コロネットは2017年春夏から、ハンガリーブランド「エアロン(AERON)」を本格展開する。同ブランドは、立ち上げから5年という若さながら、世界15カ国以上で展開。日本ではもともと取り扱いのあったロンハーマンに加え、バーニーズ ニューヨーク全店(レザー製品のみ)など約40の取引先が発売する。日本上陸にあたり来日したデザイナーのエスター・アーロンと、ヴィヴィアン・ラズロフィー最高経営責任者(CEO)に話を聞いた。
WWD:ブランドを立ち上げた経緯は?
エスター・アーロン(以下、エスター):18歳でファッションデザインの学校を卒業し、直後にハンガリーのブランドでデザイナーとして働き始めた。そのうちいくつかはグローバルブランドで、合計10年くらい経験を積んだ。その後、「エアロン」立ち上げのチャンスに恵まれ、ヴィヴィアンや、広告会社の友人らとブランドを設立した。
WWDジャパン(以下WWD):ブランドのコンセプトは?
ヴィヴィアン・ラズロフィーCEO(以下、ヴィヴィアンCEO):コンセプトは“グローバルウーマンのための服”。強い個性を持ち、知的で、エフォートレスでミニマルなルックを好む女性のためのブランド。世界中どこにいても、「エアロン」の服を身に着けるだけで、インパクトのあるルックに仕上がる。そういうブランドを目指している。
WWD:ブランドの強みは?
エスター:チームのメンバーが互いに支え合い、密に連携を取りながら、それぞれの仕事をしていること。必要な情報を共有しながら業務を進めることで、クリエイティブ面だけでなく、経営管理や財務などのビジネス面についてもしっかりとした戦略を持って動けている。
WWD:出身国でもあり、「エアロン」が拠点とするハンガリーはどのような国?
ヴィヴィアンCEO:首都のブダペストは歴史的な都市。第二次世界大戦後は長い間共産主義体制だった。私達のブランドは、このブダペストから大きな影響を受けている。「エアロン」はハンガリーブランドとしては最大規模なので、他の新進ブランドの見本になる責任を感じている。ハンガリーブランドとして最初にブレイクできたら嬉しい。
エスター:コレクションの中にはハンガリーの文化にインスパイアされたものもある。私達はハンガリーの伝統を再解釈し、コンテンポラリーに作り変えてきた。袖の刺繍などディテールにこうした要素を散りばめている。
WWD:ヴィヴィアンCEOはアメリカでも働いていたが、外から見たブダペストの魅力は?
ヴィヴィアンCEO:国の歴史のせいか、他国と比べるとハンガリーのファッションは非常にエレガントだ。祖母や母親もそうだったし、1960~70年代まではエレガントな装いが主流だった。一方、今の若い世代はよりオープンで、気軽で、実験的なスタイル。これはとても大きな変化だと思う。コンサバから離れて、よりオープンマインドになっているので、「エアロン」にとっても追い風と感じる。ブダペストは「東のパリ」と言われるくらい美しい都市。戦争で多くの街並みが破壊されたけれど、若者たちがファッション、アート、デザインなど様々な面から街を盛り上げていこうというムードが感じられる。もともとの伝統的なエレガンスともあいまって、その融合がとても魅力的。
WWD:なぜブダペストのファッションが今になって花開き始めたのか?
ヴィヴィアンCEO:国の政治的な要因が大きいと思う。ハンガリーは第二次世界大戦後、約50年に渡り共産主義体制だった。資本主義に移行したのは1990年なので、他の国々に追いつくのに時間がかかっているのだと思う。90年以降、グローバル化が進んで世界中の情報にアクセスし、旅行もできるようになり、そこで得たものをハンガリーに持って帰れるようになった。それが今になって効果を発揮し始めている。
エスター:私の祖父は洋服の仕立屋で、母親はテキスタイル工場に勤めていた。共産主義時代は輸入量も制限されていて、販売できるテキスタイルの量も限られていた。90年代の体制転換を機に、多くの国際的な企業がブダペストに進出し始めた。オーストリアに近いという地理的な要素も進出を後押ししたようだ。
WWD:「ヴェトモン」のデザイナー、デムナ・ヴァザリアの出身国であるジョージアについてはどう考えているか?
ヴィヴィアンCEO:発展という意味で言えば、ハンガリーよりは後れを取っていると思う。彼らは抑圧されてきた期間も長いし、時間がかかるだろう。でも彼らのことは尊敬しているし、国からの投資も厚い。彼らのやり方は非常に賢いけど、ハンガリーとは少し違う。ジョージアの隣はロシアだし、西洋諸国とも国境を接していない。ハンガリーは2時間ドライブすればオーストリアに行ける。そういう意味で私達は地理的にも恵まれている。
WWD:政治的、社会的、経済的な「制約」がファッションデザインに影響を及ぼすこともあると思うが、「エアロン」の場合はどうか?
エスター:私は制約を感じたことがなかった。家業の影響で小さい頃からいろんな国を旅していたから。母もさまざまな国を旅していて、すごく洗練された雰囲気だったし、ファッションに関しても先進的だった。私も現代風に育てられたし、母が諸外国から持ち帰ってきた国際的なものに囲まれて育った。母の兄弟がロサンゼルスに暮らしているから、そこへ行くことも多かった。近隣のドイツやイタリアも。こうした幼少期の経験は「エアロン」にも反映されていて、だからこそ私達は“グローバルウーマン”のために服を作っている。
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