ウィメンズブランド「アグリス(AGRIS)」デザイナーの鷺森アグリが企画の一部をアートディレクションした雑誌「別冊プラスアクト(別冊+act.)」第23号が、1月31日に発売した。俳優の三浦春馬と吉高由里子を起用した各20ページのフォトストーリーと対談を掲載し、鷺森デザイナーが得意とするカットワークを生かしたビジュアルが披露されている。三浦と吉高が二者二様に身体を張った写真姿も話題だ。昨年3月に鷺森デザイナーがブランド名の変更とともにスタートした他業種クリエイターとのコミュニケーションを基盤としたクリエイティブ・プロジェクト「アブックス(abooks)」の一環で、同企画やリブランディング後のコレクションのテーマに掲げる“鳥の求愛”の世界観を表現した。
発端は昨年4月、「アグリス」を擁するアラウンズ(arounds)が三浦や吉高らの所属する大手芸能事務所アミューズ(AMUSE)の連結子会社である希船工房傘下に加わったことだ。アミューズの執行役員で役者・モデル部門を統括する納富聡・第8マネージメント部担当は「鷺森アグリさんの世界観で役者が新たな顔を見せ、新しい表現が生まれた」と役者とファッション・デザイナーの協業による相乗効果を強調する。鷺森デザイナーと納富執行役員に詳細を聞いた。
WWDジャパン(以下、WWD):今回のプロジェクトの経緯は?
鷺森アグリ「アグリス」デザイナー(以下、鷺森):まず「アグリス」が希船工房傘下に加わるにあたり、納富さんや相馬信之アミューズ常務兼・希船工房・副社長らに私のビジョンをお話する機会を頂きました。ファッション・デザイナーとしてプレタポルテで年2回お洋服を作って売る仕事をベースに活動をしていますが、私が到達したい表現とはまだまだ距離があると思っています。洋服は人に着てもらうことで完結しますが、ファッション・デザイナーは作った後の選択を消費者の方々へ委ねるので、ある意味一線を引いていて最後までを見届けることができない。私が尊敬するアートディレクターで衣装デザイナーとしても有名な石岡瑛子さんのように、洋服作りだけでなく舞台演出からトータルのデザイン、ビジュアルを監修するアートディレクションまで自分のクリエイションを試してみたい。もっと突き詰めたいという想いをお伝えさせて頂きました。
納富聡アミューズ執行役員(以下、納富):希船工房で今回、鷺森さんの「アグリス」や中山路子デザイナーの「ミュベール(MUVEIL)」とご一緒することになり、僕たちエンターテイメントの世界で生きる人間もデザイナーというアーティストが洋服を生む過程に触れる機会を貰いました。鷺森さんのクリエイションには“求愛”というテーマがあり、そのテーマを洋服とは別に書籍や映像でも表現してみたいと聞き、彼女がさまざまな手法で自由にクリエイションする表現を見たかったというのがきっかけです。その表現は役者、モデルやミュージシャンが芝居や音楽でアプローチする事とある意味同じだと感じています。僕たちが普段接している俳優という表現者が鷺森さんの表現の中でどのように生きるかを見てみたいと思ったのです。
WWD:構想はどのように膨らませた?
鷺森:ご提案を頂いて、まず三浦さんや吉高さんとフラットにお会いしました。反応の仕方でいうと、三浦さんはとても丁寧にじっくり煮詰める方。吉高さんはパンパンパンっと瞬発力で人を魅了していく方だと感じた。今回のコミュニケーションの中で私は、お二人のまだ世に出ていない、けれど素敵な側面を引き出したいという欲求がありました。なんとなく「ヤバい奴がいた」と感情を揺り動かすような私だけの爪痕をひとつ残したいと思った。私の服作りのテーマである“求愛”はクリエイションの間その人のことをずっと考えるので、お二人いたことで、気持ちの切り替えが大変ではありました(笑)。“求愛”には、自分を知ってもらう、相手を閉じ込める、壊す……最後に食べる、といった7つのステップがあるのですが……。
納富:鷺森さんから“求愛”がテーマだと聞いたときに、その行為を俳優と女優が表現するとどうなるのだろうか……と。今回表現したのはその1と7なんです。初動の自分を相手に知ってもらう“求愛ダンス”を三浦春馬に、最後の相手を自分の中に取り入れるという“求愛ディナー”を吉高由里子が演じました。
WWD:求愛色を表現したメイクをまぶたに施した三浦春馬のビジュアルや、色とりどりの食物を頬張る吉高由里子の写真ストーリーが話題を呼んでいる。引き出したかった2人の側面とは?
鷺森:三浦さんは多分、皆さんが思われているイメージそのままに誠実で、誰に対しても丁寧に接してくれる素晴らしい人。美しいし演技力も芯があるし、皆が羨む全部を持っている人に見えました。だけど私は、そんな三浦さんが何かに嫉妬する姿が見たかった。人間くさくて動物っぽい本能が見れたらセクシーだろうなと。1回目の面会で私は力不足で彼のそんな姿を引き出せなくて最後まで悩みましたが、最終的に影で三浦さんが追い求めるもう一人の自分を表現し、その影を捕まえ一体化する様を物語にした。三浦さんは撮影中ずっと踊ってくださって、その踊りも素敵でドラマチックな体験となりました。吉高さんとは、会った瞬間にページのイメージができた。勝手ながら長く一緒にいたような共通項を感じて。
納富:表現は生モノだから、その場で生まれる感覚を大切にしたかったんです。たとえば三浦春馬は撮影当時、ブロードウェイミュージカルの「キンキーブーツ」でドラッグクイーンの役を演じていました。鷺森さんが“何に嫉妬を覚えるか”というテーマをぶつけたときに、ローラという役柄を演じていた彼は、“女性”という永遠になれない存在への気持ちが見つかったんだと思うんです。彼と話をした鷺森さんがどんな感情の表裏を受け取り、その“嫉妬”をどう表現してくれるのか楽しみでした。三浦と吉高にとって、鷺森さんとのクリエイションは今まで取り組んだ事のない感覚だったようで、二人とも終わった後にその高揚感を話してくれました。
WWD:吉高さんは「アグリス」を着て撮影をしたが、感想は?
鷺森:「アグリス」を着ている姿を見てかわいいなぁと思いました(笑)。役者さんに限らず、服は着てもらわないと完結しないので、着てもらいたいです。けれど今回のプロジェクトに関しては“求愛”というテーマがあったから、服に欲しい色も使っていた「アグリス」を着てもらう方が自然だっただけで。正直、別に着なくても構わないとさえ考えていました。それより今回大事だったのは、私が何を考えていて、なぜ服を作っていて、なぜ服作りを越えたクリエイションをするのかが伝わること。それが私にとってのいちばんのゴールでした。
納富:印象的だったのは、衣装を着た吉高本人が「この服を着た時点で、アグリさんに支配されていますよね」と言っていた事です。普段の撮影や取材で着させて頂く衣装とは少し違った感覚だったんだと思います。
鷺森:それに、三浦さんと吉高さんへの納富さんの想いを聞いて、双方の強い繋がりに心を打たれました。今までデザイナーとして歩んできた世界とはまた違う関係性に触れて、新たな経験となりましたし、作品を作ることに集中できました。ファッションは大好きで私のコアだけど、すごくクローズだと感じることがあります。デザイナーとはこういうものだという概念に捉われがちなんです。でも今回はデザイナーがやるべきことを決めつけずに、垣根を越えて挑戦する環境を用意していただけて、また一つ私の可能性を開いていただけたことに感謝しています。
WWD:立場は違えど、お二人にもタレントとマネージャー的な関係が見受けられる。
鷺森:納富さんはクリエイティブ・ディレクター気質な方ですね。物事をあつらえるだけでなく、ちゃんと難題と宿題を与えてくれた。だからやれることは全部やってみました。今回は希船工房のご縁があったからまずスタートした企画だということは理解しています。だからこそ次を見据えて、納富さんやチームのみんなに「こんな可能性があるんだ。だったらもっとこんな面を見てみたい」と、私が何をすると面白いかを考えてもらえるよう興奮してもらう必要があった。そうじゃないと読者の方にも届かないと思いました。それに今後は、鷺森アグリがやりたいことを叶えるだけじゃチームとしては未完成です。もっとチームのみんなにも今届かない場所を目指したいと思ってもらえるように引っ張る存在にならなければいけない。
納富:鷺森さんへの影響でいうと、今回接した二人の表現者から何かを感じて、次のクリエイションに繋がればいいなと思うんです。俳優や女優たちはさまざまな監督や作品に出会って変化していくわけですから、鷺森さんにも刺激のある“出会い”をたくさん作りたいな……と。“求愛”というテーマを洋服だけではなく書籍や映像、音楽で表現したいという構想を聞かせてもらった時、今後女性クリエイターとして、さらに色々な場面で活動していけるのではないのか、と大きな可能性を感じました。新たな出会いが、彼女に潜む独自の世界観を強固たるものにしてくれるはずです。