パンは食べ物なので、基本的には食べて味わうものですが、パンの本を読みながら楽しむパンの世界も一度は味わって欲しいもの。こんがり焼き上がったパンや鮮やかな酵母の写真が載ったページをめくると五感が刺激され、まるで焼き立てのパンのにおいを嗅いだときのように食欲が湧いてくるから不思議です。そんな美味しい妄想を掻き立てる、とっておきの二冊を紹介します。
星野太郎の「春夏秋冬、季節の酵母が香るパン」
一冊目は畑のコウボパン タロー屋の店主、星野太郎さんの著書「春夏秋冬、季節の酵母が香るパン」(グラフィック社刊)。さいたま市の住宅街の一角に一軒家の店を構える同店の営業日は週に2日のみ。アクセスの良い場所ではないにも関わらず、2006年のオープン以来、近所の人はもちろん、各地に多くのファンをもつ人気店です。タロー屋のパンは全て素材ありきでつくられます。身近で育てられた野菜や果物、花を瓶に詰め、水を注ぎ、発酵させ、自家培養の酵母液をつくり、パンを焼きます。季節の流れに沿って酵母を起こし、そこから自然とパンが生まれます。
この本は、酵母の世界に魅せられ、百種類以上の素材から酵母を起こした太郎さんのシンプルな材料で丁寧につくるパンのレシピ集です。とは言え、色鮮やかな酵母液の写真は眺めているだけでも美しく芸術的で、写真集としても楽しめると思います。季節の香りと美味しさをパンに閉じ込めたタロー屋の一冊を手に、酵母が織りなす発酵の不思議を体感してみませんか。
ブレッドラボの「クラフトベーカリーズ」
二冊目は、手前味噌ではありますが、青山パン祭りを企画、運営するブレッドラボの「クラフトベーカリーズ(CRAFT BAKERIES)」(メディアサーフコミュニケーションズ)。手仕事にこだわり丁寧にパンを焼く、国内外約60軒のパン屋さんを取材しています。この本は、パン屋さんの研究本でもガイドブックでもありません。世界中で姿かたちを変え愛され続けてきたパンに真っすぐ向き合う人の物語です。ただ“パンが好き”という想いだけでどこまで本をつくれるのかという、私たちの無謀な挑戦の記録と愛の塊でもあります。一緒に旅した気分になりながら読みすすめてもらいたい一冊です。
本を通して、一つのパンに込められたつくり手の顔が見えてくると“パンを食べる”という行為が急に温かみを帯びてきます。ただ消費するという意味での“食べる”を卒業する時代がもう始まっています。
入江葵
PROFILE:ブレッドラボ チーフディレクター。パンコーディネーターエキスパート、パンシェルジュ。幼少時からパンを愛して食べ続け、巡ったベーカリーは国内外合わせて1000軒近く。パンにまつわるセミナー、ワークショップの講師、ツアーの企画、書籍・ウェブ媒体での執筆、各種メディアへコンテンツ協力、青山パン祭りの企画・運営を行う