マッシュホールディングスが9月1日にリニューアルオープンしたスナイデル・ルミネ新宿2店の初日売上高が、4089万円に達した。これは従来記録(約1500万円)の2倍以上の売上額であり、半年前からプロジェクトを組んで、狙って獲ったものだという。近藤広幸・社長にこのプロジェクトの舞台裏を聞いた。
WWDジャパン(以下、WWD):4000万円の売上高を狙うには、相当の準備が必要だ。そもそもこれだけ高い金額を狙うきっかけは何だったのか?
近藤広幸・社長(以下、近藤):「スナイデル」の売り上げ一番店をリニューアルするに当たり、現場のスタッフから「阪急うめだ本店が出した過去の最高記録の2倍売りたい」という声が上がった。ビックリしたけど、現場のチャレンジしたいという想いに応えるために、3000万円達成を目標に掲げることを決めた。プロジェクトチームを組み、各部門で協力しながら、半年間準備をしてきた。当日は販売スタッフ40人、その他のオペレーションスタッフも20人投入した。もちろんこれまでも新店オープンや改装の際に他部署がかかわってきたが、これだけ一斉に全部門が動いたのは初めてのことで、かなり社内に緊張が走る状態だった。創業ブランドであり基幹ブランドの「スナイデル」の、しかも、一番店のリニューアルというタイミングは、ファッション事業を始めて11年と社歴は浅いが、私たちの伝統や良さが一番引き出せる、一致団結しやすい出来事だったと思う。過去の実績の2倍をとるという仮説に向かって全員が動き始めたとき、何が起こるか見てみたかったということもある。
WWD:それまでも年間6億円以上売る好調店舗だったが、なぜこのタイミングでリニューアルをしたのか?
近藤:9月1日は新年度のスタートの日でもあり、「スナイデル」のブランドスタートから丸10周年がたち、10年プラス1年目の新しいスタートを切る日だった。初心に戻って「スナイデル」の魅力を再構築して頑張っていくきっかけにしたかった。これまで支えてくれたファンの方への恩返しと、さすが私が好きになったブランドは良いわよね、と思ってもらえるようなことがしたかった。それに、昨年は10周年ということで、本社移転に合わせて全ブランドのフロアショーを行い、これまでやってきたことを見せつけるような良いパーティーを開くことに注力してきた。11年目は謙虚にスタートし、まずは本店のリニューアルから始めることが大切だと思った。ただし、店装には失敗点もあり、反省を踏まえながら、既存店のリニューアルや新店に生かしていきたいと思っている。
WWD:どこが失敗したと?
近藤:商品も良く見えるし、使いやすいし、おおむね好評だった。けれども、什器の強度が足りないとか、フィッティングルームのエッジの部分が欠けやすいので、四隅を鉄でカバーすればよかったなと思ったり。一番修正しなければならないのは、スタッフの立ち位置の部分に、彼女たちの顔色がキレイに見えるようなライティングをするのを忘れていたことだ。修正や微調整をして、既存店のリニューアルや新店舗などに最新型店舗として導入していきたい。
WWD:商品に当てるスポットライトについて議論する会社はよくあるが、販売スタッフを照らす照明について、そこまで本気で経営者が言及しているのを初めて聞いた。
近藤:お客さまから見て一番参考になるのは販売スタッフの着こなしだ。立ち位置や重点ポイントなどについては店長をはじめとした関係者とも話していた。油断してしまった。
WWD:白を基調にした、ギャラリーのような大人っぽいイメージだが、内装のテイストを説明すると?
近藤:デザイン性を売りにした家具や照明器具、インテリアなどを扱っているような、個型のこだわりのあるショールームをイメージしている。なんてことはないのにディテールにこだわっていたり。実は、ニューヨークのソーホー地区にあるシンプルなショールームを参考にしている。直近までは分かりやすくゴージャス感を出すために大理石を使ったり、ストレートなエレガントな表現をしてきた。けれども今の時代を考えて、色の構成やディテール、こだわりなどで色気を出すようなラグジュアリーの感覚が凄く気に入っている。例えばピン角をRにするなど、随所にこだわりがあれば、ぬくもりにもつながる。塗装部分も何度も漆喰を重ね塗りしているため、色目も違うし、壁が呼吸しているから、単なる白塗りのボードを使ったのでは出せない味が出せる。そのちょっとしたこだわりや本物感の連続や積み重ねで出てくる高級感にこだわった。それが飽きの来ない感覚にもつながる。
WWD:どうやってそのソーホーのショールームと出合ったのか?
近藤:ウェブなどでいろいろリサーチしていた時に、とてもアイコニックな1枚の写真を見つけた。広くはない場所だというのはすぐにわかったけれども、なぜだかとても心惹かれて、その空間を見せてもらうことにした。白の色の感じとか、そんなにデザインが入った感じではないのに心を捉えられるのはなぜなのかとか。実際に見ることで気付きがたくさんあった。
WWD:4000万円を売るための、商品的な施策は?
近藤:価格のバランスを限定商品でとるようにするために、2万円、1万5000円、9400円、8400円の4アイテムをルミネ限定で作った。予算に応じてお客さまが楽しめるように作り、まんべんなくかなり大きくヒットした。特に、2万円の羽織コートは、ハンガーにかかっていたのが10分程度で、アイボリー131枚とカーキ100枚が1時間で売り切れた。でもこれが大きな失敗だった。せっかく長澤まさみさんに着用してもらってビジュアルまで作ったカーキがたった100枚しかなかった。少なすぎた。もし500枚仕込んでいたら、1品番で1000万円が達成できたはず。企画チームが一つ一つ本当にかわいいものを考えて作って、知恵も入ったアイテムで、プレスもPRを頑張って、接客できるスタッフをこの日だけで40人も投入して、ベルトの結び方や袖のまくり方など着せ方もわかっているプロのスタッフがいたのに。けれども、反省材料が残ったことはよかった。これだけ売り上げをとってしまったら、次はもう無理だよねと言いたくなる。でも、反省点があるからこそ、「悔しいよね」「在庫の積み方は大きな反省だよね」「もっと合理的な詰め方ができるよね」と成長の材料することができる。何よりも1日で4000万円を売ったという結果は財産になるはずだ。こういう体験を持っているところはほとんどないはず。これを財産として、強みとしていきたい。
WWD:4000万円売るための商品はどうやって31坪(約100平方メートル)の店に投入したのか?
近藤:昔から変わらないと思うが、上の階の倉庫に商品をストックし、ランナーに商品を運ばせて、という原始的なことをした。
WWD:当初は売り上げ目標3000万円と言っていたが、いつのタイミングで4000万円に上方修正されたのか?
近藤:オープン2週間前に先行受注や取り置き機能を持たせるため同じフロアでポップアップストアを展開したところ、14日間で1034万円を売り上げた。その途中で手応えを感じた店長が「3000万円は絶対に行くことが見えたので、予算をもう1000万円上げたい」と申告してきた。開店まであと1週間~10日という直前のことだったし、「無理しないで、余裕で3000万円をクリアすれば、おいしいビールが飲めるのに」なんてちらりと思ったりもしながら、「じゃあ、4000万円目指すぞ!」と。結局、4089万円で達成率は102.2%というギリギリになったが、超えてよかった。
WWD:高い目標を掲げて、それを達成するために工夫や努力をしてきたわけだが、社内のムードは?
近藤:部門を超えて興味を持って力を貸してくれたし、一致団結して盛り上がっていた。しかも、やらされている感が少ないと感じた。社歴が浅い中で、いい伝統ができた。全員のベクトルを合わせて一体感を持って力を発揮したときのパワーの出方には驚くほどのものがあった。お客さまへの伝わり方も全然違うものになったと思う。たくさんの新店をオープンしたり、リニューアルをしてきたりもしたが、さすがに今回は違った。自分が一番怖いのは、慣れであり、飽きること。上には上がいる。もっともっといいオープンはあるよね。もっといい作戦があるよね、と。各ブランドの旗艦店のリニューアルはそういった飽きや怠慢を吹き飛ばすため、それに気付くための第一歩としてこれからも取り組んでいきたい。そして、会社全体を変えるには、1店舗の大切さを改めて理解しないと、ファッション業界はダメになる。11年目のスタートに、初心に返れてよかった。
WWD:2016年8月期の売上高はいくらだった?
近藤:速報値だが、全社売上高は16%近く伸びて、600億円を超えた。「スナイデル」は国内が卸売りを入れて103億円、海外も上代ベースでは100億円を超える規模になっている。ルミネ新宿2店は3.4%増の6億1427万円だった。
WWD:今後の注目施策は?
近藤:「スナイデル パーク プロジェクト」をスタートする。「スナイデル」流の被災地支援の在り方として、被災地に公園を造っていきたい。寄付金を贈るということもできるが、それだとどんな風に使われているか分からない。だから、透明性を高めて、売り上げ全額を公園建設に充てる商品カテゴリーを作り、地域や行政などと相談しながら、2年に1つぐらいの予定で公園を造っていこうと考えた。子どもが笑顔で健康的に外で遊べるようにしたいし、色彩感覚が豊かな公園とすることで、将来ファッション事業を担う色彩感覚や造形感覚などを養うようなものを造りたい。これらのプロセスをホームページなどで報告もしていきたい。まずは売り上げの全額を寄付するイベントを10月末をメドに開催し、年末に東北地方を回って用地を探そうと思っている。負担も大きいかもしれないが、持つべき勇気だと思う。