24時間365日生放送のテレビ通販専門チャンネル「ショップチャンネル」は、放送開始から20年連続増収を成し遂げ、2017年3月期の売上高は1549億円(前期比11%増)に達した。国内外から厳選した商品をそろえ、その魅力をライブ感あふれる放送でじっくり伝える手法が、多くの消費者の共感を集める。その商品力を支えるのが約30人の専属バイヤーである。ヒットを連発するジュエリー担当の斎藤亜希子バイヤーに仕事術を聞いた。
WWDジャパン(以下、WWD):テレビ通販のバイヤーの仕事は、リアル店舗のバイヤーと何が違うのですか?
斎藤亜希子バイヤー(以下、斎藤):お店が「面」だとすると、テレビ通販は「点」での商売です。店内にたくさんの商品を並べてその中から選んでもらうのではなく、1つの商品をキャスト(司会者)やゲスト(商品開発者など)が詳しく集中的に紹介して、たくさんの量を売る。だからバイイングも一点突破型というか、大ロットが基本になります。
WWD:一つ一つの商品を厳選して仕入れる必要がありますね。
斎藤:そうですね。ユニークな商品を見つけ出すのはもちろんですが、価格に対しても厳しい目を持って臨んでいます。メーカーとの価格交渉には長い時間をかけます。「これだけの販売を見込んでいるので、もっと下げてもらえませんか」とか。メーカーも弊社の販売力を信頼して、リスクを張って下さる。私たちも言い訳はできません。よし、必ず売り切ってやろうと。
WWD:プレッシャーも大きいのでは?
斎藤:まぁ、博打みたいなものですね(笑)。それを前向きに楽しめるようになれば一人前。その日一番のおすすめ商品をご紹介する「ショップ・スター・バリュー」は、1日で1億円以上売れる商品が求められます。これまでの経験やデータを駆使しながらも、最後は「これは魅力的だから売れる」という賭けに出るわけです。
WWD:前職はジュエリーのデザイナーだったそうですね。
斎藤:百貨店に売り場を持つジュエリーブランドで働いていました。その頃は、自分がデザインした商品が売れたら、何カ月かは喜びに浸ることができました。でもテレビ通販は「喜んでいる暇があったら、早く次の商品を探せ」みたいなところがある。さすがに売れた直後は「良かったね」と声をかけてもらえますけど、皆すぐに切り替えて次の仕事に向かう。なので、目論見が外れた時でも「落ち込んでいる暇はないでしょ」と言われます。ありがたい社風だと思っています。止まっている時間はない。ジェットコースターのような毎日、ギャンブルのような刺激に満ちた仕事です。
WWD:番組ではリアルタイムで「残り何個」と表示が出て、見ている側も「早く買わなくちゃ」と興奮します。現場はどんな感じですか?
斎藤:視聴者の皆さん以上にエキサイトしていますよ(笑)。お店の「坪効率(1坪当りの売上高)」に相当するのが、私たちの場合は「1分当りの売上高」です。テレビ通販は分刻みで結果が出るので、私たちもドキドキしながら視聴しています。ブロードキャストという社内システムがあって、リアルタイムで全社員が放送中の精緻な情報を共有できる。「今、勝ってる?負けてる?」「何件コール(電話)が入って、何個商品が売れた」「コールセンターが込み合っていて、待機しているお客さまが30人以上いる」――。24時間そんな情報が飛び交っています。ブロードキャストを見ながらアドレナリンが出てくる時もあるし、画面から目をそらしたくなる時だってある。昨年11月1日の特別イベント「大創業祭」では、1日当たり過去最高の28億7000万円を売り上げました。1分あたり約200万円を売っている計算です。さすがにこの日は一日中ブロードキャストから目が離せませんでした。
WWD:メンタルが強くないと務まりませんね。
斎藤:私も鍛えられて強くなりました。前は違ったんですよ。繊細でおっとりした性格でした。誰も信じてくれませんが(笑)。入社半年くらいまで、ちょっとしたことで落ち込み、会社の近くの公園で泣いていました。それがテレビ通販のバイヤーを13年も続けると、簡単には動じなくなり、性格もせっかちになりました。
WWD:今までどんな苦労がありましたか?
斎藤:私が入社した04年頃は、そもそもテレビ通販でジュエリーが売れるのか、懐疑的な見方が多かったんです。でも米国のテレビ通販ではジュエリーは柱の一つ。ジュエリーから入ってくるお客さまはお金持ちが多く、何度もリピートしてくれたり、他の商品を買ってくれたりする確率が高いと言われています。そんな情報はあったので、当時の弊社もジュエリーの放送時間を長く設定していました。ところが当時の日本のジュエリー業界は新興メディアのテレビ通販をなかなか相手にしてくれない。ですから9割は海外メーカーからの直輸入でした。この時の商談で鍛えられたから現在があるといっても過言ではありません。日本ではあまり扱われていない欧州や米国のメーカーとのネットワークは、現在でも大切な財産です。次第に実績が出るようになって、国内メーカーも耳を傾けてくださるようになりました。
WWD:売るために大事なことは何でしょう?
斎藤:お客さまを飽きさせないことに尽きます。ジュエリーはリピーターのお客さまが8~9割。変化がないと、振り向いてくれません。昨年7月にデビューさせた英直輸入ブランド「ヌール・ロンドン」はフランスの展示会で見たときにビビっときました。「これは売れる!」と。画期的なのはネックレスもリングもフリーサイズなんです。スライド式のラインストーンの留め具がついていて、サイズが自在に調整できる。テレビ通販のジュエリーで壁になるのはサイズです。デザインやブランドによって若干差がありますから。デビューの後、すぐに勝負をかけようと考え、(ジュエリーが最も売れる)12月に「ショップ・スター・バリュー」の商品として、ネックレスとリングのセットでその日限定の特別価格8800円で販売しました。お得感を出すために、思い切って約9000セットを積みました。これも一種の博打ですね。
WWD:ハラハラしますね(笑)。
斎藤:もちろん私なりに計算しています。テレビ通販で避けないといけないのは、類似品をいっぱい出してお客さまを迷わせてしまうことです。お店だったら「ちょっと考えて、また戻ってきます」と言って、他の店で品定めした後、戻ってきてくれることもあるでしょう。でもテレビ通販は画面に映っている時が一番売れる勝負時で、画面から消えてしまうと忘れられてしまうのです。売り上げが立つのは、9割方キャストやゲストが説明している時。だからリングを買うか、ネックレスを買うか、迷わせるくらいならセットにしよう。自信を持って「これを買ってください!」を2点セット8800円で提案する。「ショップ・スター・バリュー」は1日のうちに何回か放送時間がありますが、深夜0時と朝7時、そして朝9時の放送で完売しました。
また、最近では7月12日にフランス国立造幣局発行の「ヴァン クリーフ&アーペル」の創業110周年の記念コインが、2時間の放送で約1億円を売り上げました。世界発行枚数の限られた非常に希少なコインです。ショップチャンネルのお客さまは、本当に目が肥えている方ばかり。飽きさせない商品をご用意するのもなかなか大変なんです(笑)。
WWD:当初の狙い通り、米国と同じく上顧客を定着させるのに成功したわけですね。
斎藤:本当に良いお客さまに恵まれています。20周年にちなんだ企画で、ショップチャンネルではおなじみの旭ダイヤモンド工業と2カラットのダイヤモンドを20万円で販売したところ、1時間で(1ブランド)1億1000万円を売り上げました。かなりお得な価格設定にしたつもりでしたが、高価には違いない。正直これほど売れるのは意外でした。実物は手に取れないけれど、ショップチャンネルのダイヤモンドは値段以上のものだろうという信頼で注文して下さったのだと思います。昔は「テレビ通販のダイヤなんて、安かろう悪かろうでしょ」との偏見が強かった。私はそれを覆したくて、この値段じゃありえないくらい本当に品質が良いと喜んでいただける商品しか売ってはいけないと奮闘してきました。そこは達成できたかなと思っています。
WWD:テレビ通販はお得感もセールスポイントですね。
斎藤:大量発注による値下げ交渉だけでなく、ジュエリーでは地金相場の見極めが大切です。純プラチナ製のチェーンネックレス9万円とコインペンダントトップ7万8000円などを含め、約3時間の放送で(1ブランド)2億円売ったことがあります。前の年に欧州の自動車業界の不振で、プラチナの地金相場ががくんと下がったことがありました。プラチナはエコカーの部品に不可欠なので、自動車業界の動向に価格が大きく左右されるのです。「今が買いだ!」と思い切って買い付けました。一番安い時に買い付けたからお得な価格が実現できた。これも博打といえるかもしれませんね。番組でも相場価格の折れ線グラフを指しながら「ここで買いました。だから安いんです」と紹介しました。お客さまも背景を知った方が安心してくれるのです。
WWD:リアル店舗よりも優れている点は何だと思いますか?
斎藤:ジュエリーの店舗は商品を手には取れるけど、実際にはじっくり見ることができません。わざわざショーケースから出してもらい、店員さんに熱心に説明されると、買わないとまずいとプレッシャーを感じる。その点、テレビ通販は全く気兼ねがありません。キャストのゲストの掛け合いで1つの商品の説明に10分以上、長い時は1時間費やすので、店頭よりも商品への理解度が深まると思います。私の友人で「太っているから指のサイズを店員さんに伝えるのが恥ずかしい」という人がいますが、これも気にする必要がない。18金やプラチナのリングは、サイズが大きければ、その分値段が上がります。一般的な9号・11号よりも23号は高くなる。でもショップチャンネルは、同じデザインであれば同一価格にしています。ジュエリーの購入に至るさまざまなバリアを取り除くことが肝心です。
WWD:ECとは競合しませんか?
斎藤:ジュエリーのEC化率はまだ低いと言われています。ジュエリーのキラキラ感というのは、テレビの動く画面が最も映えるんです。最高のライティングとカメラワークを駆使し、モデルさんが動くと胸元のネックレスがキラキラ輝く。女性の目はハートになります。今はテレビも大型化しているし、高画質の4Kも広まりつつあるので、リングなんかは実物の30倍くらいの大きさで画面に出ます。肉眼では見えないような微細な傷や指紋の跡まで映ってしまうので気が抜けません。でも何十万円を払ってジュエリーを買おうとしているお客さまって、店頭でも本心では虫眼鏡でじっくり確認したいと思っているはず。でも店頭でそこまでやったら変な人扱いされてしまうでしょ?(笑)。
WWD:今後の目標は?
斎藤:おかげさまで新しいお客さまが増えているので、買いやすい価格帯をさらに広げていきたいですね。先ほど話ししたように、リピーターを飽きさせない、そのためには国内外のユニークなジュエリーをもっと発掘する。弊社には「テレビショッピングは恋愛と一緒」という格言があるんです。マンネリはダメ。売れるからといって同じような商品ばかり出していると、恋人の心だって次第に離れてしまいます。何度もほれ直していただけるよう新しいことにどんどん挑戦するつもりです。