PROFILE: 篠原由起/篠原テキスタイル代表取締役社長

日本一のデニム生地生産量を誇る広島県福山市。古くから繊維産業が盛んで備後産地として栄えてきたがその認知度は低い。産地継続の危機が叫ばれて久しいが近年、産地をブランディングして産地観光を目指す取り組みが増えている。福山市でも篠原テキスタイルの篠原由起社長がその認知度を高めてシビックプライドを醸成しようと同業他社や異業種、行政と協働しながら産地をけん引する。
篠原テキスタイルは日本三大絣のひとつ「備後絣」の生産から始まり今年で創業118年目。15年前から自社で生地展開をはじめ、旧式のシャトル織機や最新のエアージェット織機を活用してさまざまな風合いのデニム生地を生産する。現在の月産量は2500反(12万5000m)。ラグジュアリーブランドから国内のデザイナーズやデニムブランドに生地を供給する。篠原社長に現在の取り組みと未来の展望を聞く。
WWD:篠原テキスタイルの強味は?
篠原由起社長(以下、篠原):生地の自社展開を始めて15年。生地メーカーとしては後発だったので、アジアの量産型工場が作らないような織りにくいものを織って価値をつくることを目指した。これまで織っていた人工セルロースの「テンセル」に加えて、経糸と緯糸の番手や素材を変えて風合い豊かな生地をつくっている。また、カシミヤやシルクのネップ糸など従来デニムに使われていなかった糸を用いたデニム生地を提案している。特にラグジュアリーブランドから評判が良く、「なんじゃこりゃ」「これはデニムなのか」という触り心地の生地を提案している。
WWD:織りにくい生地を織るのは熟練技が必要だ。どのように技術をつなげているのか。
篠原:当社もちょうど技術を引き継ぐタイミングにある。これまで「見て覚える」「手を動かしてみる」といった感覚的な方法で技術を継承してきたが、動画を撮影してマニュアル化しているところだ。中学卒業後に入社して現在74歳のベテランスタッフが機械を動かす様子や機械のメンテナンスや改造の方法を記録している。現場の技術は日々進化するし、改善が必要になってきているので技術のマニュアル化は必須だ。
WWD:自社の生産工程から生まれる残糸や端材を用いて靴下や手袋、ニットキャップやバブーシュやハンドバッグなどを提案する「シノテックス(SINOTEX)」ブランドを19年に始動した。
篠原:例えば靴下の編立は福山の老舗ニットメーカーに依頼するなど、地元企業と協働することで福山市にさまざまな技術が集積していることを訴求している。人と人がつながり、企業と企業がつながることで新たな価値を生み出したい。自社ECサイトや地元の百貨店、福山や広島の雑貨店などに卸していて、お土産的に販売している。
WWD:残糸や端材の活用以外でのサステナビリティの取り組みと成果は?
篠原:定番のデニム生地をアメリカ産のリジェネラティブコットン糸(環境再生型農業で栽培された綿糸)に変えた。欧州基準で戦うために現在GOTS認証を申請中だ。リサイクルポリエステル糸を用いたデニム生地の開発にも力を入れているが、先日出展した欧州の素材見本市では反応がいまいちで、強味の「テンセル」、カシミヤやシルクなどセルロース系繊維の反応が良かった。
工場の省エネ化も進めており、LEDへの切り替えや太陽光パネルの設置、省エネタイプの機械への切り替えなどで電気使用量は2018年に比べて約30%削減できた。近年特に電気料金も上がってきているのでコストにも効いている。
WWD:異業種・行政・教育機関との連携について、何を目指しどのように連携しているのか。
篠原:目的は福山市がデニムの町だという認知度を高めること。現在の市民の認知度は42.6%で、タオルで知られる今治ならばほぼ100%だろう。認知度を上げるために大学や高校に出向きデニムについて伝えたり小学校の工場見学を受け入れたりしている。結果は10~20年後になるが、地道な活動を重ねることで就職先の選択肢にデニム産業を残したいと考えている。こうした活動を続けると地元でマルシェに出店すると「デニム屋さんだ」となり、やり続けることでデニムファンを増やせていると感じる。
行政とは福山市が「備中備後はデニムの産地」をPRするために16年に始動した「備中備後ジャパンデニムプロジェクト」を軸に、福山の企業の成長や人材確保の取り組みを支援するための「グリーンな企業プラットフォーム事業」に参画したり、福山市と一緒に一般家庭のジーンズの回収リサイクルプロジェクトを行ったりしている。市役所や商業施設、ガソリンスタンドや銀行など市内6カ所で回収したジーンズを反毛(はんもう)して新たな生地にしてバッグにしたりしている。企業から声がかかり、「ネームプレートにしたい」という話もある。
WWD:回収から再生産する事業は手間がかかり事業として成立させるには難易度が高そうだが。
篠原:部分使いであればコストに見合う。例えば企業の制服の一部に使用し回収の取り組みに賛同してもらうなど、デニムを福山市内で循環させることで、地元での認知を高めることが目的にある。回収拠点が町中にあることで福山市がデニムの町であることを訴求できる。また「つくる責任、つかう責任、回収も日本一」になれば、一般の方にもデニムの町だという認知が広がるのではないか。
WWD:工場見学について、地元小学校の受け入れだけでなく多くの事業者も受け入れている。
篠原:バイヤーさんを対象とした工場見学ツアーは昨年30~40回ほど実施した。またスノーピークが日本各地のものづくりや文化を継承することを目的に始めた「ローカル ウエア ツーリズム」とも協働している。
WWD:2023年のG7広島サミットの「サミットバッグ」に採用された。
篠原:広島県織物工業会が製作した。企画はディスカバーリンクせとうち、染色は坂本デニム、撚糸は備後撚糸、織りは当社に加えてカイハラと中国紡織が行い、縫製は大江被服とC2が手掛けた。福山は市内で生地から製品まで作ることができる。そのほか、福山市内に6軒の医療施設を運営する医療法人徹慈会と制服づくりも始めている。当社とカイハラが素材提供をして縫製はC2が手掛ける予定だ。
また、産婦人科から退院のお祝いに提供するマザーズバッグをデニムでつくりたいという要望があるなど、今まで声がかからなかったところからも依頼があり、地道な活動の成果が見えてきている。
WWD:現在の課題は?
篠原:福山市でデニムを盛り上げるための連携はあるが、サプライチェーン全体の足並みをそろえるのが難しいとも感じている。福山市は素材や技術の町で製品ブランドが少なく、一般の人への訴求が難しい。そんな中で小売店との協働は直接生活者に届けられる一つの方法だと感じている。例えば、松屋銀座が日本のものづくりを紹介する「東京クリエイティブサロン」で紹介いただいたり、広島市拠点のセレクトショップで東京にも店舗を持つアクセが産地デニムブランド「ジャパンデニム」を立ち上げ、販売していただいたり。ただ、地元福山でも盛り上がりを作りたいので、BtoB向けの事業者が多い中でどのような仕組みにするのかを地元の地域商社などと検討しているところだ。
WWD:地域として目指すところは?
篠原:地域指名で来てくれる人が増えること。例えばシャンパーニュのシャンパン、今治のタオルといったように、業界内はもちろん一般での認知度を上げたい。