PROFILE:1996年生まれ。2014年に東京大学文科Ⅱ類入学。15年には母とともにホテル運営のためのL&Gグローバルビジネスを立ち上げ、北海道の「プチホテル #メロン(petit-hotel #MELON)」(15年5月)と「ホテルクモイ」(17年5月)、京都にある「ホテルシー京都(HOTEL SHE, KYOTO)」(16年4月)という3つのホテルを手掛けてきた
ホテル運営を行うL&Gグローバルビジネスが9月1日、大阪・弁天町に「ホテルシー大阪(HOTEL SHE, OSAKA)」をオープンする。同ホテルでは、ゲストとホストやゲスト同士のコミュニケーションを重要視する“ソーシャルホテル”という新たなコンセプトを掲げる。弁天町という街は大都市でも歓楽街でもなく、大阪府民ですら用事がなければなかなか立ち寄らない場所かもしれない。プレオープンを前に最終工事真っ只中のホテルとその付近を訪ねたが、少し廃れた商店街やパチンコ屋などが軒を連ねる高速道路の高架下になぜ新感覚のホテルを建てたのか。東京大学の現役学生でホテルプロデュースを行う龍崎翔子チーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)に話を聞いた。
高架下から見上げた工事中の外観
入り口には「ホテルシー」のロゴが
エントランスはまだ工事中だが、コンセント付きのソファーを自由に使えるスペースになる
工事中の受付。右にはコーヒースタンドが設置される予定
エントランス横にはテラスを併設
デラックスダブルベッドの部屋
ダブルベッドの部屋。手前にはレコードを乗せる台がある
1階の部屋へつながる廊下
部屋の入り口。照明にもこだわったという
受付裏にあるコーヒースタンドの厨房。ピザを焼くためのオーブンも設置されている
エントランス横にあるゲストが自由に使えるシェアキッチン
3階建てで、客室が並ぶ2、3階へは階段で上がる
WWDジャパン(以下、WWD):「ホテルシー大阪」の場所に弁天町を選んだのはなぜですか?
龍崎翔子(以下、龍崎):まず、弁天町はアクセスがとてもいいんです。大阪駅からも近いし、空港からの利便性もいい。近くにユニバーサルスタジオジャパンや海遊館といった観光地もあります。でも、弁天町にいい土地があると聞いて、大阪の知人に聞いてみたら、行ったことがないと言われました。見に来たら高架下だし、隣はパチンコ屋だし(笑)。でも、一歩踏み込めば、商店街にはレトロな昭和のかおりが充満していて、人もとてもあたたかい。そんな下町のような空気感が私にはとても新鮮で、魅力的に感じました。
WWD:どんなホテルにしたいと考えていますか?
龍崎:まずは“ジャケ買いされるホテルを作りたい”という思いがあります。一般的に、ホテルはなんとなくどこでも一緒というようなイメージがあって、基本的には立地や価格で比較するしかありませんよね。でも、それがすごくもったいないと。衣食住の中でもアパレルや飲食業界ではバラエティーが豊富で、ブランド独自のカルチャーや精神性があって、積極的に文化を発信しているのに、ホテルがトレンド発信する時代が来てもいいんじゃないかと思ったんです。写真を見ただけでコンセプトが伝わって行きたいと思えるホテルを増やすことで、選択肢を広げたいと考えています。「ホテルシー」では、その町の文化や空気感を感じながら、世界中からやってくる旅人同士らが気楽に交流できるホテルにしたいと思っています。
WWD:新しいホテルのイメージビジュアルが話題ですが、これもその一環ですか?
龍崎:そうです。ホテルのコンセプトって言葉では伝わりづらい。だから、ホテルの精神性や空気感を伝えるためにビジュアル的なインパクトが必要だと思うんです。今回のイメージビジュアルはホテルの工事現場で撮ったんですが、この町のアングラでありながらグラマラスな空気感を可視化することを目指しました。
るうこを起用したイメージビジュアル
るうこを起用したイメージビジュアル
るうこを起用したイメージビジュアル
るうこを起用したイメージビジュアル
るうこを起用したイメージビジュアル
るうこを起用したイメージビジュアル
るうこを起用したイメージビジュアル
WWD:ホテルの個性を出すためにはその町の良さも生かすと?
龍崎:街の空気感を織り込みながら、トレンドホテルを作りたいと思っています。今回の弁天町では町との親和性も考慮して、アナログカルチャーを打ち出したいと思っています。そこで、全室にレコードプレイヤーを設置し、ロビーから自由にレコードを持ち出せるようにします。iTunesが次に聞く音楽まで決めてくれる時代だからこそ、音楽を聴く価値を凝縮したいと思いました。イメージビジュアルは全てフィルムカメラで撮影したんです。加えて、ピザもサーブするコーヒースタンド「ワークベンチコーヒーロースターズ(Workbench coffee roasters)」が出店します。ピザを食べれない国も人もいないと思っていて、しかも、ピザって丸いからシェアできる。すごくコンセプトに近い食べ物だと思います。
龍崎CCOが「アングラでありながらグラマラス」と話す弁天町の町中でもイメージカットを撮影した
龍崎CCOが「アングラでありながらグラマラス」と話す弁天町の町中でもイメージカットを撮影した
龍崎CCOが「アングラでありながらグラマラス」と話す弁天町の町中でもイメージカットを撮影した
龍崎CCOが「アングラでありながらグラマラス」と話す弁天町の町中でもイメージカットを撮影した
WWD:そもそも、ホテル経営に興味を持ったのはいつ頃ですか?
龍崎:小学2年生の時に父の仕事の関係でアメリカに住んでいたのですが、最後の1カ月を使って家族でアメリカ横断旅行に行きました。当時の自分としてはいつ目的地に着くかも分からないし、唯一の楽しみが毎日どこに泊まるか、ということだったんです。でも、景色が変わってカルチャーも町ごとに全然違うのに、ホテルはなぜ同じようなものばかりなんだろうって思ってました。ホテルにエンターテインメント性がないなと。自分だったらもっと面白いホテルを作るのになって思ったのが原体験だと思います。
WWD:仕事として意識したのは?
龍崎:そんな中で、唯一ラスベガスだけは街の雰囲気を反映したホテルで輝いていたんです。実際にはお金がかかるのでそこには泊まらなかったんですが、その時に「自分もワクワクするホテルを作りたい!」って思いました。仕事として意識したのは、小学5年生で「ズッコケ三人組」を見ていた時です。ハワイでホテル経営をする日系アメリカ人が出てくるんですけど、彼が3人のハワイ旅行をいろいろ手助けするんですよ。そこではじめて、「ホテルの経営者っていう仕事があるんだ」ということを知り、自分の持つ「カルチャーを反映したホテルがない」という問題意識を解決するためには、自分がホテルを作るしかないんだと思い始めました。
WWD:大学へ進学し、在学中に早くもホテル経営を始めたきっかけは何だったんですか?
龍崎:1回生の終わり頃、継ぎ手を探しているという富良野のペンションを見つけました。これはチャンスだと思い、母と起業することを決め、すぐに改修に取りかかりました。出合って半年もせずに開業したと思います。でも、なんとかオープンしたものの、当時数ある富良野のペンションの中で、自分のホテルが差別化できるポイントがあまりなかったんです。それでいろんな施策を試して、無料で飲めるお酒を置いてみたのが結果として上手くいったんですが、顧客同士がホテルを通じて仲良くなることがあると気付きました。
WWD:そこで、ゲスト同士の交流を推奨する“ソーシャルホテル”という概念が生まれたと?
龍崎:私たちは旅先でいいホテルに泊まったり、美しい景色を見たりしても、時間が経つにつれて段々忘れてしまいますが、旅先で出会った人のことはなかなか忘れることはないと思います。ホテルでも、こちらが何かを過度なサービスしたわけではないのに、ゲスト同士が旅先で仲良くなることがあって。しかも、彼らはそのあともホテルに来てくれるようになって、意外と大きな印象として残るものなのだと実感しました。これは“安い”“駅近”みたいに顕在化したニーズではないですが、潜在ニーズとしてホテル自体も忘れない経験になるなと思いました。当時のホテルは全部で13部屋だったので、頑張れば顧客全員の名前を覚えられると思い、お互いを紹介したりもしました。これでゲストをコミュニティー化ができ、この経験をもとに“ソーシャルホテル”という概念を考え始めました。
WWD:同時並行で北海道でも新しいプロジェクトを進めているんですよね?
龍崎:北海道の層雲峡という土地で、80歳を超えるおばあさんが1人で運営してきた温泉旅館「ホテル雲井」を引き継いだ旅館をそのまま営業しているのですが、この冬にリノベーションをやろうとしています。これを「ホテルシー」のブランドイメージに合うようにリノベーションし、来年から「ホテルシー層雲峡」として再出発したいと思っています。層雲峡って、日本とは思えないような荘厳な風景の広がる、秘境のような魅力のある場所なんです。見過ごされつつある古き良き温泉街で、いかに新しい価値を見出せるかが重要になってきます。
WWD:今後の目標はありますか?
龍崎:地方も含めてもっとライフスタイルホテルが増えることで、ホテル業界に多様性が生まれてほしいと思っています。洋服をどこで買おうか迷うみたいに、ホテルもどこに泊まるかをコンセプトで選べる業界になればいいなと思います。だから、これからは、既存の施設の宿泊客の意見や周りのいろんな方の知恵を拝借しながら、ホテルのコンセプトをもっと磨いていきたいです。自分が納得するコンセプトや中身ができたら、もっといろんな地域でホテルを展開したいと考えています。個人的には、日が当たらないところに価値観やライフスタイルを生み出すことが好きなので、将来的には、ホテル業だけではなく、今まで見向きもされなかった場所に本質的な魅力を作る仕事をやっていきたいです。