フランス貴族の血を引く品の良さとチャーミングさ、そして、抜群のセンスとスタイルの良さで、80年代にカール・ラガーフェルドのミューズとして「シャネル(CHANEL)」のランウエイを飾り、元祖スーパーモデルとして注目を集めたのが、イネス・ド・ラ・フレサンジュ(Ines de la Fressange)だ。価格の高低にかかわらず、自身が気に入ったものを長く愛用し、自らのスタイルを確立した“パリジャン・シック”の体現者として、今もファッションアイコンとして輝き続け、彼女のスタイルブックはファッションバイブルとして幅広い世代に愛読されている。
彼女が再び日本で脚光を浴びるきっかけとなったのは、「ユニクロ(UNIQLO)」とのコラボライン「ユニクロ × イネス・ド・ラ・フレサンジュ(UNIQLO x INES DE LA FRESSANGE)」の登場だった(2014年春夏~)。8シーズン目となる17年秋冬からは、自身初となるメンズラインをスタート。一方で、ラグジュアリー・シューズブランド「ロジェ ヴィヴィエ(ROGER VIVIER)」のグローバル・アンバサダーや、シグネチャーブランド「イネス・ド・ラ・フレサンジュ(INES DE LA FRESSANGE)」ブランドを復活させクリエイティブ・ディレクターとして手腕を振るうなど、活躍の場を広げている。メンズの立ち上げに際して来日したイネスと、「ユニクロ」でのモノづくりでタッグを組む滝沢直己スペシャル・プロジェクト デザイン・ディレクターに、彼女が大切にしている価値観や、今求められる服、理想の男性像などについて聞いた。
WWDジャパン(以下、WWD):パリジャン・シックの体現者として知られているが、ランウエイやファッションシューティングを含め、多くの服を着たり見たりしてきたはず。中でも最も影響を受けたものは?
イネス・ド・ラ・フレサンジュ(以下、イネス):子供のころから、祖母と一緒に長い時間を過ごしてきました。祖母はファッションが大好きで、いつもクチュール(オーダーメードの仕立服)を着ていました。政治や慈善活動にも関心を持っていましたが、洋服やジュエリー、香水など美しいものをとても好んでいました。私が素晴らしい生地や丁寧に作り上げられたものに対して関心が高いのは、特に祖母の影響だと思います。子ども時代の記憶というのは誰もがずっと持ち続けているもので、さまざまな形で人生に影響を与えているのではないでしょうか。
WWD:とても仕立のいいものや着心地のいいものをあえて崩して着るのがイネス流ですよね。そのセンスの良さを近くで見て感じることは?
滝沢直己「ユニクロ」スペシャル・プロジェクト デザイン・ディレクター(以下、滝沢):ファッションの基本をしっかりと持っていて、普通の服でもちょっとしたニュアンスとかしぐさで生まれ変わらせることができるんです。彼女自身もそうですし、一緒にスタイリングをしていても、ボタンを一つ多く開くか閉じるか、袖をほんの少しだけたくし上げたりするなど、彼女がぱぱっと触っただけなのに、同じ服が全く異なるムードになる。まるでマジシャンみたいな存在です。しかも、こうあるべき、という頑なさがなくて、“アティチュードを演出していくこと”に対して、すごく自然なのがすばらしいなと思いますね。
WWD:服作りでこだわっている点は?
イネス:洋服を通じて、夢とか洗練されたものとかラグジュアリーといったものを提供したりもしていますが、あくまでも日常に着られるものであるということを忘れてはいけないと思っています。私は常に現実に寄り添っていたいんです。そして、時間が経つにつれて、いい具合に古びていくものを作っているつもりです。生地や素材もとても良いものを使うようにしていて、ウールやコットンなどでもとても良いものを選んでいますし、品質や価格も含めて、私たちの誠実さの表れだと思います。だから、たくさん買ってほしいというわけではなく、いい選択をして、長く愛用してほしいと思っています。
滝沢:先ほどの着こなし方ともかかわってくるのですが、僕も長くデザイナーをしてきましたが、デザイナーがデザインをコンプリートする(完成させる)と、たった1つの着方しかできなくなりますよね。こう着てください、と主張するんです。それも素晴らしいことだと思うですが、イネスのアイテムは全てエッセンシャルなものなので、“崩し”ができるというのが特徴だと思います。
WWD:26~27年前、雑誌に載ったあなたの新居のグスタビアン調のインテリアが印象的でした。時を経てさらに美しくなる大切なものに囲まれて暮らすことの大切さを感じさせられました。今その価値観に共感する人々が多いのだなと思いますね。
イネス:確かに、当時の内装やインテリアは、18世紀のスウェーデンのグスタフ3世からインスピレーションを受けたものでした。今回の「ユニクロ」とのコラボコレクションは、スウェーデンにも近い、デンマークに根付いている“ヒュッゲ”をコンセプトにしています。“温もり”とか“心地よさ”、“分かち合う時間”や“人間同士の絆”といったものを象徴する言葉なんです。デンマークは世界一、国民が幸福な国だとも言われていることもあり、これをテーマにすることを決めました。今、同じ北欧の話をされたのがすごく面白いなと感じましたし、私自身の好みやこだわりは時間がたっても変わっていないのだなぁとあらためて思いました。
WWD:もう少し、インスピレーション源の“ヒュッゲ”について、思い描いているイメージや、アプローチ方法について教えてください。
イネス:たとえば素敵なセーターを着た2人が、キャンドルを1つ灯して、ラグの上に座って暖炉の前でワインを飲んでいるようなイメージですね。幸福のためには、必ずしもモノが多くなくてもいい、むしろ、ほんの少しのもので足りるものなのではないでしょうか。大切なのは、今、この時間というものを愛しむことだと思います。ナオキさんも私も長年モードの世界で仕事をしてきて、とんでもないような服もたくさん着たり見たりしてきましたが、結局、「シンプルなものが一番美しい」というところに行きつきました。「ユニクロ」はもともとこういった哲学を持っていたように感じますし、このコレクションはその哲学と統一感のあるものになっているはずです。
滝沢:確かに、“ヒュッゲ”というテーマからそのまま服ができるということではないかもしれません。イネスはもともと、服を作るときにすごく着る人のことを思いやるんです。「この襟できつくないかしら」とか、「この素材は硬くてゴワゴワしているように感じられないかしら」とか、「ここにもう少しゆとりがあったほうが快適ではないかしら」とか、「もう少し元気な色にしたほうが、顔色が良く見えるのではないかしら」とか……。いつもとても相手のこと、着る人のことを気にかけています。そういった、彼女の服に対する愛情を、“ヒュッゲ”というテーマで表現した、ということが、一番合っているのではないでしょうか。本当に彼女は思いやりがある服作りをしている。だからこそ、「ユニクロ」とのコラボも8シーズンも続き、お客さまに買っていただけている。今の時代に求められるデザインってそういうことなんじゃないかな、と思いますね。
イネス:実は私が“ヒュッゲ”という言葉を出したときには、これほど世界中の人たちの心に響くとは思っていませんでした。逆に言えば、全世界的に、調和とか平和とかウェルネスといったものを求める方向に向かっているということです。広告の撮影をしたときにも、スタッフの方々がキャンドルや座り心地のいいソファや肌触りのいい敷物などを用意してくれました。それを見て、ああ、伝わっているなと思って、すごくうれしくなりました。マユに包まれたような、居心地のいい空間というイメージがみんなに共通してあったということですよね。そして、静かで、調和のとれた、安心できるものをみんなが求めているのだと思いました。そうは言っても、もしかしたら次のコレクションはハードロックなものやミリタリーになるかもしれませんが(笑)。そういうときでも、エレガントに仕上げますけどね。