「バルミューダ(BALMUDA)」が今冬、新作“バルミューダ ザ・レンジ”を発売する。2015年発売の“バルミューダ ザ・トースター”の爆発的ヒットを機にその名をとどろかせた同社だが、今年に入ってからも炊飯器“バルミューダ ザ・ゴハン”やカレーソースなど、キッチンに特化した新商品を次々に発表してきた。「バルミューダ」はどのような考えで新商品を生み出し、成功をつかんだのか。レンジの発売を前に寺尾玄・社長を直撃した。
WWDジャパン(以下、WWD):「バルミューダ」といえば、やはり15年に発売した“バルミューダ ザ・トースター”の印象が強いと思います。
寺尾社長(以下、寺尾):おかげさまで、これまで累計30万台売れました。ヒットするとは思っていましたが、ここまで長く支持してもらえるとは思っていませんでした。
WWD:そもそも、「バルミューダ」という名前の由来は何ですか?
寺尾:社名はクラシックでエキゾチックなものにしたいと考えていました。昔、ラテン圏を旅していた時にラテン語はaやoで終わる言葉が多いと気付いて、その響きが気に入りました。語頭の“ba”は発声の時に一番強く息を吐く音で、ダッシュ力があるなと。ちなみに、“バカ”の“ba”でもあります(笑)。こういった言葉を組み合わせてできた造語です。
WWD:もともと空調家電中心だった「バルミューダ」ですが、キッチン家電開発に至ったのはなぜですか?
寺尾:季節家電でもある空調家電は売り残すと翌年まで売れないと、限界を感じたことです。そんな時、人々はモノを買っているのではなく、モノを通じて“体験”を買っているんだと気付いたんです。それを信じてやってみようと。“体験”といえば五感を使うものですよね。五感をフル活用できるものといえば、“食べる”行為じゃないかと。そこで、キッチン家電というジャンルに挑戦しようと決心しました。
WWD:キッチン家電を通じて“体験”を提供しようと?
寺尾:食事における一番の体験は、“美味しいものを食べるうれしさ”だと思うんです。すごく美味しいものって、案外高いものじゃないんです。例えば、私が15歳の時、夜明けに一人ですすっていた“カップラーメン”がすごく美味しくて。そういう“うれしさ”こそが本物なんじゃないかと思ったんです。食べること自体が本当はすごくうれしいことなのに、飽食の時代だからこそ、そういった“食べることのうれしさ”を得づらくなっています。だから、どうすれば“うれしさ”を提供できるか。それを常に考えています。
WWD:想定するターゲットは?
寺尾:特に限定はしていません。商売の上で一番重要なのは、ポピュラリティーだと思っています。“美味しい”というのは人類共通の感覚で、美味しいものは国が違っても美味しいと感じるはず。この感覚は数字で測ることはできませんが、7割の人が美味しいと感じられるようなポピュラリティーのど真ん中を狙っていこう、というのがわれわれの目標です。
寺尾社長に聞く、トースター誕生秘話
WWD:キッチン家電の中でも、トースターに目をつけたのはどうしてですか?
寺尾:単純に、自分が毎朝トーストを食べていたからです(笑)。
WWD:分かりやすいですね。トースターの開発で最もこだわったことは?
寺尾:こだわったのは、とにかく“美味しさ”です。パンにしても焼き魚にしても、私が考える焼き物の“美味しい”は、“外側のクリスピーと内側の柔らかさの差”によるものだと思っています。そこでたどり着いたのが、スチームと温度制御でした。スチームは表面に膜を作ることで、中の水分を逃さない役割があります。
WWD:スチームは水分を与えているのではないのですね。
寺尾:そうなんです。スチームはパンの中の水や油分が逃げないためのコーティングの役割を果たしています。食パンがトーストになるという工程は化学反応なんです。だから温度管理が非常に重要です。まず食パンを柔らかくするために50〜60度でデンプンのα化(水と加熱によってデンプンが糊化すること)を起こし、そのあとに180度前後のメイラード反応(玉ねぎを飴色にするといった、加熱による褐色物質の生成)によって食パンの香りや食感を引き出します。この時間をかなり長く取っています。そして、炭化が起こる220度ギリギリで加熱を止めるんです。
WWD:もはや、科学実験ですね。
寺尾:何度でどんな反応が起こるかはすでに分かっているので、反応によって美味しさを最大化させるために実験をやり続けてきました。完成するまでの1年間で食パン5000枚焼きました(笑)。
WWD:専門知識を持っている人がいたのですか?
寺尾:いないです。みんなで考えました。あとは専門書を読み込んで、根拠を探して、試してみるという模索と実験の繰り返しでしたね。
WWD:ちなみに、そうして導き出したトースターで作る、寺尾社長一押しのメニューは?
寺尾:間違いなく、チーズトーストですね。山崎製パンの“ロイヤルブレッド”に明治の“北海道十勝とろけるスライスチーズ”という組み合わせです。チーズは必ず脂肪分が入ったものを選んでください。あとは、チーズトーストモードで4分程度焼くだけです。バターもパンに材料として入っているので、必要ありません。もともと、チーズトーストモード自体がこの組み合わせで最大限美味しくなるように開発をしたので、間違いありません(笑)。
価格の基準は“ハンバーガー何個分か”?
WWD:新しい商品はどのようにして生まれるのですか?
寺尾:今のところは私がアイデアを出すことが多いですね。商品化までの長い道のりでだいたい1割くらいしか残らないですが……。アイデアをクリエイティブチームに出して、デザインを考えます。
WWD:デザインも寺尾社長が考えるのですか?
寺尾:クリエイティブチームが中心で、私がディレクションをします。加えて、アウディなどで活躍された和田智さんに外部ディレクターとして参画していただいているのですが、彼の発言から学ぶことがとても多いですね。「クリエイターは新しいことをやりたくなるが、新しいものは次の日から古くなり始める。それに比べて、美しいものは100年経っても美しいんだよ」と言われて、ハッとしました。われわれが目指すデザインは“新しいもの”ではなく、“美しいもの”なんだと。
WWD:値段はどのように決めるのですか?
寺尾:アイデアをもとに、価格や販売目標台数などを書いたシートを作ります。この時の価格がほぼそのまま商品化で採用される場合が多いんです。というのも、「この商品を買ってできる体験に自分ならいくら払うか」という基準で考えるからです。例えば、トースターはアイデアの段階で2万5000円だと直感的に感じました。2万円だと少し安いかなと。ハンバーガー1個100円の時代に、これにいくら払うのか。ハンバーガー何個分のうれしさが商品にあるのか、というように消費者目線で考えます。だから、開発はその価格の範囲でできることを実現するという流れになります。開発の工程で価格が変わることももちろんありますが、その工程で出てくるアイデアや追加機能による価格変更よりも、一番はじめのアイデアの方が重要だと考えています。
WWD:価格はアイデアの次だと。
寺尾:もちろん。「10万円のジャケットですが、買いますか?」と言われても買わないですよね。モノを見せてくれ、となりますよね。
WWD:アイデアありきの商品ということですね。マーケティング調査もしないんですか?
寺尾:市場価格を調べることはありますが、価格と商材だけで他社と比べても参考にならないかなと。自社でも開発前にその良さを人に聞いてもわからないので、自分を信じて作るしかないんです。途中で自分を信じられなくなったら、開発をやめます(笑)。
WWD:商品のアップデートみたいな、自社での比較・改良もあまりしないですよね。
寺尾:自分たちが欲しいと思っているものしか作らないですからね。一度作ってしまうと満足してしまうので、アップデート版が出にくい会社ですよね。奇襲作戦しかとっていない(笑)。家電商品のモデルライフは普通1〜2年ですが、当社は6〜7年だと思っています。
キッチン家電、次は何を出す?
WWD:“バルミューダ ザ・レンジ”はどういったアイデアから生まれたんですか?
寺尾:単純に自分の需要です(笑)。自宅のレンジが壊れて、妻が買い換えると言ったんですが、家に置きたいレンジがなくて。これは急いで作るしかないと思いました。今回は温めるための道具なので、シンプルさにこだわりました。機能がたくさんあっても覚えられないですから。ただ、そこに音や光などのユーモラスな機能を追加することで、ちょっとしたスパイスになって、体験が少しだけ良くなると思いました。道具としてできることはそれくらいなんです。
WWD:キッチン家電は今後も拡充しますか?
寺尾:キッチン分野でも、まだまだやれることはあるはずです。もちろん、テーブルに“うれしい”体験を起こすことが目的なので、家電に限らずキッチンで使えるものならなんでもいいと思っています。食品もありだし、鍋などもいいですよね。炊飯器を出したのに、土鍋だって出すかもしれないですから(笑)。
WWD:では、キッチン家電以外の可能性は?
寺尾:これまで空調家電をやって、キッチン家電が増えて、来年はまた新機軸を打ち出していく予定です。来年扱うものにはIoTも関わってきて、使いやすくなると思います。AIも研究しています。デジタル分野は3年前から研究開発をしてきました。詳しくは言えないですが、その分野では他がやっていない、かなり最先端の領域に行けるのではないかと思っています。