、荒廃し中世化する社会の中で、同時に中世の良き面に対しても生きていくための美学を見い出すという、捻じれた状況に身を置いているのだ。そういった中で、「メディーバルコア/キャッスルコア」の美学は、ただの幻想ではなく現実の社会に対応する現実主義的な側面も備えている点で、決して過小評価できない動きのように思えないだろうか。かつての中世の解釈と比較し、例えばチャペル・ローンの感性は、社会を変えていく思想やアクティビティーとファッションが一体化している。中世化する世の中において、その潮流を受け入れながらも前進しようとする、彼女のような存在こそが今必要とされるポップスターなのだ。

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