国立新美術館で9月27日から12月18日まで、開館10周年を記念した展覧会「安藤忠雄展ー挑戦ー」を開催する。同展は安藤にフォーカスを当てた展覧会としては過去最大級の規模で、「水の教会」や「住吉の長屋」「表参道ヒルズ」といった代表作品はもちろんのこと、半世紀にわたって安藤が手がけた国内外の建築作品の写真やスケッチ、模型など、200点以上を展示する。また、「ANDO MUSEUM」や「ベネッセハウス ミュージアム」「地中美術館」など、数多くの建築を手がけた香川県・直島での30年間の活動を俯瞰できる空間インスタレーションを設置する他、野外展示場には原寸大「光の教会」を再現する計画だ。過去に類を見ない展示内容に注目が集まる同展だが、4月12日には安藤本人が展示内容を解説するという贅沢な発表会を実施。展覧会に先立って、安藤自身が解説した同展の見所と建築・カルチャーに関する彼の思想を紹介する。
建築家になるまでの安藤忠雄
僕は自由と勇気を持って、生きていきたいと思っています。僕自身がもともと、学校に行けない、専門教育を受けていない、という絶望からスタートしました。そんな中で、まず出合ったのが美術でした。足で絵を描くことで有名な白髪一雄さんや、真っ黒な絵を描き続ける松谷武判さんなど、「具体美術」と呼ばれるものですね。そこで1963年頃にやっぱり勉強をしたいと思い、旅に出ようと思いました。
旅先で建築に出合う
国内を旅していて、改めて民家の作り感動したり、奈良の大仏がどうやって持ち込まれたのだろうと疑問を持ったりしました。中でも、広島で見た丹下(健三)先生の建物が印象的でした。先生は建物には公共性が必要だと考えたんですね。その後、東京で見た丹下先生の国立代々木競技場が決定的でした。その後、視野を世界に広げようとヨーロッパへ旅行に出かけました。マダガスカル島へ行った時に、人間は知らないものだらけだと気づきました。だから、「命ある限り生きてやる」と決意したことを覚えています。フランスではル・コルビュジエ建築の「ロンシャンの礼拝堂」を見て、「建物とは人が集まる場所なのだ」と感動をしました。
建築家・安藤忠雄へ
この頃、「住吉の長屋」を建築したのですが、長屋を切り崩して奥に長い建物を作りました。生活文化は自分が体験したことを大切にしなければいけません。だから、昔の家には中庭があるように、この長屋にも屋根のない空間を設けました。雨の日には寝室へ行くために傘が必要なのですが、冷暖房も電気もない“エネルギーゼロの家”ができたんですね。雨が降ると家の中に雨が入ってきて、なかなか風流なんですが、家主からは評判が悪かったんです(笑)今になって売ってほしいのですが、なかなか家主が手放してくれなくて、どこかに同じものを作ってやろうかと考えています(笑)。
直島プロジェクトを開始
ベネッセホールディンクス最高顧問の福武總一郎さんに「文化の島を作ろう」と誘われまして、直島プロジェクトに着手しました。直島では、“人が来て感動するもの”を作ろうと考えました。便利で合理的なものだけが建築じゃないぞ、と。もともと、島中が亜硫酸ガスで土壌むき出しになっていたんですけど、この島に緑を作り、同時に建物も作ろうと考えました。六甲山(兵庫県)も100年前はエネルギーのために伐採されたんですが、植林されて元に戻ったんです。だから、直島でもひたすら木を植え続けるところから始めました。
福武流・アートの島の作り方
美術は体験をして感動するものです。ここにしかないものを作ろうと思ったんですね。そこで、福武さんは「草間彌生の代表アートを置けば人が来てくれるのではないか」と考えて、当時300万円で「黄かぼちゃ」を購入しました。あの方は、何でもまずはタダで手に入れようとします。例えば、リチャード・ロングのスケッチを元に島のみんなで布を使ったアートを作った時に、ロングのスケッチだけで2000万円もかかったんですが、そのロングが直島へ来ることになったんです。そこで、「真っ白な壁の前に絵の具を置いて置けば、アーティストなら絵を描くだろう」と。福武さんは人間の習性をよく知っているんです(笑)。実際にひっかかって、タダで壁画を書いてくれました。その後、ロングが宿泊している部屋にも絵の具を置きます。そうしたら、また描いてくれるんですね(笑)。実際、「その部屋へ泊まりたい!」と多くの人がやってきます。このように、福武さんは「次を考えること」が得意なんです。こうして、“ここにしかない美術館”を作ることができるという可能性を感じました。
歴史的建造物に新しい建築を取り入れる
建築は新しいものを作るだけでなく、古いものを大切にする心が必要です。例えば、上野の「国際子ども図書館」では古いものを“パッケージする”という考え方を取り入れました。古い建物を修復するのではなく、外側に新たな建物を作るんです。ベネチアのブンタ・デラ・ドガーナでは、反対に立方体を古い建築の中に入れました。パリでは昨年、ケリング創設者のフランソワ・ピノーさんとともに「コレクション・ピノー・パリ」の建築に着手しました。ここでもすでにある建造物を活用し、直径60メートルの空洞の中に建築を作ろうと考えています。
展覧会で原寸大「光の教会」を再現
今回の展覧会では、野外に原寸大の「光の教会」を作ります。光に人が集まる空間を作ったのですが、本当は風も感じられるように十字架部分はガラスを入れたくなかった。もちろん、施主に受け入れてもらえず、いつもガラスをとってやろうと企んでいるんですが、ダメですね、相手にしてくれない(笑)。だから今回、同じものを作ってやろうと思った(笑)。「光の教会」は宗教施設なので、普段はあまり観光客が来れないんです。建築は体験が重要だと思うので、見れないものを見てもらいたかった。手触りも重さも、本当の素材でないと意味がないんですね。等身大の「光の教会」を作ることは不安もありますが、旧知の青木保・国立新美術館長でないとできないことだと思います。
展覧会へのこだわり
今回展示する模型は全て、日本の学生らが泊まり込みで作ってくれたもの。この中に模型屋さんが作ったものはありません。「建築の面白さは体験だ」と常々言っておりますが、だからこそ、展示品はいくら写真を撮ってくれてもいいし、触ってもらいたいんです。よく美術館には規制ロープが張ってありますが、ああいうのもやめたいんです。たとえ誰かが蹴飛ばして壊れても、作ったのが僕らなんだから、僕らが直します。「建築は体験をしてこそ」なので、それを伝えるため、展覧会中は僕がギャラリートークをしようと思っています。できれば一人で喋るのではなく、大学の先生と対談をできればと思います。30回くらいやりたいです(笑)。
展覧会は何のため?
展覧会はアイデアを発表する場でもあるんです。これまでなんども展覧会をやってきましたが、古い建築の中に新しい建築をするという考えも発表したからこそ形になりました。国内では、“水の上に浮く教会”を作りたいと思って発表したところ、それが面白いと気に入ってもらえて、北海道に「水の教会」を建てることができました。展覧会は過去のものを並べるだけでなく、未来のことを発表できる場なんですね。
「草間彌生展」について
草間さんは50年前から知っているんですが、彼女の展覧会には圧倒的なパワーがあります。今も多くの方が見に来られていますが、日本人がこれほど芸術文化に対して興味があるのか、と驚いています。経済大国としての日本だけではないんだと感じます。“経済が力ならば、文化は信用である”と。日本の文化の大切さを政治家にも分かって欲しいですよ。
これから考えていること
いろんな募金をやっているのですが、それを活用して東北に子どものための図書館を作りたいと思っています。東北の民家の中に図書館を作り、本も寄付で集めようと思います。丹下先生の考えた公共性とは異なるかもしれないが、「未来に必要なものは公共性だ」と思うわけです。いつかは大阪の中之島にも作りたいです。
■安藤忠雄展ー挑戦ー
日時:9月27日〜12月18日
時間:10:00〜18:00 ※金・土曜は20:00まで
定休日:火曜日
場所:国立新美術館 企画展示室1E/野外展示場
住所:東京都港区六本木7丁目22−2
入場料:一般当日券1500円/大学生1200円/高校生800円