ウクライナという国にどんなイメージを持っているだろうか?昨今、東欧・ロシアのファッションが注目を集めているが、日本と馴染みの薄いウクライナは、ロシアの陰に隠れて話題にはのぼりにくい。1人あたりのGDPがヨーロッパ最低レベルで、2014年の政権崩壊以降は治安悪化の懸念も強まる国だ。報じられるニュースだけを聞いていると訪れてみる気にはならないし、ファッション市場拡大の可能性を感じないかもしれないが、百聞は一見に如かず。今期キエフ・ファッション・デイズに参加するため初めてキエフを訪れた筆者には、期待以上の収穫を得られた旅となった。
首都キエフの物価は東京の2分の1から3分の1、家賃は10分の1程度。移民も観光客も少なく、中心地以外はソビエト連邦時代の簡素で古びたアパートが建ち並ぶ、アンダーグラウンドな雰囲気。装飾もなく均等に窓が配置された、全く同じデザインのアパートが並ぶ淡々とした風景は、自由を制限された共産主義時代の陰鬱な遺物を見るようだ。対し、世界遺産に登録されている聖ソフィア大聖堂や政府関連の建物は、パステルカラーの外壁、ゴールドの屋根などこれでもか!と派手で重厚な造りだ。
メーンの大通り沿いは建物も建て替えられ、ショップやレストランが軒を連ねる。昨年12月には、ウクライナで初となるデパートメントストア「ツム(TSUM)」がオープンした。館内は地下2階を含む9階建て。人々のファッションへの関心が同デパートメントストア開業を後押ししたようだ。その周辺には、ニューヨークのようなインダストリアルな雰囲気のカフェやレストランも続々とオープンしている。
キエフのファッション市場成長の立役者となっているのが、キエフ・ファッション・デイズ(Kiev Fashion Days)発起人のダリア・シャポヴァロヴァ(Daria Shapovalova)。ウクライナ人の父とロシア人の母を持ち、ウクライナで育った彼女はファッション・ジャーナリストとしてキャリアをスタートした。自身のテレビ番組「ファッションウィーク ウィズ ダリア・シャポヴァロヴァ(Fashion Week With Daria Shapovalova)」でプレゼンターを務め、多くの女性のファッションへの関心を高めた。しかし、国内で放送されるテレビ番組には限界を感じ、才能に溢れるウクライナのデザイナーが世界へと羽ばたけるプラットフォームを作るため、キエフ・ファッション・デイズの立ち上げに至ったという。その後、ファッション・ビジネス、マーケティングを学べる「キエフ・ファッション・インスティチュート(Kiev Fashion Institute)」を設立し、ウクライナを中心とする東欧ブランドを扱うパリのショールーム「モア・ダッシュ(MORE DASH)」にも携わるなど、キエフと世界を結ぶ架け橋として活躍する。
ファッション市場成長の裏には、政治的な変化も関係している。民主化を謳いながらも事実上は親ロシア派で強権的なヤヌコビッチ政権が続いたウクライナだったが、14年に政権が崩壊。新政権がEU加盟を望み、リベラルな思想の強い親欧路線へと転換したことはキエフにとって大きな転機となった。特に、同性愛を法で取り締まっていた共産主義時代の名残が色濃く、カミングアウトする人はほぼ皆無のウクライナで、フェミニンな女性物の洋服で着飾ったミュージックビデオを公開した歌手イヴァン・ドーン(Ivan Dorn)はウクライナとロシアで大きな物議を醸した。批判を物ともせずパフォーマンスを続ける彼に対しては賛否両論だが、ミレニアルズからは絶大な支持を集めており、ウクライナのユースカルチャーをけん引する一人だ。今年4月には、英語で収録された曲を含むアルバム「Collaba」が発売となった。イヴァンの影響もあってか、昨年はウクライナで初となる同性愛者の権利を訴えるLGBTパレードが行われるなど、多様性への理解が一歩ずつながら前進していると言っていいだろう。
ファッションが華やかで楽観的に時代を彩ってきた歴史を振り返ると、発展途上である今のウクライナにとって、国が良い方向へ進むために重要な役割を担っているのではないだろうか。可能性を秘めた街キエフに、引き続き注目していきたい。
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける