長見佳祐デザイナーによる「ハトラ(HATRA)」は3月20日、2025-26年秋冬コレクションをブランド初のランウエイショー形式で発表した。ショーは東京都と日本ファッション・ウィーク推進機構が主催する「東京ファッションアワード 2025(TOKYO FASHION AWARD 2025)」受賞による特典で、ブランド設立からの15年を総括するような堂々のコレクションだった。
長見デザイナーの衣服の捉え方は哲学的だ。21年から“リミナルウエア(LIMINAL WEAR)”というコンセプトを掲げ、内向きな個人と社会をつなぎ、人を新たな体験へと誘うメディア(媒介物)として衣服の制作を続けてきた。なお、“リミナリティー”とは、旅や祝祭のような、一時的に日常と非日常を往復する状況を指す。
揺れ、瞬き、イメージを変容
今季のテーマは“瞬き”だ。アトリエ近くの隅田川を観察し、光を受けて水面の表情が次々に変化する様子に着想した。川が動くごとに人の脳内イメージが流動するように、衣服も着用者の動作に合わせて刻一刻と見え方が変わる——この状態を「ハトラ」は“瞬き”と名づけ、“リミナルウエア”との共通項を見いだした。
テーマにちなみ、軽やかな素材使いを意識した。ファーストルックは、黒一色のシフォン素材のドレス。何色もの絵の具をマーブル状に垂らしたような抽象的なプリントが印象的だ。印刷に用いたのは京セラのインクジェットプリンター「フォレアス」で、水の使用量を極限まで削減した仕組みにより、インクの重さや厚さを防ぐことができる技術だ。モデルが歩くたびにドレスの裾は揺れ、シルバーのグラスコードも薄暗い会場の中で光を反射して輝く。また、得意とする重衣料の主張は控えめに、薄手のウエアをレイヤードして作るエレガントなスタイルに挑戦した。
デジタルツールが思考を拡張する
「ハトラ」は、15年の経験に裏打ちする素材使いやデザインの引き出しが豊富で、今シーズンは長見デザイナーの創意工夫の変遷をたどるようだった。Iラインのスタイリッシュなシルエットをベースにしながら、テーラードジャケットやスラックスといったドレッシーなアイテムから、ポリエステル素材のプルオーバーやメッシュ素材のガウンとパンツ、フーディーなどのカジュアルウエア、バンドゥーやファー付きのポンチョというレディーライクなアイテムまで、スタイルは多彩だ。アシンメトリーにギャザーを寄せたトップスや構築的なAラインスカートもあり、35ルックの中であらゆるバランスを披露した。
長見デザイナーのアイデアと共に「ハトラ」のクリエイションを支えているのは、生成AI や3Dパターンソフトウエアの「クロ(CLO)」といったデジタルツールである。ニットドレスやパンツ、シフォントップスなどに映し出したSFタッチの柄は、生成AIへのプロンプトを繰り返して生み出したもの。さらに、ジャケットの前身頃やハイウエストパンツの腰回りに施した幾何学モチーフは、「クロ」で作った立体的なパターンである。長見デザイナーによると、「生成AIはその便利さがデザイナーの思考力を目減りさせるリスクがあるから、宇宙人にアドバイスをもらうような感覚で、ファッションデザインに向き合い直すためのツールとして使用している」という。
鳴り止まなかった拍手
長見デザイナーはショーを終えた感想を問われ、「あっという間に終わってしまって不安で仕方ない」とこぼした。しかし、フィナーレ後の拍手はしばらく鳴り止まなかったし、周囲のからは「鳥肌が立つショーだった」「ブランドの魅力がさらに知られることになりうれしい」と高評価だった。間違いなく、今季の東コレを代表するショーの一つだと言えるだろう。