デムナ・ヴァザリア「バレンシアガ」アーティスティック・ディレクター兼「ヴェトモン」ヘッド・デザイナー JOHNNY DUFORT / WWD / (c) Fairchild Fashion Media
デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)「バレンシアガ(BALENCIAGA) 」アーティスティック・ディレクター兼「ヴェトモン(VETEMENTS) 」ヘッド・デザイナーは、パリコレ辞退宣言やスイス・チューリッヒへの本社移転など、ニュースには事欠かない。
デムナの作り出す極端なビッグシルエットは、ソビエト時代のジョージアで服が容易に購入できず、大きいサイズを何年も着ることが普通だった時代を生きたデムナだからこそのデザインだ。そんなデムナが打ち出す次なるキーワードは“実用的(pragmatic)”だという。
キーワードを踏まえ、「ヴェトモン」と「バレンシアガ」について何を考え、どのように制作に取り組んでいるのかを聞いた。
WWD:急に世間から注目を浴びて、どんな感覚でしたか?
デムナ・ヴァザリア(以下、デムナ):ちょっとシュールな感じでした。3年前は私が何者なのか、誰も知る人はいませんでした。それを考えると、今は尋常でないくらい物事が早く進むので現実ではないように感じます。でも、ファッッションも、ファッション以外のことにも急に希望が見えてきました。
WWD:「ヴェトモン」立ち上げ時は苦難の連続だったと言っていましたが?
デムナ:どうやってブランドの独立性を保ちながら、ブランドを成長させるかが課題でした。キャッシュフローから始まり、人を雇い、教え学び合うところまで、ファッション業界で成功しようと思うと、こうした要素が全て重要となるんです。
WWD:デザイナーとしてのモチベーションを高めるものは?
デムナ:やっぱり自分の作った服を着ている人を見るとモチベーションが上がります。たまに自分が作ったアイテムを着ている人を見かけるのですが、それが昨年のものだったりするとすぐに気付けなかったりします。常に前進していて、過去のことを頭から消してしまいがちだからです。
WWD:他にモチベーションになるものは?
デムナ:いいなと思う服でも試着するとしっくりこなくて諦めることがよくありますが、たまにハンガーにかかっている服を見て、直感で絶対に似合うと分かる服があるんです。それを試着してみて、実際に良かった時に感じるもの、これをアドレナリンと呼んでいるんですが、これを感じる時にすごく満足感を得ます。たぶんこれが服をデザインする一番の理由です。
WWD:アンダーグラウンドな世界観から一歩前進したんですか?
デムナ:どのシーンにも属さないよう、チューリッヒに拠点を移しました。美的感覚ではなく、地に足の着いた、機能や実用面で服を評価するような人々に囲まれたかった。ファッションは「製品であること」という点を忘れてきてしまっているんです。クチュールのドレスでも靴下でも、製品であることに変わりはないのです。
WWD:次は何をしたいですか?
デムナ:製品デザインに注力したいです。チューリッヒにあるのはクリエイティブな実験室だったり、アイデアの図書館だったり、製品になる前のコンセプトや考察です。アプローチ的にはこれまでと変わらないけど、サブカルチャー色は薄まっています。ファッションだけをやるのではなく、かっこいいデザインを極めたい。服というものを異なる視点から見たり、デジタルな側面から見たり、服がどのようにして作られるのかを研究したいです。
WWD:例えば?
デムナ:農家の人やきこりなど、山で働く人の作業着をたくさん研究しました。天候や動きやすさ、素材の柔らかさ・硬さなど、その職業のためだけに考慮されていて、それらは「ファッション」と呼ぶべき服にも応用できると思っています。デコラティブなものより実用的なデザインをファッションに取り入れていきたい。
バレンシアガ」2017-18年秋冬パリ・メンズ・コレクション GIOVANNI GIANNONI / WWD / (c) Fairchild Fashion Media
WWD:「ヴェトモン」と「バレンシアガ」をどうやって区別していますか?
デムナ:私は一人しかいないので、重なってくる部分は少なからず出てきますが、自分的には切り離しているつもりです。この1年半で関わりを断つ方法を学びました。チューリッヒで「ヴェトモン」の仕事をすると、パリでやっていた「バレンシアガ」の仕事を完全に忘れることができるし、逆もまた然りなんだ。デザイナーにとって、切り替えてゼロから始めることはとても重要だと考えています。私は毎朝、瞑想を1時間続けて自分をゼロに戻しています。最近始めたことで、最初は懐疑的だったし、修得するまで時間がかかりましたが、実際、効果があるんです。落ち着くし、一種の新しいツールだと思います。
WWD:メンズウエアは新しい試みだと思います。メンズファッションはウィメンズより限られていると思いますが、難しいですか?
デムナ:メンズウエアの仕事をする時は、自分を投影することが多いです。あとは、「普通の人」のフリをします。モデルを使うのと実際の生活では状況が違うことが多いと思うのですが、リアリティーは重要だと思ってるんです。メンズウエアは自分自身や友人に投影ができるので、ウィメンズよりもやりやすいです。
WWD:「バレンシアガ」の仕事ではアーカイブをよく参照するんですか?
デムナ:過去と対話して自分がどうしていきたいかを考えるために、アーカイブを見返す必要がありました。「バレンシアガ」は歴史のあるブランドで、その点を大切にして理解しなければいけないから、私にとってアーカイブはとても重要なんです。一方で、今は私が歴史を作っているから、自分自身の視点や考え方で物を作っていきたいし、どんどん自分を出したいという気持ちが比率として重くなってきています。「バレンシアガ」ではその歴史を理解し、クリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)の世界観を理解して、それを2018年にどう再現するかを考える必要があります。そこがすごくチャレンジングで、歴史のない「ヴェトモン」と違う点だと言えます。
WWD:「バレンシアガ」の新しいストアコンセプトについて詳しく教えてください。
デムナ:使用している素材にはこだわっているけど、倉庫みたいな感じにしました。イタリアとスイスにある「バレンシアガ」のアイテムを梱包して購入者のところに発送する作業場を視察したのですが、倉庫みたいなところで、そこから着想を得ました。
WWD:順調ですか?
デムナ:店にいても逃げ出したくならない程度には成功しています(笑)。でも、それは重要な点なんですよ。今は、スマホでクリックするだけで容易に買えてしまうから、人を店に呼び込むことが難しいんです。だから、店に来た人がすぐに出て行きたくならないという点は重要な要素で、ライティングと商品の陳列方法がカギとなるんです。
WWD:顧客は「体験」に関心を持つ傾向になってきていますが、顧客を喜ばせる施策は何かしていますか?
デムナ:消費者は情報過多になっているし、数クリックで何でもできるようになっているから、簡単にはワクワクしてもらえないと思うんです。でも、第四次産業革命がすぐそこまで来ているというか、むしろ既に始まっているとさえ言えるから、何にでもワクワクできるんじゃないかな。あとは、自分の仕事で自分自身をワクワクさせられるかが私の課題なんです。これも本質的なことだと思っていて、作っている自分がワクワクできるものであれば、消費者もワクワクさせられる可能性は大きいということなんですよね。