国をあげての長時間労働是正が始まった
2016年8月、安倍晋三総理は「働き方改革担当大臣」を新設し、国をあげての長時間労働是正が始まった。今後、正規・非正規雇用の賃金格差の解消や、時間外労働状況の見直しなどに着手する予定で、この「働き方改革」により、労働環境が変わることが期待されている。美容業界においても、新制度の導入や働き方の環境を変える企業が増えている。そこで今回は、新たな制度や働き方を導入し、働きやすい環境を作るための工夫を行っている企業を取材した。
「制度があれば働き方も変えられる」と思いがちだが、永田瑠奈ワークライフバランス=コンサルタントは「制度によって働き方の課題を解決できた企業は一つもない」と断言する。なぜなら、一人一人の仕事内容や課題が違うため、いくら共通の制度を導入したところで解決策が異なるからだ。
そこで企業が制度を導入する上で、気をつけなければいけないことが2点ある。一つ目は“平等性”だ。制度を受けられない人からは「恩恵が受けられない」という意見が出てき、そうなると、制度を受ける側も取得を躊躇してしまい、互いの溝が深くなる。二つ目は、制度導入時に企業は社員にきちんとした説明が必要ということ。しかし「働く時間を短くしましょう」と伝えれば、コストカットではないかと社員は感じ、不信感を持つ。「時間当たりの生産性を高めていきたい」と、企業は制度導入の背景をきちんと伝える必要がある。
今回取材した企業のほぼ全てに共通し、永田コンサルタントも強く主張するのは、「作った制度は完璧ではなく、より良くするために改善し続けなければいけない」ということだ。ユニリーバでは、制度利用者にアンケートを行い、制度を利用した感想や要望などを集めており、ロレアルでは定期的に制度の利用者である美容部員の声を聞く機会を設けている。“生の声”などを踏まえ、制度も進化させなければいけないのだ。
さらに、働き方を変えるためには制度だけではなく、制度を受ける側の意識の変化も重要である。「時短制度がないから変えることはできない」と嘆く前に、1分、1秒の仕事の精度を上げ、“まずは1日5分早く帰宅する”といった、小さな改善活動の積み重ねを行うことで働き方を変えることはできる。そうして空いた時間に健康面の管理やさまざまな経験からインプットを行い、それらを仕事でアウトプットし、パフォーマンスの高まりにつなげるといった好循環を生んでいく。そういった人材を作るために、企業は経営戦略としてワークライフバランスを取り入れるべきだろう。
特に、美容業界は女性が多いことが特徴であり、女性には結婚、妊娠出産さらには介護まで、時間の制約が生まれるケースが少なくない。そのため、他業界に比べて美容業界はいち早く短時間で生産性を高める働き方にシフトしなければならない。また、長く働き続けたいと思う女性を確保するには、“今ある環境が魅力的で、入りたい”と思える環境を整えていかなければならない。その一つが、“時間の制約があっても働き続けられる環境”である。美容業界の人材確保のためにも、今、働き方改革が必要である。
READ MORE 1 / 2 ユニリーバは会社以外の場所でも勤務可能
ユニリーバ
会社の制度
1.平日6~21時の間で自由に勤務時間や休憩時間を決められる
※1日7時間35分×1カ月の労働日数が、所定労働時間
2.工場を除く全社員が対象で期間や日数の制限なし
3.理由を問わず、会社以外の場所で勤務可能
※新人事制度「WAA」
制度は強制ではなく、あくまで選択肢の一つ
「人生あっての仕事」であり、「ライフスタイルを楽しみ、豊かな人生を送ってほしい」と、働く時間や場所を選択できる新人事制度「WAA」(Work from Anywhere and Anytimeの略)を7月に導入したユニリーバ。約4カ月が経ち、制度対象者(約380人)にアンケートを行ったところ、「回答者の88%が利用したことがあるという結果を得た。中でも、2週間や1カ月につき1~2回の利用が多かった」と語るのは柳原美穂HRマネジャーだ。
“いつ、どこで働いてもOK”というシステムが話題を呼び、導入後、対外説明会を月1回行っている。「説明会では『管理や評価はどうしているのか』という質問が多い。当社は、“制度を使って何をしたいのか”を大切にしている。社員一人一人の実現具体的な職務内容や責任範囲、目標や、評価の仕方が不明確だと、「WAA」を導入しても逆に生産性が下がる可能性があると説明している」。また、同社ではWAA導入前から、フレックスタイム制度(05年)や月8日程度の在宅勤務制度(11年)を取り入れていた。それらがあっての新制度導入のため、大きな混乱はなかった「。制度は強制ではなく、あくまで選択肢の一つ。社員には、パソコン上で予定をシェアすることをお願いしている。また、仕事上、顔を合わせた方が効率の良い時もある。そんな時は『この日は必ず出勤』と上司が判断することもある。制度導入以前から、各業務や目標設定は明確にしてきた。そのため、仕事で成果を出す責任は変わらず、“働いている風”にごまかす必要はない。通勤時間を仕事にあてられるので、クオリティオブライフにもつながっている。
西井さつき/マーケティング ホーム&パーソナルケア アシスタント ブランド マネジャー
PHOTO BY TAKAO OHTA
西井さんのとある1日
9:00 帰省中、資料作成
12:00 ランチ
13:00 資料作成
14:00 シンガポール拠点のグローバルチームとの会議にスカイプで参加
15:00 私用で外出
16:30 製品開発チームとの
会議にスカイプで参加
18:00 夕食
19:00〜21:30 資料作成
帰省や旅行となると、有給を消化するのが普通だが、「WAA」はそういった状況でも使用できます。特に帰省中などは時間が空くことも多く、その時間に仕事をすることができる。「WAA」の導入で、より臨機応変に仕事ができるようになりました。
READ MORE 2 / 2 従業員満足度5段階評価中5が7割!!日本ロレアルの取り組み
ロレアル
「ラブ&ケアプロジェクト」のロゴマーク。社内従業員の7割が満足するなど制度は好評だ。好評の理由には、実際の声がすぐに制度化するスピード力がある
会社の制度
1.1日3時間半以上、週2日以上勤務の柔軟な働き方(一定基準を満たした美容部員を対象)
2.妊活支援(一定基準を満たした美容部員を対象、不妊治療など妊活のための時短勤務)
3.介護休業半年間、介護時短3年間、育児時短制度(10歳まで)
4.美容部員1300人が対象…など
人事制度はロレアル美容部員のみ対象だが、フェイスブックへの参加や美容部員パーティーへはデパートメントストア美容部員500人も対象
お客さまの満足度につなげることが終着点
「世界のロレアルの中でも、日本は一番働き方改革が進んでおり、成功事例として各国に紹介されるほど」と語るのは、松下奨平・日本ロレアル人事本部HRマネージャーだ。同社では「ライフステージに合わせて働き方を選択」をコンセプトに、美容部員を対象に「ラブ&ケアプロジェクト」が2014年に立ち上がった。「出産や育児といった女性のぶつかる壁を制度化し、働きやすい環境、モチベーションを高く働ける環境を整えるのが『ラブ&ケアプロジェクト』。 15年に制度がスタートし、育児時短は多くの人が利用している。今年4月からは妊活支援と介護支援が始まり、社内の反応は好評で、年に一度行う従業員満足度調査でも 5段階評価中、最高の5が全体の7割だった」と語る。
プロジェクトで重視したのは「働きがいのある魅力ある職場」「長く続けられる職場」の2つ。「ワークライフバランスのとれる環境を作るために、まずは全国の美容部員に会いに行き、実際の課題や要望など生の声を聞いて回った」と振り返る。例えば、妊活については時短も選択できるが、一度会社から離れたいとの声も多く、退職後も 3年間は復職できる「ウェルカムバック制度」を導入。美容部員の声が、早ければ約3カ月後には制度化するというスピードに、会社への信頼度が高まるというプラスもあった。「立ち上がりから約1年で制度を充実させるスピード力は、会社として美容部員を大切にする表れ。また、プロジェクトが社内の最優先事項として位置付けられていることや、プロジェクトメンバーが各ブランドのトップ、月に1度のミーティングなどの組織体制がスピードにつながっている」。
制度は妊活、育児、介護などライフステージに合わせ、年齢を問わずバランスよく作るなど平等性を大事にした。また、一度作った制度は決して完璧ではなく、「制度自体を進化させることが必要」と語気を強める。「長く働ける環境にすることで美容部員の満足度を高め、お客さまにより良いサービスを届けられる。お客さまの満足度を上げることを最終の着地点にしている」と話す。
育児時短利用の美容部員の一日
6:00 起床
8:00 子どもを保育園へ
9:00 開店準備
12:00 ランチ
13:00〜15:00 接客と夕方の繁忙時前準備
16:00 帰宅
17:00 子どものお迎え
20:00 子どもの寝かしつけ
21:00 自分の美容タイム
23:00 就寝
遅番勤務や土日勤務をする場合もある。日中の業務はお客さまへのカウンセリングなどが中心となる