「オメガ(OMEGA)」や「ブレゲ(BREGUET)」「ブランパン(BLANCPAIN)」「ロンジン(LONGINES)」「ティソ(TISSOT)」など、19の時計ブランドを傘下に置く世界最大の時計スウォッチ グループ(SWATCH GROUP)が3月26日、最もハイエンドな時計ブランドのひとつ「ジャケ・ドロー(JAQUET DORZ)」の、2002年から続けてきた日本における事業終了を発表した。この決定の背景には何があるのか。筆者は1990年代のインベストコープ(INVESTCORP)によるブランド復興、2000年のスウォッチ グループによるブランド買収から一貫してウォッチしてきたので、撤退に至った理由を考察してみたい。
「ジャケ・ドロー」は、オートマタで
究極のウオッチアートを追求
「ジャケ・ドロー」は、時計の歴史に燦然と輝くブランドだ。創業者のピエール=ジャケ・ドロー(Pierre Jaquet-Droz)と息子のアンリ=ルイ(Henri-Louis)は、時計史上最高の天才時計師アブラアン=ルイ・ブレゲ(Abraham-Louis Breguet)と並び称せられる存在。1738年、わずか17歳でピエール・ジャケ・ドローは故郷ラ・ショー・ド・フォンに自身最初の時計工房を設立。精巧なグランドファーザークロックの製作を出発点に、息子アンリ=ルイとジャン=フレデリック・レショー(Jean-Frederic Leschot)と共に、人を驚かせ感動させる仕掛けを備えた芸術的な時計、オートマタ(自動人形=機械仕掛けの人形やからくり装置)でヨーロッパの王侯貴族から絶大な人気と信頼を得て、不動の名声を確立した。中でも74年に発表した、ぜんまいと歯車で動く人間型オートマタ「ライター」(文字を書く)と「ドローイングマン」(絵を書く)、「ミュージシャン」(音楽を演奏する)は、世界の技術史、工芸史に残る傑作として人々を魅了し続けている。
ただ89年のフランス革命勃発直後に続いたジャケ・ドロー父子の相次ぐ死などで、19世紀から20世紀までブランドは約200年間休眠状態に。しかし、「ブレゲ」を復活・再生させた実績を持つフランソワ・ボデ(Francois Bodet)氏とインベストコープの資金力で1989年、「ジャケ・ドロー」は復活を果たす。そして2000年にスウォッチ グループ傘下となって以降、価格戦略は幾度か変更されたが、この数年は“パイヨンエナメル”のようなエナメル装飾の最高峰技術を活用した腕時計や、ぜんまいで駆動する微小なエアポンプと笛で鳥の鳴き声を、ゴールドやエナメル装飾で動く鳥の姿を再現した「シンギングバード」ウオッチなど、創業者が得意としたオートマタ機構を腕時計に組み込んだ超絶モデルで“ウオッチアート”の究極を追求。特にここ数年はローリング・ストーンズ(Rolling Stones)やボン・ジョヴィ(Bon Jovi)らのミュージシャンと彼らの音楽をテーマにしたオートマタウオッチが一般の人々の間でも話題となった。
「ジャケ・ドロー」終了
考えられる3つの理由
その中で突然の、日本での事業終了には誰もが驚いたはず。ただ筆者は2021年にブランドの運営体制が代わってから、「もしかしたら」と考えていた。今回の決断には、おそらく3つの背景がある。
ひとつの背景は、主力市場である中国を筆頭に起きている高級時計の景気後退によるスウォッチ グループの厳しい事業状況だ。固定為替レートでのグループの2024年度の総売上高は、前年比マイナス14.6%。時計・宝飾品部門(生産部門を除く)は、売上高が大幅に減少し、それに伴い営業利益率も10.6%と前年度の17.2%と比べて低水準となった。その中でも特に深刻なのは「ブレゲ」「ブランパン」など、傘下の中でも高級な時計宝飾ブランドの不振だ。同様かそれ以上のポジションに位置する「ジャケ・ドロー」の事業終了は、この高級時計ブランド不振に対する対応策、世界的な事業展開の見直し、経費削減の一貫だと考えられる。
もうひとつの背景。それは「パテック フィリップ(PATEK PHILIPPE)」「オーデマ ピゲ(AUDEMARS PIGUET)」「リシャール・ミル(RICHARD MILLE)」など、一部の超高級時計ブランドで進んでいる卸売りから直営ブティックへと転換する戦略。さらにもうひとつがネット社会の発展で起きているD to C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)というビジネススタイルの導入だ。
最低でも数百万円、主力製品は1000万円を超え、生産数の少ない時計ブランドは常に品薄状態。そこでブランドロイヤリティが高い顧客、常に新作を待ち望み継続的に購入する顧客が育っている高級時計ブランドでは、新規顧客の開拓は常に必要だとしても、富裕層へのダイレクトなマーケティング&セールスが主体になっている。
「ジャケ・ドロー」も21年にアラン・デラムラ(Alain Delamuraz)がCEOに就任してから、リテールビジネス部門を廃止し、100万円台のエントリーラインのコレクションを廃止。スイスのラ・ショー・ド・フォンにあるジャケ・ドローのマニュファクチュールと顧客がダイレクトにつながり、顧客と工房が共同でユニークピースを作り出していくという新しい方向性を打ち出してきた。
DTC環境では、実店舗や各国ごとの事業部門は必ずしも必要ではない。ふだんの顧客対応は基本デジタルで行い、リアルなマーケティング&セールスは年に数回の特別展示会や、顧客へのダイレクトなプレゼンテーションを行う体制にすれば、日本での事業本部は不要ともいえる。今回の事業終了宣言は、本社直轄のD to C体制への移行宣言だろう。
日本では「オメガ」「ロンジン」
「ハリー・ウィンストン」など好調
「ジャケ・ドロー」の日本における事業は終了するが、スウォッチ グループ全体が低調とは限らない。
024年度の年次報告書によれば、米国、日本、インド、中東の主要市場は、現地通貨ベースで過去最高の売上高を達成しているし、中国に次ぐ最大の時計市場である米国では「オメガ」「ロンジン」「スウォッチ(SWATCH)」が好調で、「ティソ」は初めて1億ドル(約150億円)の売り上げを超えた。またスイス時計にとって3番目に大きな輸出市場の日本では「ハリー・ウィンストン(HARRY WINSTON)」「オメガ」「ロンジン」「ティソ」が特に好調で、2ケタ台の高い成長を達成している。
日本を筆頭に世界の時計市場は今、世界的な景気後退の影響で、販売の主体は従来よりも価格が低い時計ブランドに移っている。加えて時代を超越したクラシックデザインで、プライス・パフォーマンスが高い、価格以上の価値がある時計ブランドにシフトしている。そのシフト先になっているのが「ロンジン」と「ティソ」だ。また「オメガ」も伝統的なスタイルと最も先進的なメカニズムを両立したブランドとして高い評価を受け、やはり価格以上の価値を実現している。高級ブランドの「ブレゲ」と「ブランパン」は不振だが、落ち込みは全世界的には大きくない。「ブランパン」は「スウォッチ」とのコラボでは成功している。