ベルナール・アルノーLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(以下、LVMH)会長兼最高経営責任者(CEO)が4月16日、パリのカルーゼル・ド・ルーブルで開かれた株主総会で、2014年度に上げた功績と、ビジネスの成功法について語った。1時間近くに及ぶスピーチで、アルノー会長兼CEOが度々強調したのは、クリエイティビティーとクオリティー、そして長期的視野の重要性。LVMHが浮き沈みの激しいラグジュアリー業界のトップでありつづける秘訣が垣間見える。
アルノー会長兼CEOは、ラグジュアリー企業にマーケティングの概念は不向きであると言い放った。「ビジネススクールで講義をすることがあるが、学生たちの多くはLVMHのマーケティング戦略について聞きたがる。『LVMHではマーケティングはしない』と説明すると、学生たちは残念そうにしているよ。LVMHへの就職を希望する人も多いが、『マーケティングがやりたいならうちには来るな』とはっきり言っている。ラグジュアリー業界はクリエイションの場であり、数字や統計の分析だけで測ることができる世界ではないのだ」。
「重要なのは知識よりも想像力」というアインシュタインの名言を引用した後でアルノー会長兼CEOは、LVMHの最大の強みは「新しいものを創造し続ける底力」であり、かつ「実用的なクリエイティビティー」を生み出すことであるという。「われわれは画家の集団ではないし、美術館に飾られるようなドレスを作ることが仕事ではない。顧客の中から『これが欲しい』という強い欲望を引き出し、われわれの商品に目を向けてもらわなければならない」という。また、「実用的なクリエイティビティー」について、昨年10月にオープンした建築家フランク・ゲーリーによる巨大なアート施設、フォンダシオン ルイ・ヴィトンを例に挙げた。「フォンダシオンこそがその信念を体現している。外から見ると息をのむような美しい建築物だが、館内は洗練されていてさまざまな用途に使うことができる」。オープンからすでに60万人以上の来場客があるこの施設はLVMHのみならず、パリ、さらにはフランスの誇りであると主張した。
「ルイ・ヴィトン」の新時代
アルノー新会長兼CEOは、ニコラ・ジェスキエール=ウィメンズ・アーティスティック・ディレクターの就任によって訪れた「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」の新時代について、「ニコラはそのクリエイティビティーとモダンな視点で“ルイ・ヴィトン・ウーマン”のイメージを刷新した」と喜びを示した。4月の「ルイ・ヴィトン」の業績も、1〜3月期の滑り出し以上の結果が得られ、4〜6月には更なる成長が期待できるという。彼が手掛けるレザーグッズが特に好調で、「飛ぶように売れている」と話す。
ジェスキエール=ウィメンズ・アーティスティック・ディレクターが初のコレクションで発表したミニ・トランクの反響も未だに大きく、高度な技術が求められ量産が難しいため、生産が需要に追い付けずにいるという。昨年、同ブランドに最も話題を呼んだカール・ラガーフェルドや川久保玲、クリスチャン・ルブタン、マーク・ニューソン、シンディ・シャーマン、フランク・ゲーリーとのコラボは「完売した」と話す。だが、需要に合わせて生産量を増やすのではなく、次の限定商品を発表することで、商品の希少性を保っている。「生産量を控えることは売り上げの面では良くないかもしれない。だが、長い目で見ればブランドの価値を高めるだろう」。近年では「ルイ・ヴィトン」店舗の新規オープンも控え、既存店のリニューアルと拡大に注力している。パリ・モンテーニュ通りに改装オープンしたショップをはじめ、バンコクやクアラルンプールの 店舗などのリニューアルが続いており、ブランドの新たな世界観を体現する空間を築いている。既存店の増床によって、坪効率の向上も見られたという。
「ルイ・ヴィトン」2015-16年秋冬コレクション ▶︎
初心を忘れない企業文化
「今、世界で最も企業価値が高いといわれるアップル社も、1997年には破綻寸前であった。ビジネスの世界では何が起きてもおかしくはない。常にクリティカルで、現状に甘んじることがあってはならない」と、築き上げたビジネスはきっかけひとつで簡単に崩れ去ることを強調した。彼は LVMHにおいて、常に自分自身への問いかけをやめることなく、慎重な姿勢を保ちつつも革新を続けるという企業文化を築いた。「3カ月先に起きることよりも、もっと先の未来に起きることを想像する方が面白い。例えば1年前、ユーロや石油価格が下落することなど予想できただろうか?われわれはこれまでの20年間続けてきた姿勢を保ち、不安定な環境に影響されない強固な基盤を築かなければならない」。
2015年度の見通しでは、中国国内消費の停滞とヨーロッパでの不安定な為替変動を懸念する一方、景気が回復したことで大幅に成長中の北アメリカに期待を寄せているという。また、中国の国内消費が減少する傍ら、顧客層は拡大し続けているという。日本でのインバウンド消費についても述べた。「円安によってアジアからの買い物客がさらに増加している。特に中国人観光客が日本でLVMHブランドの商品を購入しているのだ。3〜4年前には見られなかった現象だ」と語った。
LVMHの財産とは
デジタル戦略についてアルノー会長兼CEOは 、SNSの存在がブランドのウェブサイトへの流入につながっていると述べた。実店舗にはない効果が期待できるという。各ブランドがそれぞれのデジタル戦略を構築しており、「今後オンライン販売の比率は劇的に上がるだろう」と予測。オンラインで購入し店舗で受け取るクリック・アンド・コレクトのシステムも「ラグジュアリー商品の購入にも浸透するだろう」と話し、LVMHでも取り入れるという。昨年マルコ・デ・ヴィンチェンツォに出資している同社だが、今後数年は新たに企業を買収する可能性は低いという。一定の規模とさらなる成長の可能性を持つ「ブルガリ(BVLGARI)」や「ロロ・ピアーナ(LORO PIANA)」のようなブランドは珍しいという。「そのようなブランドは、ほとんど残っていないのかもしれない」と話す。13年に買収した「ロロ・ピアーナ」では、あえて広告宣伝を行わず、口コミ式にブランドの知名度を高めるという画期的な運営法が成功しているようだ。「グループのブランド全てに適用するのは難しいが、“宣伝が全て”という固定観念が強いファッション業界において、あえて流れに逆らった試みが成功していることをうれしく思う」とアルノー会長兼CEO。
14年にデルフィーヌ・アルノー=ルイ・ヴィトン エグゼクティブ・ヴァイスプレジデントを中心にスタートし、第2回を開催中の LVMH ヤング ファッション デザイナー プライズ(LVMHプライズ)には今年も多くの応募者があったという。「受賞しなかった人も、業界のトップ・デザイナーにクリエイションを披露する貴重な機会だ」とアルノー会長兼CEO。
最後にアルノー会長兼CEOは、「LVMHの最大の財産は人材。グループに成功をもたらしたのは皆のチームワークにほかならない。この場を借りて12万人のスタッフに感謝を伝えたい。今後も素晴らしい人材を引きつける企業であり続けることに努めたい」と話した。