PHOTOS BY HIROYUKI KUMAGAI
2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市でスタートした、気仙沼ニッティングという手編みニットの会社がある。編み手と顧客の“距離が近い”高品質のセーターが人気で、なかでもオーダーメードのカーディガン“MM01”は、約15万円という価格帯ながら現在購入は1~2年待ちだ。
初年度から増収増益を続ける企業をゼロから立ち上げたのが、31歳の御手洗瑞子・社長だ。彼女は、マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントを経て、ブータン政府で“首相フェロー”という職位の外国籍公務員として勤務するなど、異色の経歴の持ち主でもある。
震災当時は、ブータン政府に勤務しており「観光局のカフェテリアにいて、東京の知人からの一報で震災を知った。でも、この地震が東北を中心に起こり、凄まじい被害をもたらしていることが分かったのは、日が暮れてから。PCのディスプレーから流れてくる映像に心が潰れそうになり、同時にブータンと日本の間にある距離がもどかしくなった。そこから、今は日本人として、日本のために働くべきではないかと考えるようになった」という。
その後、同年8月で終わるブータンでの任期を更新せずに帰国。東北の自治体で、コンサルタントとして産業復興に関する仕事に携わった。震災から1年も経たない東北では、道路や建物が壊れ「その光景に圧倒されただけでなく、多くの人が職を失っていた。被災した地域の人々と話をしていると、仕事がなく、自分の足で立つことのできない状況というのは、これほど辛く、自尊心を失うものかと痛感した。長い目で考えると、被災した地域が復興していくためには、自立して生活できる循環を取り戻すことが必要だと思った」。
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気仙沼と編み物の親和性
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そんなときに、ブータン時代から親交のあった糸井重里・ほぼ日社長に「編み物の会社をやりたいのだけれど、社長をやらないか」と話を持ち掛けられた。突然の誘いに悩んだが、12年にプロジェクトとして気仙沼ニッティングをスタート。
遠洋漁業が盛んな気仙沼市では、漁網を繕って直す技術が発達している。手先の器用な女性が多いことや、大規模な工場は必要とせず毛糸と針さえあればすぐに事業を始められることが、一見唐突とも思えるプロジェクト立ち上げの決め手になった。
さっそく御手洗社長らは、気仙沼市で編み物のワークショップを企画。編み物の得意な地元の女性たちに声をかけて、編み手を集め、さらに技術を磨く練習を重ねた。それと平行し、編み物作家の三國万里子などとともに、フィッシャーマンズセーターの産地である、アラン諸島を視察。帰国後、京都の毛糸メーカーと共同で、糸の制作を開始した。羊毛を選ぶ作業から始め、試行錯誤の末に「これが私たちの信じる、最高の毛糸」と言えるものに辿りついたという。
素材やデザインはもちろん、顧客のために編み手が一対一で編んでくれるというストーリー性が刺さり、ファーストシーズンは4着の抽選販売に対し、100件以上の申し込みがあった。現在も、都市型の富裕層ではなく、全国の幅広い年齢層の顧客から徐々にオーダーが増えている。
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高価格のニットに込めたビジネス戦略
15万円という高い価格設定にも、小さい企業規模で確実に黒字化するための施策が隠されている。「1着編むのに、50~60時間ほど手間がかかるので、この価格設定でなければ事業として成立しない。でも、手間がかかっているだけでは、値段が高い理由にはならない」と、材料にも素材にもとことんこだわった。また、「働く人が、誇りを持てる仕事を気仙沼に作り、それを持続させるため、法人化して早い時期から利益がでる事業モデルを作る必要があった。一着ずつ手編みするセーターは、変動比率が非常に高い事業。固定費が高い大量生産ではないので、数百枚単位で売れなくても確実に利益が出る」。
14年には、気仙沼湾を見渡せる丘の上に気仙沼ニッティングのショップ「メモリーズ」をオープン。商品を並べるだけでなく、奥の空間には編み手が在中し、直接セーターが編まれる様子を見たり、お茶を飲みながら話したりすることができる場所も作った。
現在、オーダーメードのカーディガン“MM01”だけでなく、約7万円の既製ニット“エチュード”など、4型のオリジナルモデルをラインアップ。「サイモン ミラー」や「ハーヴェイ フェアクロス」とバーニーズ ニューヨークとの3社コラボセーターなども発表している。
順調に売り上げを伸ばしているが、御手洗・社長の展望はあくまで堅実だ。「単に海外の卸先を増やしたいのではなく、ユニバーサルに認められる価値あるものを作りたい。日本人だけが良いと思えるセーターではなく、世界の誰がみてもいいブランド、というレベルに自分たちを上げることが目標」と実際に海外を見据えたプロジェクトも遂行中で、17年にお披露目する予定だ。