ビームスには、昔から業務領域の制限を厳しく設けない風潮があるという。あえて異なる職種に踏み込むことで、それぞれの固定観念を打ち破ることができるという考え方だ。元来、プレスといえば商品のリース対応やメディアに出稿する情報の校閲といったPR業務が中心。しかし、ビームスの安武俊宏プレスは2016−17年秋冬から商品のバイイングにも携わっている。国内の展示会を回り、スタイル提案もこなす。6月にはメンズファッションの国際見本市、ピッティ・イマージネ・ウオモにも出向いた。こうした活動範囲を広げることでアップデートされた経験が、次代を読み取る審美眼を養うのだろう。
WWDジャパン(以下WWD):これまでのキャリアを教えて下さい。
安武俊宏ビームスプレス(以下安武):05年にビームスに入社して7年間、銀座店と新宿のビームスジャパンでメンズドレスの販売員として勤務した後、12年にプレスに異動しました。
WWD:プレスに異動したきっかけは?
安武:プレスを増員しているタイミングだったことと、販売員のころにショップブログやツイッターなどのSNSを管理していて、比較的PV数も良かったので、当時の上司が僕のことを情報発信好きだと思ったようで声が掛かりました。当時メンズドレスを担当している若手のプレスがいなかったということもありました。ちなみに初期はメンズ全体で2、3人だったのが、今はグループ全体で9人にも増えました。プレスへの異動は、今に至るまでのターニングポイントですね。
WWD:販売員からプレスへ異動するために販売成績は必須条件ですか?
安武:もちろん、そうですね。いずれも最終的なゴールは一緒。プレスは商品を雑誌に掲載して、バイヤーもバイイングを通じて、顧客に商品を届ける。その一連の流れで最も顧客に近いのが販売員で、販売成績が良い人は顧客の気持ちの理解度も高く、その声の代弁者とも言えます。また、ビームスとは何者なのか、どんなスタイルがビームスらしいかなど、ブランドの世界観を把握しなければいけない。日本国内に限らずセレクトショップのような業態はたくさんありますが、象徴的なスタイルは理解できても、ブランドの世界観は一定の期間、販売を経験しないと絶対に分からないですから。
WWD: 16−17年秋冬からは一部商品のバイイングにも携わっていますが、プレスがバイイングにも関わった前例はあったのでしょうか。
安武:プレスがブランド全体やシーズンを通してバイイングを行うことはありませんが、幾つかのブランドの展示会に同行して、バイヤーからアドバイスを求められることはいろいろな場面でありますね。ただ、僕の場合は扱うブランド数が多いことや、ブランド全体を考えながらバイイングしているという多少の違いはあります。
WWD:初のバイイングの感想とプレスを経験していたメリットはなんですか?
安武:意外と難しいなと(笑)。バイイングって単純に並んでいる商品をピックアップするだけだと思われがちですが、細かい部分までビームスのアイデンティティーに合うか徹底的に詰めるんです。別注まではいかないですけど、パンツの裾をもう数センチ細くとかギリギリまで。洋服への飽くなき追求です。より強いブランドイメージを作るために尽力することはどの仕事も共通していますが、背景を知ることでもの作りの本質が分かることは、同行したバイヤーから教わりました。一方で、僕の強みはアイテムごとにどんな媒体で掲載されやすいかをある程度把握していること。プレスを経験していたことがオリジナルなバイイングの指針になりました。
WWD:初めてバイイングした商品は売れましたか?
安武:正直、売れました。アイテムによっては予約の段階で完売した商品もいくつかあり、もっと数量を買い付けておけば良かったと思います。かなり自由にバイイングしていたので、いろいろアドバイスをもらえるはずが「好きなようにやれば良い」と任せてもらいました。今、ようやく結果が見え始めてきている状況なので、今後はもっと突っ込まれるかもしれませんね(笑)。
WWD:複数の職種に携わることを会社は推奨していますか?
安武:どんどんやっていけ、みたいな感じです。僕もバイイングの他に、芸能人のスタイリングも担当していて、月に2回くらい接客しています。ロケだからカジュアルにしたいといったリクエストを聞きながら、コーディネートを考えるパーソナルスタイリストの感覚に近いですね。通常、プレスが担当することは少ないと思いますが、フレキシブルな働き方を上司が認めてくれています。
WWD:「ビームス アット ホーム(BEAMS AT HOME)」の制作など、編集のような仕事にも関わっていますね。
安武:自分で作り上げていく感覚は面白くて興味深いですね。「ビームス アット ホーム」は出版社の編集担当者がいますが、雑誌作りに関われることは、カタログや雑誌広告の校正時の意識も高まるのがメリットです。ちなみに自社サイトはディレクションに関わっています。ウエブ制作の部署があるのでサイトデザインまではやりませんが、撮影時のモデルオーディションからブッキングは経験しました。あちこち事務所に電話したり、ふとした時に自分は何者なのだろうと思ったりもします。1日が展示会を回りまくって終わったときとか(笑)。
WWD:限られた時間の中で多岐にわたる業務を、どのようにやりくりしていますか?
安武:ポイントは優先順位をつけてやるということでしょうか。あとは極力、移動時間にできることはやってしまいます。メールの返信などは全部スマホでできちゃいますからね。
WWD:新しいことを始める時に不安はありましたか?
安武:特にありませんでした。上司がみんなPRを担当しながらマルチに働いてるので。佐藤(販売促進部 プレス課長)は海外案件に関わるプロジェクトに所属して、毎日そのミーティングをしたり、洋書のバイイングも担当しています。青野(ビームス創造研究所 クリエイティブディレクター/ビームス レコーズ ディレクター)はビームス レコーズのディレクションや媒体で執筆もしていて。諸岡(プレス)も芸能人やアナウンサーのスタイリングを担当しています。この前例が、今自分が幾つかの職種に携わることの大きな後押しになったのだと思います。
WWD:将来のキャリアについてどう考えていますか?
安武:具体的な職種ではないですが、物事の発端に関わっていきたいと思っています。プレスの基本業務はバイイングのディレクションを通じて、完成された商品のPRをすること。昨年、バイイングを経験してから何もない状態で一から何かをディレクションしてみたいなと考えるようになりました。バイイングだけでなく、コンセプトショップやブランドの立ち上げも含めて、あるものを作るとなった場合の一番根っこの部分に関わりたい。雑誌の企画も出版社からこういう本を作りたいという要望があって、ページ数や具体的なコンテンツを決め込んで行きますけど、企画出しの時間が楽しいですね。