「ダイアナ元妃のファッションストーリー」では各時代荷台アナが着用したドレスを展示している
「ダイアナ元妃のファッションストーリー」は12月まで開催
各時代のダイアナ元妃の写真
ダイアナ元英国皇太子妃の没後20年を経て、チャールズ英国皇太子の暴露本の発売やダイアナが結婚生活の悩みを打ち明けた生前の映像が公開されるなど、イギリスでは彼女への関心が再び高まっている。現在、ケンジントン宮殿では「ダイアナ元妃のファッションストーリー(Diana:Her Fashion Story)」と題した展覧会が来年2月まで開催中だ。同展では彼女の洋服をテーマに、若い純真無垢な娘から自信に満ちた女性へと成長した軌跡をファッションの変遷と共にたどっている。伝説化した彼女の人生を探訪すべく、ファッション・ウイークの取材でのロンドン滞在中に展覧会へと足を運んだ。
1961年、羊商として財をなした貴族の家に生まれたダイアナの家庭環境は複雑だった。7歳の頃に両親が離婚し父親のもとで育てられたが、小学校から寄宿学校に通っていたため家族と過ごした時間は少ない。18歳の時に自宅で開かれた舞踏会で社交界デビューを果たした。当時6歳上の姉と交際をしていたチャールズとの出会いもこの時で、彼女の瞳の色と見事にマッチする、アイスブルーのロングドレスが注目を集めたという。その後、イギリスの強固な階級社会の中で貴族として育つものの、保育士を夢見てロンドンで独り暮らしを始めた彼女はファッションよりも学業を優先し、ウェイトレスや家政婦のアルバイトで生計を立て、アパートも洋服もルームメイトとシェアしていた。80年にチャールズとの交際を始め、翌年にプロポーズを受ける。
ロイヤルファミリーの一員となった彼女の人生は大きく変化する。当時を振り返り、デザイナーのジャスパー・コンラン(Jasper Conran)は「彼女から洋服の相談を受けた時、『これを着たらどんなメッセージを発信することになるか?』と必ず聞かれた。彼女にとって、洋服は言語としての役割も担った」と語る。結婚当初のドレスを見ると、チュールやフリル、リボンがついた純真な少女のようなドレスを好んでいたが、年を追うごとに低いネックラインのシルエットに、ベルベットやジャカードなど上質な生地を選ぶようになる。デザイナーから送られてきたデザイン画を確認しては手書きのメモで注文も加え、年間約130回の公務ではその時々に応じたドレスを着用するほどファッションにこだわっていた。
READ MORE 1 / 1 ファッションは自己主張の手段
ハネムーンで着用したセットアップ
1987年公式肖像の撮影の際に着用したドレス
キャサリン・ウォーカーがデザインしたサテン地にパールの装飾をあしらったドレス
ダイアナ元妃直筆のメモを加えたデザイン画
ブラジルでの公務で着用したドレス。グローブとセットでデザインされたがダイアナの意向で着用しなかった
ホワイトハウスで踊る際に着用したヴェベットのロングドレス
社交界デビューで着用したアイスブルーのドレス
社交界デビューのドレス
一方でダイアナは着せ替え人形になることを拒み、ファッションが持つ影響力を客観的に理解し、自らの主張を発信する手段としてファッションを利用した。エイズ患者と握手をする時には大げさに手袋を外し、接触感染するという風評を否定。学校や孤児院への訪問では、子どもが遊びやすいようにアクセサリーを身につけ、いつでも子どもを抱っこできるように帽子はかぶらなかった。チャールズとの離婚後は、それまで以上に国際的な慈善活動に積極的に取り組むようになる。常に彼女が着る洋服に注目が集まるものの、ファッションアイコンになることは望まなかった。ロイヤルファミリー時代に着用したドレスをエイズやがん患者用のチャリティーオークションで売却したほどだ。英王室式服コレクションのキュレーターは「チャールズとの離別後、ダイアナはファッション好きとしてではなく、仕事好きの人物として世に知られるようになりたいと話していた」と教えてくれた。亡くなる数カ月前に撮影された、「ヴェルサーチ(VERSACE)」の金の刺しゅうが施されたアイスブルーのドレスをまとった写真には、内気な若い花嫁から成熟した自身のアイデンティティーを確立した強い女性の姿があった。
現地の新聞に目を通してみると、ダイアナに注目が集まっているのは、EUからの離脱や相次ぐテロ事件による情勢不安の中、統合のシンボルである王室への期待の裏返しとの指摘も多い。インタビューや側近の暴露本などからは、プリンセスの称号を持ち、不自由のない環境にいながら彼女がいかに愛に渇望し、心の奥で愛されることを求めていたかが読み取れる。チャールズとカミラ・パーカー・ボウルズ(現カミラ夫人)の関係について、BBCのインタビューで「私たちの結婚生活は常に3人で営まれていました。結婚としては少々混み合っていますよね」と答えている。最近、公開されたインタビュー映像ではエリザベス女王の助けもなく、義父もチャールズの不倫を肯定していたと語っているほどだ。そして、皮肉にも王室での孤独な日々の中で見出したのは、社会から拒絶された人々や困難と闘う人々に寄り添い、手を差し伸べることの幸せや意義の大きさだったのだろう。孤独こそが彼女を強くし、美しいドレスが映える女性へと導いたのかもしれない。
同展に来場していた70代のイギリス人女性は「彼女が若く美しい姿のまま年を重ねていたわけではないのに、今もこれだけの影響力があるというのはまれなことね」とつぶやいていた。何をすべきか行動で手本を示し続けた彼女は、これからも多くの人々に愛され続け、語り継がれるだろう。しかし、たった一人の男性に愛されることも温かい家庭を築くこともできなかった。肩書きや権力、美しいドレスは人生を豊かにする一部ではあるが、結局、人は人間関係の中でしか本当の幸せを感じられないのかもしれないと考えながらケンジントン宮殿を後にした。
■「ダイアナ元妃のファッションストーリー (Diana:Her Fashion Story)」
日程:〜2019年2月28日
時間:10:00〜16:00(最終入場15:00)
場所:ケンジントン宮殿
住所:Kensington Gardens,London W8 4PX
入場料:大人 19ユーロ / 16歳以下 無料
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける