左から「ラコ ブキア」「シチュエーショニスト」「ベッサリオン」
11月3〜7日に開催されたメルセデス・ファッション・ウイーク・トビリシ(MBFWT)でショーやプレゼンテーションを行ったブランドは41。その中で、旧ソ連時代やその後のジョージアを取り巻く環境からインスピレーションを得たデザイナーが想像以上に多かったことが印象的でした。
その筆頭は、プリントを強みにシンプルなラインに少しのデザインを加えたコレクションを発表した「ラコ ブキア(LAKO BUKIA)」 です。デザイナーのラコ・ブキアはトビリシ生まれの28歳。地元のアートスクールでファションとテキスタイルを学び、渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションでウィメンズウエアを学び卒業後、ロンドンコレでデビューし4シーズン発表しました。その後渡米し、ニューヨーク・パーソンズでプリントを学びました。実は英国での学生時代、恩師に「君はプリントが向いていると思う」とアドバイスされたことがあるようで、実際学んでみるとしっくりきたとか。そしてトビリシに戻り、プリントに特化したブランドとして、リローンチしコレクションを発表しました。
彼女自身が撮影したジョージアの風景がシルクやポリエステルで仕立てたドレスやコートにのせられ、中でも冷たいコンクリートの集合住宅を映したものが印象に残りました。「ジョージアでの生活が本当にハードで9年前に国を出たのだけれど、戻ってきて改めて自分の国が大好きだと実感したの」。旧ソ連が崩壊した1991年、彼女は3歳。その頃のジョージアは、街中を戦車が走っていたほど政情不安だった。「当時、電気もなかったのよ。5人家族で2ベッドルームに住んでいたわ」。彼女の父親は政府関係の仕事をしていて、海外旅行もしていたというから、どちらかというと裕福な家庭だった。にも、関わらず、電気なしの貧しい生活だったというのだから、当時の状況は、私たちには計り知れないし、そこから25年で急成長を遂げたのだと実感しました。
「旧ソ連時代のジョージアの人たちのライフスタイルにとても興味を持ったの。ナショナルコスチュームは、みんな思い思いにアレンジしていたし、同じ間取りの家に住んでいても、勝手に拡張したり、デコレーションして個性を出していたのよ。部屋の形まで変えていたのだから、ロンドンやニューヨークじゃ考えられないことよね(笑)」。ジョージアの街並みをプリントしたドレスのほかに、アシンメトリーなシャツドレスやワイドパンツなど、時代を捉えたアイテムも用意した。ホールセール価格はシャツで80ドル程度、ドレスで115ドル〜と値頃感も魅力で、生産はジョージア。プリントの一部はパキスタンで行っているそう。
デムナのクリエイションのルーツは旧ソ連の制服?
「シチュエーショニスト」2017年春夏コレクション
「シチュエーショニスト(SITUATIONIST)」 は、ジョージアの国旗をデザインに取り入れ、インパクトを放ちました。デザイナーのイラクリー・ウルシャゼは25歳。15歳でキャリアをスタートし、17歳の時に「シチュエーショニスト」をローンチ。ジョージアのファッション・コンシャスな人を中心に人気を集めているそう。正直、オーバーサイズのジャケットにスーパータイトなサイハイブーツを合わせたルックや、ラッフル付きのドレスなど、デムナ・ヴァザリアのクリエイションと酷似していて、あなたのオリジナリティーは何ですか?と尋ねたくなるものでしたが、若いエネルギーが確かにそこにはあって、まだ25歳ということもあり、もう少し様子を見たいと思いました。
デムナフィーリングを感じさせながらも、自分のものにしつつあったのは、MBFWTでトリを飾った「ベッサリオン(BESSARION)」 です。デザイナーのベッサリオンは、トビリシ生まれ。現在、モスクワをベースにしながらも、ジョージアの景色や、独自の伝統にインスパイアされたコレクションを提案しています。今シーズンは、ポストソビエトのアイデアからインスピレーションを広げました。旧ソ連崩壊後の国々を、さまざまな素材に見立て、それらをミックスしてコレクションを構成。ちなみに彼が常に影響を受けているのは、ジャズピアニストで歌手のダイアナ・クラール、オスカー・ワイルドの小説「ドリアン・グレイの肖像」、映画監督のウォン・カーウァイ、1990年に亡くなったトビリシ出身の映画監督のセルゲイ・パラジャーノフだとか。時代を交差しながら多様な文化をミックスするあたりがジョージアンっぽいなというのは言い過ぎでしょうか。
「ラコ ブキア」や次のコラムで紹介する「アヌーキ」 や「ラロ」など独自のクリエイションを模索しているデザイナーがいる一方で、トレンドコンシャスでデムナフィーリングの強いコレクションが多かった印象でした。MBFWTの最終日、頭を整理していたら、私と同じように今回が初トビリシだった、伊「マリクレール」のディレクターのアントニオさんが面白いことを教えてくれました。「さっき、地元TVレポーターとデムナのクリエイションについて話していたんだけれど、彼女の母親世代、つまり1960年代や70年代の女性は、デムナの提案しているような服を着ていたみたいだよ」。もし、それが本当だとしたら、MBFWTの若手デザイナーが提案しているものは、デムナのコピーというよりは、ルーツにインスパイアされたものということになります。もちろん、世界中のデザイナーたちが少なからずデムナの影響を受けているわけで、トビリシのデザイナーも例外ではないでしょうが。
そういえば、デムナは「ヴォーグ ジャパン」のインタビューで「制服が好き。若い頃多様性のない環境で過ごしたから」とユニフォームへの強い関心を話していましたし、「バレンシアガ」のクリエイティブ・ディレクターに就任直前に行った弊紙インタビューでも「ファッション・ユニフォームを提案したい」と話していました。「服の基準や伝統に疑問を持つことは楽しい」とも。となると、インスピレーションのひとつに旧ソ連時代の制服があるのもうなずけますし、それらをユーモアを交えながらモダンに表現しているのかしらと想像は広がりました。
すぐに、ファッション・ウイークのスタッフに手伝ってもらいながら旧ソ連時代、とりわけ1960年代や70年代の衣料事情についての文献や写真を探しましたが、見つからず…。「私たちの新しい歴史は始まったばかりでその年代のものはないみたい」。12月5日号の特集までにリサーチを進めたいと思いますが、すでに行き詰まっています。何か情報をお持ちに方はぜひ、編集部までお知らせいただけると助かります。
連載最終回はその他面白かったブランドをお届けします。12月5日発売のWWDジャパンは東欧・ロシア特集を予定しています。
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