2017年春夏の全国37店舗の百貨店のインターナショナル売り場の取材を通じて印象的だったのは、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)による新生「ディオール(DIOR)」の好調だ。キウリは16年7月に「ディオール」のアーティスティック・ディレクターに就任し、7人目にして「ディオール」初の女性クチュリエとなった。デビューコレクションは、17年春夏のプレタポルテ。そして、そのコレクションは早くも売り場で動き出している。
2~6月期、伊勢丹新宿本店は前年同期比2ケタ増をマークした。特筆すべきは顧客層の変化にある。伊勢丹新宿本店の橋爪紀之=特選・宝飾時計統括部特選商品部長は、「40代前半までの顧客層は同60%増と伸長した」と述べる。阪急うめだ本店も同20%増、丸井今井札幌本店も同37%、高島屋(全店)も同30%増と絶好調だった。
キウリはミレニアル世代の娘の母親でもある。ギンザ シックスのオープンに合わせ4月に来日したキウリが「WWDジャパン」に語った言葉の中に、「ディオール」を通じて見せるフェミニニティーやエレガンスの新しい解釈が見えた。
WWDジャパン(以下、WWD):2017年春夏オートクチュールのファーストルックで提案したオーバーサイズのフード付きの“バー”ジャケット(“バー”ジャケットはクリスチャン・ディオールが1947年のデビューコレクションで発表したもの。極端にウエストをシェイプしたフェミニンでエレガントなシルエットが“ニュールック”と呼ばれるようになった)が意表を突いていて印象的だった。
マリア・グラツィア・キウリ=アーティスティック・ディレクター(以下、キウリ):アイコンである“バー”ジャケットに新しい解釈を加えたくて、スポーティな要素と、赤ずきんちゃんのような少し妖精的な要素を加え、自分を守るものとしてフードを付けました。服は、自分を表現するものであると同時に自分を守るものだと思います。2017-18年秋冬はユニホームからイメージを広げましたが、パーソナライズしたユニホームを着ることによって、自分自身を守りつつも、気分が上がると考えました。個人的な経験からですが、最近は、自分の中に籠りたいと思うことがあります。自分自身ともっと近づきたいというか……。特に今、こういう生活をしていると、もっと自分のスペースを守りたいと思うことが多々あります。そういう時に、自信を与えてくれる服もあるのです。
WWD:妖精の要素は子供の頃の記憶やローマで過ごした日々の思い出から来ているのか?
キウリ:私は、ローマ生まれのイタリア人ですが、今はフランスブランドのデザイナーです。これまで世界各地で過ごしてきたので、インスピレーションがどこから来ているかを特定するのは難しい。フランスの“コード”もきちんと守りたい。加えて、イタリア人である私の視点、私の解釈を入れたいとも考えています。イタリアとフランスは、クラフトマンシップやクオリティーにこだわりますが、同時に違いもあります。フランスではオートクチュールが生まれ、イタリアではプレタポルテが生まれました。フランスは伝統を重んじ、イタリアはもっとファッション性があります。両者のバランスを取りながら表現したい。受け継がれてきたものをきちんと維持しながら、今の流行りを取り入れたいと考えています。
“新しいモノの見方を提案したい。女性は勇敢であり、自由があるべき”
WWD:17年春夏のオートクチュールのショーでは、庭園と迷宮を演出。ガーデンは、「ディオール」にとって重要なキーワードであるが、庭園をどう解釈しているか?
キウリ:迷宮を“迷子になっても外に出られる特別な庭園”と位置付けました。迷宮は人生と重なりますよね。子供のころは、将来どうなるかわからない中で、でも楽観的に全てがうまくいくとイメージしますし。私自身、「ディオール」に入ってからは手探りでした。アトリエに行き、一流のフランス人と仕事をしなければならない。でもフランス語は下手だし、と心配もあるも一方で、心の中では、自分にはできる、出口を見つけられる、と思っていた。そういった意味でも、迷宮は象徴でした。
WWD:新生「ディオール」は若い女性たちの心も掴み始めているが、デジタル世代の価値観をどうやって理解しているのか?
キウリ:その質問に答えるのは、簡単でもあり、難しくもありますね。ある意味、私と20歳になる娘との関係にとても近いから。娘からはたびたびインスパイアされます。彼女のような女の子たちは、新しいファッションの見方やライフスタイルを発信し、魅力的。ぜひ着てもらいたい。でも、年齢に向けてではなく、新しいモノの見方を提案したいと考えています。それは、彼女たちだけでなく、私のためでもあるから。私が「ディオール」に移ろうと決めた時、娘はとても協力的でした。主人と息子がローマにいるので、正直悩みましたが、彼女は「この機会を逃しちゃダメ!サポートするから心配しないで」と言ってくれた。驚きました。こういったアティテュードが見られるのは悪くないですよね。(一緒に来日していて)今、日本人の友達といます。どこに行っても知り合いがいるんですよ。「今、忙しいから一緒にいけない」っていつも言われます。素晴らしいですよね。彼女たちには未来があり、それが私の未来でもあります。私は勇敢と自由という言葉が大好きです。とても大事な言葉ですね。女性は勇敢であるべきです。そして自由があるべきだと考えます。
“周りにどう見られるかではなく、自分自身で定義してほしい”
WWD:デビューコレクションの17年春夏のプレタポルテで提案した“WE SHOULD ALL BE FEMINISTS”というメッセージをのせたTシャツを発表し反響を呼んだ。
キウリ:正直驚きました。 私は、父と母がお互いを尊重し合う家庭で育ち、家族はみな非常にフェミニストでした。イタリアは(男性主権の)伝統的な国ですが、最近、さらに保守的な動きが強くなっていると感じます。私には娘と息子がいますが、2人には平等な機会を持って欲しい。あのフレーズはナイジェリアの女性作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェがTEDで行ったスピーチから引用しました。男女平等については、私の母が若かったころは議論もあったけれど現在は、今更話す必要はないと思われている。でも、新しい世代のために、今こそ再び声を上げるべきだと思ったから。正直言って、世界中を見回しても、男女平等な機会を与えられているとは思えません。世界中の女性が平等な機会を得て、文化や教育に影響されずに自分自身を見つけ出し、やりたいことをやってほしい。私はそれをこの目で見たいですね。いつも、息子と娘に、やりたいことをやりなさい、と背中を押しています。親のためではなく、自分がしたいことをして幸せになってほしいのです。また、私が「ディオール」に入った時、皆から「『ディオール』はフェミニンなブランド」と言われました。でも私は「フェミニンってどういうこと?」と考えていました。女性に共通の価値とは何なのかと。女性に素晴らしい服を提供することもできますが、それぞれの女性に洋服を選んでもらい、自分のスタイルで着こなしてください、というのは女性に関するまた違った視点だと考えます。このTシャツには、違う視点から見た価値観を反映したかったのです。
WWD:ムッシュ・ディオールは女性を解放したが、あなたは現代女性を何から解放するのか?
キウリ:女性には、周りからどう見られるかではなく、自分自身で定義してほしいと考えます。