ジェームズ・オリバー編集長 Photo by KAZUMI MORISAKI
2009年に創刊したニュージーランド発のファッション誌「ザ ニューオーダー マガジン(THE NEW ORDER MAGAZINE)」(ノイズメディア)は今春、16号を迎えた。同誌を扱うエースホテル(ACE HOTEL)やコレット(COLETTE)、ドーバーストリートマーケット(DOVER STREET MARKET)などに、藤原ヒロシや中村ヒロキ「ビズビム(VISVIM)」デザイナー、高橋盾「アンダーカバー(UNDERCOVER)」デザイナーら、表紙を飾った日本人クリエイターの顔が並ぶことも少なくない。手掛けるのは、編集から取材、スタイリング、撮影までを担うニュージーランド出身のジェームズ・オリバー(JAMES OLIVER)だ。元プロサッカー選手という異色の経歴を持つ彼が、日本に拠点を移し、ファッション誌を作り続ける理由とは? キャリアを追った。
Photo by KAZUMI MORISAKI
WWDジャパン(以下、WWD):来日する前のニュージーランド時代の話から聞かせてください。
ジェームズ・オリバー(以下、ジェームズ):ニュージーランドで生まれて、17歳でサッカーのクラブチームと契約したんだ。でも怪我してしまって、プロとして活動していたのは21歳まで。その後はコーチをやったりしながら、2003年に兄が立ち上げた「スラム・エックス・ハイプ(SLAM X HYPE)」っていうファッションウェブマガジンを手伝っていた。06年頃からだよ。
WWD:サッカー選手とファッションエディターだとフィールドも異なるが。
ジェームズ:サッカー選手って本当はプレゼンテーションが大事なはずなんだけど、みんな一緒でダサいよね。僕は12歳でスケボーを始めて、その頃ファッションに興味を持った。ニュージーランドは、アメリカとイギリスからの影響が強いんだけど、日本の「ヒュージ(HUGE)」も読んでいたよ。当時、スケボーをやっていた友達はみんな「DC SHOES」を履いていて、みんな一緒でダサいなって思ってた。僕は「ヴァンズ(VANS)」を履きたかったんだけど、ニュージーランドには売っていなかったから、ネットだったり、取扱い店を探して電話したり。そういえば、サッカーのプロ契約にはバイクに乗っちゃいけないとか、違うスポーツはやっちゃいけないとか制約があるんだ。17歳の時は契約金にビックリしてサインしちゃったけど、本当はスケボーをやりたくて…。プロになって最初の練習にスケートボードを持って行ったら契約違反で怒られて、罰金を払う羽目になった(笑)。そんな感じでファッションに夢中だったのは覚えているよ。
WWD:来日のきっかけは?
ジェームズ:ニュージーランドがつまらなかったから、25歳からは海外で生活したいと思っていたんだ。周りの友達は2年間のビザが簡単に取れるって理由でみんなロンドンに行くんだよ。だからもちろんロンドンって道もあったし、アメリカも考えたんだけど、アメリカはビザを取るのが難しくて…。何度か日本で子供たちにサッカーを教えたことがあったから日本にも興味があった。07年にワーキングホリデービザをとってFC相模原でセミプロになったんだ。でも1年でまた怪我しちゃって…。まぁ1年ぐらい出来たらいいやって思ってたんだけど、気付いたらもう9年以上いる。今は日本人の女性と結婚して、子どもも2人いるよ。
WWD:「ザ ニューオーダー」の立ち上げ経緯は?
ジェームズ:「スラム・エックス・ハイプ」の時は1日100万PVを獲ったこともあるけど、毎日20~30回更新するウェブのスピードを速過ぎると感じていた。本当は雑誌で表現したかったんだけど紙代や印刷代がかかるから、まずは08年に「スラム・エックス・ハイプ」の中で、オンライン雑誌を作ったんだ。100~150ページで3回作ったんだけど、このボリュームなら紙でも作れると考えた。それで翌年、兄と一緒に雑誌「ザ ニューオーダー」を立ち上げたんだ。兄は3号ぐらいで辞めて、今はフォトグラファーだけど、僕は今の方がハッピーだよ(笑)。2人でやっている時は、意見の違いで一つの事を決めるのにすごく時間がかかっていたからね。今は1人だからすごくスムーズだし、打ち合せの時に「これどう?」って言われて、その場で答えも出せるよ。
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兄と一緒に作っていた貴重なVol.1~3 Photo by KAZUMI MORISAKI
WWD:具体的な仕事内容は?
ジェームズ:全体の構成はもちろん、インタビューやスタイリングもするし、写真も撮るよ。デザインも方向性は自分で決めて、アートディレクターにお願いしている。
WWD:「ザ ニューオーダー」のコンセプトは?
ジェームズ:1人でやっているから明確なコンセプトを立てているわけじゃないんだけど、ファッションだけじゃなくて音楽も映画も食も、その時の興味のある人やモノ、コトをファッションのフィルターを通して紹介するってことかな。特に海外に日本のブランドを紹介したいってわけじゃないんだけど、日本で生活しているからそこで広がったネットワークを生かしている。ヨーロッパとアメリカはコレットやドーバーストリートマーケットにも置いてあるし、NYとLA、ロンドンのエースホテルには全客室に置いてある。コントリビューティングスタッフが世界中にいるから、常に情報交換もしながら海外で撮影することだってあるし、気分次第でフレキシブルに動いているよ。
WWD:最近気になるブランドは?
ジェームズ:「ビズビム(VISVIM)」と「サスクワァッチファブリックス(SASQUATCHFABRIX.)」かな。「サスクワッチファブリックス」は「シュプリーム(SUPREME)」ともコラボしたけど、ジャポニスム感がブレナイよね。それを上手くファッションとミックスするのは難しいと思うけど、ちょっとしたエッセンスを加えて自分たちのモノにしているのはすごい。その影響もあって最近はヤンキーと暴走族、ヤクザが気になっている。マフィアはアメリカやイタリア、イギリス、ロシアもどこもほとんど変わらないから、日本の独特なスタイルにハマっているよ。
WWD:「サスクワッチファブリックス」は16号のカバーですね。2種類のカバーを作った意図は?
ジェームズ:そう。フォトグラファーの吉永マサユキさんと高橋恭司さんにそれぞれ「サスクワッチファブリックス」のファッションシューティングをお願いしたんだ。表紙が一つだけなんて選びきれないからね。
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フォトグラファーの吉永マサユキ(左)と高橋恭司(右)が撮影したダブルカバー
WWD:カメラマンやスタッフはどうやって選んでいる?
ジェームズ:ケース・バイ・ケースだよ。自分で写真を見てコンタクトを取ることもあるし、誰かの知り合いだったりもする。例えばウミット・ベナンは、友だちの友だちだったんだけど、カバーをお願いしてから仲良くなって、僕がジャパンファッションウィークに紹介した。それで昨シーズンの東京コレクションに参加したんだ。仕事を頼むなら、それ以上にリレーションシップを作りたいと思っているから、撮影に来て「ハイ、終わりです」じゃいいものも出来上がらない。
WWD:昨年、女性版の「ハー(her.)」も立ち上げた。
ジェームズ:「ザ ニューオーダー」が年に2回発行するから、それを年4回にするか新しい雑誌を作るかで考えたんだけど、最終的には奥さんの「女性誌の方がイイ」って意見で決まった。
WWD:雑誌にこだわる理由は?
ジェームズ:もちろん、ウェブも大切なツールだけど、自分で写真も撮るから形のないウェブではもったいないと思ったんだ。形にすることで、フォトグラファーにも喜んでもらえるし、丁寧に保管してくれているコレクターもいる。ウェブだとなかなかそうはならないからね。ただ、今は広告出稿もウェブの時代だから大変だよ。「ザ ニューオーダー」は3万部、「her.」は2万部印刷しているんだけど、売り上げも付いてこないとね。
Photo by KAZUMI MORISAKI
WWD:今後やりたいことは?
ジェームズ:茅ケ崎に住みたい!日本に来て5年ぐらいは住んでいたし、ニュージーランドと似ているからね。まぁそれとは別にファッションなのかフードなのか、どういう形か分からないけど、お店を出したいんだ。ウェブもリニューアルしてボチボチやっていかないと、と思っているけど、一人でやるにはやっぱり時間が掛かるね。あとは写真にもっとちゃんと取り組みたいと思ってる。この前4歳の息子にカメラをあげたらすごくいい僕のポートレートを撮ってくれた。来年ぐらいには「ザ ニューオーダー」でデビューするかもね(笑)。
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