公益財団法人・大宅壮一文庫(以下、大宅文庫)は5月18日、運営資金の調達のためのクラウドファンディングを実施した。メディア関係者が資料探しに利用することでも有名な大宅文庫だけにプロジェクトは業界でも話題を呼び、目標金額の500万円をものの数日で突破。募集期間はまだ1カ月近く残っているにも関わらず、すでに600万円以上・550人以上が賛同する一大プロジェクトとなった。
大宅文庫は京王線八幡山駅を出て環八通り沿いを南へ10分ほど歩いた閑静な住宅街にある“雑誌の図書館”。今回のプロジェクトの真意と出版業界に対する考えを聞くため、大宅文庫の鴨志田浩・事業課主事を直撃した。
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WWDジャパン(以下、WWD):クラウドファンディングに至ったきっかけは?
鴨志田主事(以下、鴨志田):インターネットの普及によって情報入手の手段が増えたこと、そして、出版不況によって大半を占めるマスコミ利用が減少したことで経営状態がひっ迫していたためです。多くの公益財団は親会社などがあって、投資を受けるケースが多いのですが、ここでは利用者からの収入が全てです。支出は削れるところまで削っても、年間2000万円の赤字でした。とはいえ、公益財団は収支均衡が望ましいとされていて、大幅な黒字化もできません。そのため、これまでも寄付を募ってきましたが、赤字をまかなえるほどではありませんでした。何か別の試みを模索している中で、今回のクラウドファンディングに出合いました。少額でも個人が参加できるところが魅力的だと感じました。
WWD:すでに目標金額を達成したことについて、今の感想は?
鴨志田:開始前は本当に達成できるのか不安でしたが、まさかこんな早く達成できるとは。開始当日の朝に記者会見をして、その夜にプレスリリースを出したのですが、20時時点ではそこまで伸びていませんでした。しかし、夜中家に帰って見てみると急に額が増えていて驚きました。うれしい反面、責任重大ですね。金額はもちろんながら、550人以上の賛同を得られたことに感謝です。
WWD:どういった資金の使い道が考えられるか?
鴨志田:まずは運営の健全化を目指します。一番の支出は人件費です。当館では利用者が書庫へ立ち入ることができない分、職員が雑誌を探してコピーをとるなどの実務が発生します。加えて、職員が作る索引をまとめるためのデータベースがあり、5年に一度改修をしなければならず、その運用費がかかります。そのあとは、多くの人に知ってもらえるような取り組みをするなど、さまざまな試みをしていきたいと思っています。
WWD:現在、どのくらいの人が働いているか?
鴨志田:現在は約30人です。私自身この仕事を学生時代のアルバイトから続けているのですが、一番多かった時期は60人くらいいました。当館では索引システムの独自性が特徴ですが、これを入力するのも人力です。一冊ずつ記事を見て内容と項目体系から索引を振り分けていくので、ページ数が多い雑誌だと、一日かかって一冊という日もあります。 所蔵雑誌は出版社からの寄贈に加えて、購入するものもあります。とても全ては索引がとれません。過去のものに遡って索引作りをしたいですが、現在あるもので手いっぱいの状況です。
WWD:財政難の背景にある“出版不況”を実感しているか?
鴨志田:現在当館には明治時代以降130年あまりの雑誌1万タイトル・約78万冊が所蔵してあります。年間ベースでは約1000タイトル・1万冊の雑誌が増えるのですが、きちんと数えてみると、年間およそ800タイトルまで雑誌の取り扱い量が減ってきているんですね。また、写真と広告ページによって厚くなりやすいファッション誌が近年スリム化してきていることも書庫の背表紙を眺めていると感じます。若年層の紙媒体離れは確実にあります。実際に利用されるマスコミの方でも、話を聞いてみると雑誌を読まないという声が多くあります。
WWD:“出版不況”の原因は何だと思うか?
鴨志田:資料を調べて結果を得ようという行為、知識の膨らませ方が変わってきています。ネットがあることで、単語を入れると検索できる。答えが一発で返ってくるんですね。“わからないから調べる”反面、“わかるとそれ以上調べない”ものです。雑誌は知的欲求に応えるもの。ネットがある中で生きている人たちは表層的な答えだけで満足してしまい、それ以上を求めようとする知的欲求が少なくなっているのではないでしょうか。
WWD:若年層の知的欲求が少なくなっている?
鴨志田:言葉の近いところを読み換える能力が低下しているように感じます。検索した単語で答えが得られなかった場合、類似語など違う言葉で調べますよね。それが、調べて出てこないものは、ないものだと思っている。聞いたままの言葉でしか調べることができない人が増えているのです。
WWD:だから紙媒体の存在価値が薄れていると?
鴨志田:必ずしも紙媒体に固執しているわけでもありません。どうにかして、興味が好奇心につながればいいのです。そのために、ネットも図書館も一つのツールとして使ってもらえばいいと思います。紙として雑誌を残したいのではなく、知的欲求さえあれば、紙媒体にも存在価値があるはずだと考えています。興味から好奇心を育てる方法をずっと模索しています。
WWD:紙媒体という体系に必ずしもこだわっているわけではない?
鴨志田:図書館の存続とは一見矛盾しているようですが、雑誌として紙を残していくことが必ずしも必要だとは限りません。実際、エコという観点から考えると、大量印刷大量投棄される書籍は問題ですよね。今後、こういったビジネスが日本で耐えられるとは思えません。そういった意味でも一番効率的なのは、例えば必要なものだけを印刷するオンデマンド出版かもしれません。こうして「書籍はこうあるべき」という概念が少しずつずれて、続いていくのではないでしょうか。
WWD:でも、紙媒体がなくなった場合、大宅文庫はどうなってしまう?
鴨志田:紙媒体が終わるとしても、大宅文庫は続いていけると思っています。例えば、考古学は古いものを過去として研究しているのではなく、今を考えるための学問です。同じように、今ここにある情報を、未来の人が必要な情報として使ってほしいと思います。
WWD:大宅文庫の書籍をデジタル化することはないのか?
鴨志田:もちろん声はあって、保管の観点からも、考えなければいけない課題です。しかし、大きな課題が2つあります。一つは78万冊の書籍を人力でスキャンするという金銭的・体力的な問題です。もう一つが著作権法の問題で、複数の著作者がからむ雑誌の権利処理は非常に難しいものです。現行の法律は権利を持つ側に手厚い制度ですから。また、デジタル化による収益化が見込めない限りは難しいですね。