三国時代の蜀の都として栄えた中国内陸部の大都市・成都。昨年12月、良品計画は海外最大規模となる「無印良品」の旗艦店をこの地にオープンした。地上3階・地下1階の3100平方メートルの売り場面積は、国内の旗艦店である有楽町店とほぼ同じで、中国の標準店の5倍に相当する。有楽町店と同様に「カフェ&ミール」も併設。また日本で研修を受けた衣料品担当のスタイリングアドバイザー6人、家具担当のインテリアアドバイザー4人を配置した。販売価格が日本の2倍に相当する商品が多いにもかかわらず、オープン以降、連日盛況が続いている。
多くの日系小売店が中国市場で苦戦する中「無印良品」の快進撃は際立っている。店舗数は5年前に比べて10倍の128店舗、収益面でも5期連続の増収増益の見通しだ(2015年2月期)。店舗開発における家賃抑制、現地ニーズに対応したMD、適切な在庫管理や物流、販売員の育成など、海外進出歴が長い同社ならではのオペレーションの改革が奏功しているわけだが、それらに加えて追い風になっているのは中国市場の消費者の変化である。
よく知られるように「無印良品」は、1980年代にセゾングループを率いていた堤清二やアートディレクターの田中一光の手によって誕生した。戦後の高度経済成長が終わり、成熟した消費社会を迎える中で、過度なブランド信仰のアンチテーゼとして登場した衣食住のSPA(製造小売り)である。現在の中国も爆発的な経済成長が止まり、日本の80年代と同じような成熟化の時代を迎えようとしている。富裕層や所得に余裕のある層が、これまでのように大きなブランドロゴが入った服やバッグを買い求めなくなった。ラグジュアリー・ブランドに関してはバブル景気の崩壊や政府によるぜいたく禁止令の影響も大きいようだが、いわゆるアッパーミドルの20〜30代の若い世代にはブランド信仰ではなく、堅実な生活や商品の実質的な価値を重視する価値観が広がっている。この層のライフスタイルが「無印良品」のコンセプトと合致した。ウールやコットンなど上質な天然素材を使ったシンプルな衣料品、余計なデザインを省いた機能的なインテリア、オーガニック食材を使った安心・安全の食品を彼らは熱烈に支持する。経済成長の鈍化によって「無印良品」が受け入れられる下地ができた格好だ。
「無印良品」は中国だけでなく東南アジアでも事業を拡大している。同社は中国や東南アジアでは、広告宣伝をほとんど行わない。その代わり、デザインイベントなど「無印良品」のブランドメッセージを伝える催しを定期的に開き、現地のクリエイター層にアピールしてきた。インフルエンサーである彼ら彼女らがSNSを通じて、感度が高い若い世代に拡散する。そんな好循環が各国で生まれている。昨年発行され、小売りやマーケティング関係者の間で話題になった佐久間裕美子著「ヒップな生活革命」(朝日出版社刊)は、ファストファッション、ファストフード大国といわれた米国で進行する消費の変化をレポートした本である。抜群においしくなったコーヒー、「買うな」とうたう企業広告、米国製にこだわったファッションブランド、再燃するアナログレコードなど、リーマン・ショック後に顕在化したムーブメントからは、過度なブランド信仰や大量生産・大量消費とは異なる新しい消費の波が感じられる。
グローバル経済の本丸である米国での変化の意味は大きい。とはいっても米国は超格差社会である。マス市場に目を向ければ、安さを求める消費行動が今後も主流であることには変わりはない。新しい消費の波は今のところ、ブルックリンやポートランド、北カリフォルニアなど感度が高い“ヒップスター”たちが多く暮らす地域での局地的な動きにとどまる。それでも米国発の新しい消費の波は、世界に拡散していくとこの本は指摘している。 良品計画の金井社長(当時)は「今後は収入だけでなく、価値観でも格差が広がるだろう」と考える。収入の格差は説明するまでもないが、価値観の格差とは、たとえばサステイナビリティ(持続可能な社会の実現)に代表されるような意識を持っているか否かということ。その商品が安全で安心か、どんな背景で作られているか、社会にどんな影響を与えるか、を意識した消費行動をとる人が欧米だけでなくアジアの新興国でも登場している。これは「無印良品」が30年以上にわたって追求してきた価値観と重なる。市場だけでなく、個人の価値観もグローバル化してきたといえるだろう。
※文中の肩書き・事実関係などは2015年1月19日当時のものです